第2話 ラステルからの手紙

 女性ふたりが、国境を警備するヴィラ・ドスト王国騎士団庁の捜索から逃れるコトができるなんて、にわかには信じられない。


 ラステルの亡命は、計画されたものではないか? 騎士団庁のニンゲンたちも関与しているのではないか?


 実際、ボクが考えていた通りだった。

 ラステルの元側仕ターニャの証言から分かったコトは、ラステルの亡命が計画的なモノだったコト、そしてどうやら何者かが裏で糸を引いていたというものだった。


 加えて、同時期に「サタナエル石」までヴィラ・ドスト王国から流出している。


 サタナエル石は、エテルノン帝国またの名を魔導帝国サタナエルが生みだした人工魔石だ。魔石自身が内部で魔力を生成する。日常生活において、魔力が重要なエネルギーであるこの世界では、まさに夢の魔石に思えた。


 けれどもその魔石は、ラムダンジュあるいはラムドゥデモン、すなわち「天使の魂」あるいは「悪魔の魂」を保有するニンゲンごと魔石化したモノだった。

 サタナエル石の素材は、ボクとラステルが「礎のダンジョン」のフロアボスのひとり骸骨騎士スケルトンキングシュパルトワから聞いたもの。一般には知られていない。


 だから、いまでもサタナエル石は、お金さえあれば誰もが手に入れたい「夢の魔石」だ。

 そんな魔石がヴィラ・ドスト王国から持ち出され、売りに出されていた。


 ラステル亡命、そして「サタナエル石」の流出。

 ふたつとも、ヴィラ・ドスト王国にとって手放すには大きすぎるモノだろう。


 じゃあ、誰が、いったい何の目的でこのようなコトをしたのだろう? 


 楽観はできない。この謎の答えが、レオンを害するモノなら、ボクはそれを取り除く。だってあの日、ボクはレオンと約束した。


 ――ボクが、キミの盾になるよ。どんな刃も、きっと防いでみせる。


 とはいえ、あまり深く関わるなとエイベルムから釘を刺されている。流石のボクでも神サマまがいの彼には敵わない。なんといっても彼は、この世界ディヴェルトの創造者にしてボクに六つの命を与えた存在だ。

 レオンの運命に関わり過ぎたのが気に障ったらしく、すでにボクは命をひとつ剝がされた。


 たぶん、謎を探るところまでならセーフだろう。その先の対処は、綱渡りになるかもしれない。


 ボクは、ラステル亡命およびサタナエル石流出の背後関係を調査するコトにした。

 そのさい、調査を職人の街マイステルシュタットにある「乙星や」の遊女、スピカに依頼した。スピカは、さっそくヴィラ・ドスト王国にある「織姫や」に活動拠点を移し調査を開始してくれた。

 彼女は仕事柄、情報収集に長けている。けれども、相手はクィン伯爵家と騎士団庁。スピカの力をもってしても、調査は難航していた。



 「織姫や」に帰ると、スピカが声をかけてきた。


「ギルド9625から、手紙が来たよ」


 手紙と一緒に小包も届いたという。

 スピカにくるくると巻かれた羊皮紙の手紙を開封してもらった。


 ボクは羊皮紙の手紙を机の上で、前足を使って伸ばす。

 てしてし伸ばす。

 くるんと巻き戻される羊皮紙の手紙。

 てしてし伸ばす。


 スピカが「ふふっ」と微笑みながら、文鎮で羊皮紙の四隅を押さえてくれた。


「ありがと」


 報告書なのかと思っていたら、フツーに手紙だった。文面に目を移す。どうやら手紙を書いたのは、ラステルのようだ。


『親愛なるマスター・シャノワ


 ヴィラ・ドスト王国での調査の進み具合はいかがですか?

 シャノワさんがヴィラ・ドスト王国へ向かってから、アルメア王国の方にも動きがありました。


 現在、隣国ベナルティアが国境付近で大規模な軍事演習を行っています。

 エイトスさまの指示を受け、私とアリスさんで国境付近の偵察をしてきました。


 地竜エルマラクを駆る「竜騎士団」を中心とした編成でした。竜騎士約千騎、騎兵二千騎、歩兵五千、計八千ほどの軍勢です。

 王都の貴族たちは、たんなる示威行動とみているようです。ただ、実際に目にした演習内容からすると、王都の方々の見方は楽観的過ぎるのではないかと危惧しています。


 偵察の帰りに、ハール侯爵のお屋敷へ伺いました。そこで、ハール侯爵のご長男ヨシュアさまとお会いしました。


 ヨシュアさまは、領主代行としてハール侯爵領の領地経営を任されているそうです。大変、几帳面な方で、ご領地の隅々の事情まで、しっかりと把握しておられました。昨今のベナルティアの動きには、神経を尖らせているようです。


 状況が状況だけに、私たちと王都へ向かうことはできませんでしたが、次に王都に行くときは、必ずやルーナリエナ宮殿に立ち寄ると約束してくださいました。

 レオン王子との会談を楽しみしているそうです。

 王都に帰ってから、その旨、レオン王子にお伝えしたところ、なんだかぎこちない笑みを浮かべておられました。レオン王子は、ヨシュアさまがニガテなのでしょうか?

 

 早期に、おふたりの会談が実現して欲しいですね。

 

 それでは、どうかお身体の方、お大事に。

 マスター・シャノワのお早いお帰りをお待ちしております。


 追伸

 もし、お母様にお会いする機会がありましたら、お手数ですが同封した手紙と品物をお渡しください。品物の方は、アルメアシルクのキャミソールとタムタム・ツリーの種です。


                                 ラステル』



「なんだか、ベナルティアの動きがキナ臭いカンジだね。何か知らない?」


「……さあ? そうなの?」


 ふいっと、外の方へ顔を向けるスピカ。

 珍しいコトだけれど、ベナルティアの動きは彼女も知らなかったみたいだ。


 レオンの方も動き始めたようだ。手始めに、アルメア王国第三王子エデンを支持するハール侯爵家に揺さぶりをかける。長男のヨシュア・ハールと接触を図ったようだ。


 ラステルの手紙にもあったように、レオンはヨシュアがニガテみたい。ふたりは、いったいどんな顔をして会うのだろう。


 ふたりが対面したときの様子を想像して、笑みがこぼれた。


「どうしたの、シャノワ? 口元が『ω』みたいになっているわよ」


「ふふ、ちょっとね」


「ところで、こちらの小包の方には、何が入っているの?」


「手紙によると、マリア・クィンに宛てた手紙、それから彼女へのプレゼント。キャミソールとタムタム・ツリーの種らしいよ。マリアに渡して欲しいんだってさ」


 そういえばラステルは、初任給でアルメアシルクの衣類を購入したいと言っていた。たぶん、コレのコトだったのだろう。 

 孝行者だね。


 タムタム・ツリーは、主にアルメアから海を経て東南にある島国に分布する樹木。もちろん、ヴィラ・ドストでは見られない植物だ。一つの枝に一つだけ大きなタムタム(銅鑼)のような葉をつける広葉樹で、葉や樹皮は特殊な薬の素材として用いられる。たとえば、七日間眠ることなく活動できる「アイプニア」という薬の原料になる。


「あ、それからね、シャノワ。あたしからも、耳寄りな情報があるの」


「なにか掴めたの?」


 かつて騎士団庁の魔導騎士クロム・リッターだったヒルマンという男が、ラステル亡命時のコトを知っているという。彼は、ラステル亡命時、テスラン方面の捜索を担当していたらしい。


「今、彼の立ち入りそうなところをあたっているの。近いうちに、話を聞けるかもしれないわね」

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