第19話 「織姫や」を訪れた幼女
そうか。ラステルを逃がしたのはキミだったのか、レヴィナス。
ボクは日課のお散歩をしながら、悪魔メイクの奥で悲しそう揺れる彼の瞳を思い出していた。
レヴィナスに確認するため、スピカは彼が暮らすエーナトルム宮殿へ遣いを出してくれた。
けれども、レヴィナスはここしばらく不在だという。いつ戻るかは、わからないそうだ。
スピカによると、レヴィナスは宮殿を抜け出しては、いろいろなところに出没するらしい。この国の教育機関である「王立学院」を卒業した後、周辺諸国をブラブラ旅したコトもあったそうだ。
そういえば、彼は護衛騎士も連れずフラりと「織姫や」に現れた。
スパイキーヘアといい悪魔メイクといい放浪癖といい、第一王子のクセに自由すぎるよ。
「織姫や」の前に来ると、藍色の髪をツインテールにした幼女が店のなかへと入っていく姿が見えた。その幼女は、青い生地に二羽のツバメが舞うように飛ぶ姿を刺繍した打掛小袖を纏っている。
あれ? あんなコいたっけ?
「織姫や」の女童なら、ボクもだいたい顔を覚えている。けれども、あんなコは見覚えがない。
彼女の後を追い駆けるようにして、ボクも「織姫や」へと入る。
鼻歌を歌いながら「織姫や」の玄関へ入った幼女は、掃除をしていた男に声をかけた。
「久しぶり。アンタ大きくなったわね」
親し気に声をかけられた男が、幼女の方へ視線を向ける。
男は驚愕の表情で、口をはくはくさせた。
そして幼女は、勝手知ったる家のように店の奥へ入っていく。
「うわぁ!?」
幼女の姿を見た楼主のテディは、そう叫んで尻もちをついた。
「こんにちは。老けたわねぇ。でも、元気そうで何より」
幼女は楼主のテディに微笑みを向ける。そして彼女は何食わぬ顔で、店のさらに奥へと入って行った。ボクもその後に続く。
廊下を歩いていると、見慣れぬ幼女に気が付いたヒルマンがドカドカと足音を立てながら彼女に近づいて来た。
「Hey Hey Hey Hey Hey Hey Hey Hey、お嬢ちゃん! いったい、どっから入ってきちゃったんだ? ここは、お前さんみたいな
そう言うと、彼は幼女を追い出そうとした。彼女は、ムッとした表情でヒルマンの
「ごわぁっ!」
ヒルマンは脛を抱えて、ゴロゴロと転がりながら悶絶した。
すると部屋の障子が開いて、スピカが顔を出した。
「騒がしいわね、何やってん……」
スピカは、幼女の姿を見て目を丸くしている。
「お、大婆様っ!? ヴィラ・ドストにいらしていたのですか?」
「誰この人? 新入り?」
大婆様と呼ばれた幼女が、ヒルマンに視線を向ける。
彼女が、大婆様……。
そういえば、スピカから聞いたコトがある。
「盗賊ハルカ」の何代か前の頭領ツバメ。
跡目を譲り隠居したいまは、ヤマト王国で暮らしているそうだ。
幼女の姿をしているケド、年齢は不詳。スピカによれば、ゆうに百歳は超えているんじゃないかという。「盗賊ハルカ」の仲間内では、人魚の肉を食べて不老不死になったとも囁かれているそうだ。
ツバメはスピカのいる部屋へ入ると、畳の上にぺたんと腰を下ろした。
「ヒルマン、お茶をお持ちして」
「あ、あいよォ、姐サン」
スピカは涙目で脛をさするヒルマンに指示を出すと、ツバメの前で正座して頭を下げた。ボクはスピカの隣にちょこんと座り、右腕をぺろぺろ舐めてから顔を洗った。
「遠いところ、ようこそいらっしゃいました。大婆様」
「スピカちゃんも、お変わりなく」
ツバメは、エメラルド色の瞳を細めて笑みを浮かべる。
「ちょっとレヴィナスくんから頼まれごとされてね。ひと仕事終わったから、ココへ立ち寄ってみたの」
そう言うと、ツバメはヒルマンが静かに差し出した湯呑を手に取った。
ボクはお茶を飲むツバメをじっと見つめる。
ボクの視線に気が付いたのか、ツバメはニコリとボクに微笑みを向けた。
「元」が付くとはいえ、大盗賊ハルカの頭領だったヒトに依頼した仕事だ。たぶんフツウの仕事じゃない。
スピカとボクは顔を見合わせた。
「レヴィナス王子から依頼されたお仕事ですか?」
「うん。レヴィナスくんて、なんか放っておけないじゃない? だからぁ、アタシが一肌脱ぐことにしたのよ。うふふん」
彼女は、レヴィナスの協力者として動いているみたいだ。
けれども、いったいなにをしたのだろう? 幼女のような外見もあって、まったく想像がつかない。そして、なぜツバメはレヴィナスに肩入れするのか。なにか目的があってのコトなんだろうか。
「ところでさ。アタシって、そんなにサクラコ王女に似ているの?」
スピカとボクは、また顔を見合わせた。そして、ボクたちは首をこてんと傾けた。
うーん。どうだろう? ツインテールしか共通点がないような?
遠目にサクラコ王女の姿を見たコトはある。彼女が五歳か六歳くらいのときだったと思う。けれども顔はよく覚えていない。
スピカも面識はないようだ。
「何方かにそう言われたのですか?」
スピカが尋ねると、ツバメは人差し指で頬を掻きながら視線を泳がせた。
「う、うん。そのヒト、もう死んじゃったけどね。死ぬ前に、アタシの顔を見てそう言ったの。ああ、あとレヴィナスくんにも言われたっけ」
レヴィナスが言うのなら、似ているのかもしれない。けれども、どこが似ているのかと聞かれると答えに困る。
サクラコ王女は、薄紅色の頭髪をツインテールにしていた。瞳は緑系の色だったような?
対して、ツバメの頭髪は藍色。瞳の色はエメラルドグリーンだ。
顔立ちは似ているのかもしれない。
「ところで、ショウジョウオーガたちは、どうされたのです?」
スピカが不安そうにツバメに尋ねる。
っ!? ショウジョウオーガ?
ヤマト王国周辺に生息するオーガの一種だ。体長二メートル以上。動きが素早く、性格は残忍で狩りの名手だという。
「ああ、あのコたちなら、近くの森で羽を伸ばしていると思うわ」
「だ、大丈夫なのですか? 騎士団庁に報告が上がると厄介ですよ」
スピカの言うとおりだ。
ショウジョウオーガなんてヴィラ・ドストには生息していない。発見されたら、大騒ぎになるんじゃないだろうか?
「大丈夫よぉ。森の奥でおとなしくしていれば、そうそう見つかったりしないって」
ツバメは笑みを浮かべながら、ひらひらと手を振って答えた。ボクは、しっぽをゆっくりとふりふりしながら彼女の様子を見ていた。
まぁ、騎士団だってワケもなく森の奥には入らない。冒険者や住民を襲ったりしなければ、大丈夫なのかもしれない。
それはそうと……、そうか。このヒト、「オーガテイム」のスキルを持っているのか。
ドラゴンテイムにフェニックステイム……、テイムのスキルにもいろいろあるけれど、このスキルを持っているニンゲンは多くはない。冒険者ギルドでも、テイムは人気スキルのひとつだ。
魔物や魔獣を使役すれば、高額報酬の特殊な依頼を受けるコトもできるからだ。
盗賊稼業を生業とするツバメにとって、ショウジョウオーガを使役できるメリットは計り知れない。ショウジョウオーガならば盗みはもちろん、戦闘でも大いに活躍してくれるハズだ。
そんなヒトが、レヴィナスを助けている。思っていたよりも、彼の周りにはヒトが揃っている。見た目はアレでも、人望はあるようだ。
レオンとは正反対なカンジなんだケドね。
悪魔メイクのせいかな。なに考えているか、わからないトコあるよね。
それからツバメはお茶と高級お菓子を堪能すると、しばらくスピカとおしゃべりをして「織姫や」を後にした。
ボクは唄のお稽古を始めたスピカの声を聴きながら、目を閉じてラステル亡命の事実関係を整理した。
まず、王宮の守護者アモンの証言からラステルの亡命には、第一王子レヴィナスが背後にいたことが判った。
けれども、その目的は何だろう? クィン伯爵家も彼の目的を知っているのだろうか?
つぎに、ラステルの元側仕ターニャ・ロズバードの証言に登場した
彼は、亡命を図るラステル一行にテスラン方面へ向かうよう示唆している。
そして、騎士団庁の報告書にあったというカヲルコ・ワルラスという魔導騎士。
彼女がラステルを「処分」したと記されている。
けれども元魔導騎士のヒルマンも証言したように、カヲルコがラステルの処分を偽装したのは明白だ。
また、ラステル亡命時テスラン方面の警備を担当していたヒルマンは、騎士団庁を辞めた後、アリシアと「
ヒルマンが「鬼面猿猴」にまで狙われていた理由は、まったくわからない。とりあえず、この点は置いておこう。
他方で、アリシアはレヴィナス配下の工作員だ。
ラステルの「処分」を偽装したコトが露見するのを恐れて、レヴィナスはヒルマンの殺害をアリシアに指示したのだろうか?
そうだとすると、よく分からないのがツバメの態度だ。
レヴィナスが彼の殺害を指示していたのであれば、ツバメも何らかの反応を示したハズだ。そう考えると、ヒルマン殺害をアリシアに指示したのは別の人物かもしれない。
うう……、ヒルマン殺害とラステル亡命の件は無関係なのかな?
ボクは、両前足で顔をこしこしと洗った。
なんだか、この国、すごくややこしいコトになってない? っていうか、闇深っ!
ボクは、レヴィナスがラステルを亡命させた目的を知りたいだけだ。それなのに追い駆けるほど、この王国の深い闇に呑まれていくカンジがする。
レヴィナス不在で正面突破できない以上、ラステル亡命に直接関わった人物にあたってみるほかない。
カヲルコ・ワルラス、ディラン・ベルトラント、そしてラステルの母マリア・クィン。
この三人の話を聞いてみようか。
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