第6話 クィン争奪戦

 ラピスは耳を疑った。

 暴走した天使の力で世界を破滅に導く女性を庇護してくれという。なにかの聞き間違いだろうか? 「密かに始末してくれ」の間違いでは?


 レヴィナスは、真っ直ぐラピスを見詰めている。


 聞き間違いではないらしい。ラピスは途端に難しい顔になった。


「ラムダンジュ不適合者など庇護してどうする。お前は、ドラクルスを滅ぼしたいのか?」


「不適合者と決まったワケじゃない」


「『クィンの末裔』でも、双子の片方は不適合者になると聞いたが?」


「実際に暴走したのは『サンドラ事件』のときだけさ。これはオレのカンだが、サンドラ・クィンはおそらく『クィンの末裔』じゃねぇな」


「どういうことだ?」


 ラピスは、フォークにパスタを巻きつけながら、首を傾げた。


「おそらくサンドラ・クィンは、第五代国王トレミィと当時ヴィラ・ドストに滞在していた聖女カタリナとの間の娘だ。ご落胤というヤツさ。そして、なにを考えたのか知らねぇが、ご丁寧に『ラムダンジュ』まで施しやがったのさ」


 その言葉を聞いたラピスが、くるくる動かしていたフォークを止める。


 確かに、その可能性は考えていなかった。

 聖女カタリナの伝承には、ヴィラ・ドスト国王トレミィの登場する逸話が抜きん出て多い。トレミィが聖女カタリナを敬愛していたからだ、と言われているが。


「……興味深い説だが、お前のカンにすぎん。さらに、俺がラステル・クィンを庇護する理由にはならん」


「そうか? あの女が適合者なら、ドラクルスにもたらす利益は計り知れんぞ。ウチの国に追いつくには時間がかかるだろうが、すぐに他の国よりも頭一つ抜けた存在になるぜ」


「リスクが大きすぎる」


「はっ! お前な。将来、お前は居場所どころか命すら無いかもしれないんだぜ? スピカを泣かす気か?」


 ドラクルス王国第二王子ラピス・ドラクロアは、現ドラクルス国王と第二王妃との間の子である。


 幼い時に母を亡くし、以来、テスラン、アルメア、ベナルティアなどの国へ「留学」という名の人質として出されていた。


 しかし、人質に出された国々で、彼は多くの有力貴族や政治家、商人などと知己を得、十八歳で祖国へ帰る頃には周辺諸国に広い人脈をもつ重要人物に成長していた。


 周辺諸国に顔が利くこともあり、現在では、軍事、外交面で国王の政治を支えている。


 もっとも、それゆえか。第一王子をはじめとする一派からは、危険視されている。実力的に見劣りのする第一王子よりも、第二王子ラピスの次期王位を望む声が出始めたからだ。さらに最近では、父である国王ですら、自分の王位を脅かしかねないと考えているらしい。


 未だ第一王子を次期王位に押す者達が多数派であり、国王まで敵に回るとなれば、いまのラピスではひとたまりもなく潰されてしまう。

 ひとりでも多く、信用できる人物、才のある人物を近くに置きたいところだ。


「リスクを取っても、切り札をもっておくべきじゃねぇの? ついでに言っとくが、クィンの女はハンパねぇぞ」


 レヴィナスの言う通り、『クィンの末裔』が、ラピス、ひいてはドラクルス王国にもたらす利益は大きい。それは、今のヴィラ・ドスト王国の繁栄ぶりを見れば明らかだ。


 とはいえ、ラステル・クィンを庇護するには大きな問題がある。


「だが、ラステル・クィンはアルメアにいるのだろう? 拉致しろとでもいうのか?」


「いんや、それはやめた方がいいな」


 レヴィナスが、切り分けたピザを摘まむようにして持ち口へ運ぶ。


「では、どうするのだ?」


 ラピスを見ながら、レヴィナスはもきゅもきゅとピザを咀嚼して呑み込んだ。


「おそらく、テスランもベナルティアのヤツらも、本音では『クィンの末裔』を欲しがっている。そこでだ。『クィン争奪戦』をしよう」


「争奪戦だと?」


「ああ。ドラクルス、テスラン、ベナルティアが連合で、アルメアに攻め込むのさ。ウチの国も援軍を出そう。そのどさくさに紛れて、お前がこっそりラステル・クィンを掻っ攫うってのはどうだ?」


「四国連合で、アルメアへ攻め込む……」


「ああ、間違いなくベナルティアは乗ってくる。あの国は、アルメアを恨んでいるからな」


 アルメア王国とベナルティア王国は、国境付近にあるいくつかの鉱山をめぐって、長年争いの絶えない間柄である。


 ベナルティア王国は「竜騎士団」という地竜エルマラクに騎乗する騎士団を有している。かつては、周辺諸国を震撼させた最強の軍団だった。


 しかし二十年ほど前に、当時ベナルティア王国竜騎士団長だったザクル将軍が、アルメア王国の「鬼神」エイトス・レーヴの奇襲を受け討ち取られてしまった。


 ベナルティアでは、「鬼神エイトスの騙し討ちに遭った」とか「エイトスは卑怯な手を使いザクル将軍を討ち取った」などという話が信じられている。


 以降、竜騎士団はすっかり弱体化し、ベナルティア王国はすべての鉱山をアルメア王国に奪われてしまった。


 こうした経緯から、ベナルティア貴族の間では、反アルメア感情が根強い。


「テスランはどうだ?」


「目の前にお宝がぶら下がってんだぜ。我慢できるワケがねぇ。なんだかんだ、ウチの国と対等になりたがっているしな」


「だが、そんな理由で戦争などするのか?」


「はっ、そんなもんだろ? 詰まるところ、地下資源目当て、港が欲しい、食糧難、あとは積年の恨みとか。いつだって戦争の理由なんざ単純さ。お前は難しく考えすぎなんだよ」


 ラピスは皿のなかのパスタを見詰め、フォークでくるくる巻いている。

 レヴィナスは言葉を続けた。


「つーわけで、お前は会談で、テスラン、ベナルティアの意見に合わせてくれ。ラステル・クィンを手に入れたいなら、その方がやり易いと思うぜ」


 ラピスが警戒した表情で、レヴィナスを見る。


「いったい、なにが目的だ? なぜ、『クインの末裔』を譲るようなマネを?」


「オレは、お前に惚れてるからな。スピカにも幸せになって欲しいんだ。それから……」


「なんだ?」


「お前にだけは、言っておくか。オレはな…………」


 周囲の喧騒に、レヴィナスの言葉はかき消されそうだった。しかしわずかだが、ラピスには聞き取ることができた。彼の言葉に、ラピスは瑠璃色の瞳を大きく見開いた。


「……レヴィナス、お前は、お前はそれで良いのか?」


 レヴィナスは、笑みを浮かべて立ち上がった。ラピスに背を向けて店を出て行く。

 ラピスはその背中を見送っていた。


 そして、はっ、とあることに気が付いたラピスは歯噛みした。


「くっ、やられた!」


 店の入り口を睨んだが、もう遅い。

 代金は、ラピスが全額支払うハメになった。

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