第20話 コイ🐟カーニバル

 ボクは、ラステルを亡命させたレヴィナスの目的を探るため、カヲルコ・ワルラス、ディラン・ベルトラント、マリア・クィンから話を聞くコトにした。


 が、


 その前に、やらなければならないコトがある。


 ボクは池の淵にちょこんと座って、じっと錦鯉たちを見ていた。

 優雅に尾びれを揺らしながら、錦鯉がボクの方へと近寄ってくる。


「フフフ、ついにこのときがやってきたよ。じゅるっ」


 ボクは傍らに置いたコイのエサを二、三粒ほど、しっぽを振って池へ放り込んだ。


 錦鯉たちが、奪い合うようにエサに群がる。

 集まってきた錦鯉たちを眺めながら、ボクは右腕をぺろぺろ舐めた。


 キラリと光る自慢のネコ爪。


 スピカに食べるなと言われたけれど、そう言われると食べたくなるのがネコというイキモノ。


「一匹くらい居なくなったって、誰も気づかないでしょ」


 ボクは近づいてきた一匹の大きな黄金の錦鯉に、そおっと前足を伸ばした。


 つぎの瞬間、黄金の錦鯉は尾びれを大きく動かして、その身を翻した。


 くあっ!


 バシャと池の水が跳ね、ボクはそれを被ってしまった。自慢のヒゲから、ぽたりと雫が落ちる。


 黄金の錦鯉はすこし離れたところで水面から顔を出し、口をぱくぱくさせていた。


 ぬ?


 どうやら、池の水をぶっかけられたボクの姿を見て笑っているらしい。


 すると黄金の錦鯉は、ぴょーんと水面から跳び上がった。

 黄金色に輝く胴体が高々と宙を舞う。


 陽の光に照らされた錦鯉が、びちびちと尾を振りながら水面へ向かって落下する。

 

 着水したさいに跳ね上がった池の水が、ふたたびボクを襲った。


 う、うわぁ!


 全身ズブ濡れだ。ボクはぶるるるるっと身体を震わせて、被った池の水を払った。


 お、おのれ……。


 ほかの錦鯉たちも密集して、水面から顔を出しながら口をぱくぱくさせている。

 やがて黄金の錦鯉がしたように、ほかの錦鯉たちも次々と跳び上がった。

 跳び上がった鯉が落下して着水するたび、池の水がボクを襲う。


 ふわあああっ! こ、このっ!


 ボクはキレた。


 ゆ、ゆるすまじ!


 ネコが、おさかなにナメられるワケにはいかない。


 ボクはしっぽをふり上げて、聖属性の魔力をその先に集めた。


 魔力のコントロールが必要だね。……対象を池の水に限定。発生する熱エネルギーは、……まぁ、いいか。どうせ食べちゃうし。


「このギョ類どもが。まとめて煮魚になるがいいにゃん!」


 ――禁忌魔法アトミック・コラプス

 攻撃対象を原子レベルで崩壊させる攻撃魔法だ。


 白い光を放つ聖属性の球体が池に着水する。閃光とともに突風が庭木を揺らす。轟音が響き渡り、辺りに靄がかかった。


「にゃはははははは。思い知ったか」


 ボクは、靄がかかる池のなかを覗き込んだ。

 きっと、ハードボイルドされた錦鯉たちが枕を並べているに違いない。大漁まちがいなし。本日は、コイ🐟カーニバルだ。


 あれ?


 ところが干上がった池のなかには、小魚一匹いない。


 え? え? そんなハズは。錦鯉もろとも消しちゃった!?


 ボクは、きょろきょろ池のなかを覗き込む。


 コイッ、コイッ、コイッ。


 その奇妙な声に、ボクは耳をピコピコさせて顔を上げた。


 すると、


 靄が晴れた池の周りで、コイッ、コイッと声を出しながら錦鯉たちが跳ねまわっている。


 は?


 ボクはそのとき、錦鯉がコイッと鳴くのだと知った。


 ボクに見つかった錦鯉たちは、コイーッと鳴いて「織姫や」の裏庭へと逃げるように跳ねていく。そういえば裏庭にも池があった。そこへ向かっているのだろう。錦鯉たちは、なぜか縦一列に並んで跳ねている。


 え、ええと?


 どうやら、アトミック・コラプスが着弾する瞬間に錦鯉たちは池の外に飛び出したらしい。そのため煮魚となる難を逃れたようだ。


 ボクはちょこんと座って、縦一列に並んだ錦鯉たちが順番に裏庭へと消えていく様子を眺めていた。


 コイッ、コイッ。


 ん?


 裏庭へ消えていく錦鯉たちの姿を眺めていると、ボクの横を跳ねて通り過ぎようとする錦鯉がいた。


 黄金の錦鯉。

 ボクが狙っていたアイツだ。


「ほほう。キミは、そこにいたのか」


 ボクはとてててっと、ヤツの後を追った。


 コ、コイーッ!


 黄金の錦鯉はボクが追ってくるのに気が付き、スピードを上げた。ボクは跳びかかって捕えようとしたけれど、ヤツはぴょんぴょんと上下に動くので的が定まらない。


「そこだっ!」


 跳ね上がったところを狙い、ボクはヤツに襲いかかる。


 ココ、コイーッ!


 ボクは、見事、はしっと両前足でヤツを捕えた。

 なんとか脱出しようと胴体をぐねぐね捩る錦鯉を、ボクは体重をかけてがっちり取り押さえる。


 「フフフ。ついに捕らえたよ」


 口をぱくぱくさせながら、錦鯉はまあるい目をボクに向けた。


 そんな目でボクを見てももう遅い。キミは大罪を犯した。ネコに水をぶっかけ笑いモノにした愚かなギョ類の末路と諦めるがいい。


 「じゃ、いっただっきまーす」


 ガブリとヤツの背に食いつこうとした瞬間、ボクの目の前に女性の爪先が現れた。


 顔を上げると、そこに鬼のような形相をしたスピカがボクを見下ろしていた。


「ねぇ、いったい何をしているのかしら? シャ・ノ・ワ・ちゃん」


 そう言って、凍り付くような冷たい笑みを浮かべると、スピカは神剣「天叢雲」を抜いた。剣の切っ先が、ボクの鼻先に突き付けられる。


 にゃうっ!?


 ボクは思わず後退りした。そのため解放された黄金の錦鯉は、いそいそと跳ねながら裏庭の方へと消えて行った。


「あのコたちは観賞用って、前に言ったわよね?」


 ニ、ニィ。


 ボクはさらに後退りして、くるっと彼女に背を向けた。兵法三十六計逃げるに如かずだ。


 けれども、禁忌魔法を使用した後なので、思うように体が動かない。あえなく、ボクはスピカに首根っこを掴まれて、つまみ上げられてしまった。


 ボクの眼前に迫るスピカの黒い笑み。


 ニィ。


 ネコの本能だろうか? ボクは反射的に顔をそらす。


「そうだわ。ちょうど、三味線の皮を張り替えようと思っていたところなの。シャノワの皮なら、いい音出るかしら?」


 笑みを深めるスピカ。


 ぎにゃっ!?


「お肉は、アモンにあげましょう。『おしゃます鍋』だった? あの変態朴念仁の好物みたいだし」


 ニィ! ニィーッ!


 スピカの黒い笑みを見て、ボクは足をバタバタさせて抵抗した。


 皮だけじゃない。ボクのお肉まで。それも、アモンにプレゼントするという。彼女の本気度がうかがえる。


「おしゃます鍋」の正体――それはヒルマンが知っていた。


 なんと、ネコ肉の鍋料理らしい。


 酒蔵や養蚕業者、農村部のニンゲンたちは、ネズミ対策としてネコを飼っている。そうしたところでは、たくさんネズミを捕るネコほど良いネコなのだそうだ。けれどもネコだって生き物。やがて稼働力が低下する。そんなネコに安穏な余生は無い。


 ネズミを捕れなくなったネコはツブされて、食べられてしまうという。


 ヒルマンによれば、農村部ではフツウのコトなんだとか。一部地域では郷土料理となっているらしい。


 うう、ニンゲンにネコ食の文化があるなんて知りたくなかった……。


「ごごご、ごめんなさい! もうしません。彼らを食べたりしませんから、ゆるしてー」



 注)錦鯉は、コイッとは鳴きません。

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