第4章 時代の渦に翻弄されるネコ
第1話 聖女カタリナ像を見上げる黒猫
雨上がりの朝空は、抑えつけていた想いを解放した後の心持に似ていた。
雨上がりの朝の街は、新たな出会いの予感がした。
ヴィラ・ドスト王国王都の街中では、たくさんのニンゲンがあわただしく動き回っていた。辺りには、焼き立てのパンの香りと肉や野菜の入ったスープの香りが漂っている。朝市の出ている方からは、果物や花の香がする。
ボクは教会のニンゲンに見つからないように、「隠密スキル」を使ってお散歩中。王都中心街を東西に走るメインストリートを渡り、七つの塔が聳え立つ方へと向かって、とててててっと駆け抜ける。
やがて、優美な装飾が施された大きな城門が見えてきた。
――エフタトルム城
全部で七つの塔から構成されるヴィラ・ドスト王国の王城だ。中央塔を囲むように六つの塔が立っている。城壁の随所に施された大小様々な装飾が美しい名城のひとつ。中央塔の側に国王が暮らす宮殿があり、王の妃たちが他の六つの塔の側にある宮殿で暮らしているという。
昨日、「織姫や」で見たレヴィナスの表情がどうにも頭から離れない。あの悲しい決意を秘めた目が、ボクの脳裏に焼き付いているみたいだ。
「狂王子」などと呼ばれていても、彼はこの国の第一王子。そのヒトが、あんな目をして妓楼「織姫や」へ遊びに来た。
彼は、現在、次期王位争いの渦中にいる人物。
それを考えると、イヤな胸騒ぎがした。
王位継承権を持つ者のなかから貴族たちが次の王を選出するという、この国の王位継承の仕組みに原因があるのだろうか? かなり激しい争いが繰り広げられる。
すでに、この争いから脱落した王族もいる。四年前に暗殺された王女サクラコだ。まだ八歳の少女だというのに、ひどい殺され方だったらしい。
現在、この王国で王位継承権を持つ者は、第一王子レヴィナス、第二王子アマティ、第三王子クラウス、第四王子ラファエルの四人。
第四王子ラファエル以外は、それぞれゼメキス公爵、リスト公爵、バスク侯爵、ロックバッハ侯爵といった大貴族が各王子のバックにいる。
第四王子のラファエルは、実質的に次期王位争いから外れてしまっている。彼の母方の祖父にあたるリスト公爵が、レヴィナスの支持に回っているためだ。
どうしてリスト公爵は、自分の孫であるラファエルではなく、レヴィナス王子の支持に回っているのか。理由はよく解らない。
まぁ、ボクにとっては誰が王位に就こうと構わない。けれども機を見て、いずれかの王子に援助するのはアリかもしれない。こちらも、ヴィラ・ドストで展開しているシャシャ商会の事業を有利に進めたいところだ。
王城の前を東西に走る通りを西へ進むと、樹齢百年を超える大樹に囲まれた広場が見えてくる。
――カタリナ・ガルテン
約二百年前、オルトナ王国へ向かっていた聖女カタリナは、当時のヴィラ・ドスト王国第五代国王トレミィに請われ、数年の間、この国で過ごしたという。
国王トレミィは、カタリナのために王城の近くに屋敷を与えた。その跡地が、このカタリナ・ガルテンだ。聖女カタリナは、ここで貧民の救済活動や病人の治療にあたったと伝えられている。
ボクは、生垣の間をするりと抜けて広場に出た。広場の中央には、聖女カタリナの銅像が建てられている。
「それにしても、思ったより情報が入らないね」
創造神に祈りを捧げる聖女カタリナの銅像を見上げながら、ボクはひとつため息をついた。
この王国から、アルメア王国へ亡命してきた銀髪の少女ラステル・クィン。
彼女は、ヴィラ・ドスト王国建国の功臣にしてノウム教会教祖メルヴィス・クィンの子孫だ。
メルヴィスの直系の一族を「クィンの末裔」と呼ぶ。クィンの末裔は、教会から「ラムダンジュ」の施術を許されている唯一の家系。ラムダンジュというのは、胎児に「天使の魂」を宿す古代儀式だ。これとは別に、胎児に「悪魔の魂」を宿す儀式を「ラムドゥデモン」という。「ラムドゥデモン」の方は、一切の例外なく協会が禁止する古代儀式となっている。
ラムダンジュが正常に発現すれば、その者は定期的に「天使の叡智」を啓示されるという。
その「叡智」というのが、えげつない。というのも、普通の研究者たちが数十年から百年という歳月をかけてようやく発見・解明できるかどうかという「知見」を、「クィンの末裔」たちは定期的に得られるのだから。
しかし、「ラムダンジュ」が正常に発現する条件や仕組みは解明されていない。一説には、ラムダンジュがニンゲンの肉体に適合する確率はかなり低いとも言われている。
そしてラムダンジュの不適合者は、天使の魂を有していても発現に至らなかったり、発現してもその力が暴走したりするコトがあるという。
このためノウム教会は、唯一の例外を除いて、「ラムダンジュ」の施術を禁止している。「クィンの末裔」が例外なのは、この一族が通常ラムダンジュの適合者だからだそうだ。
けれども、そんな「クィンの末裔」にも例外はあった。
胎児が双子だった場合だ。
かつてこの王国を震撼させた惨劇「サンドラ事件」。
双子の妹として生を受けたサンドラ・クィンは、「クィンの末裔」でありながらラムダンジュの不適合者だった。
サンドラが持つ天使の力は暴走した。
サンドラの討伐にあたった当時の騎士団庁は、この事件で百数十名の
この事件以来、ヴィラ・ドスト王国は王制の方針としてラムダンジュを施術した胎児が双子の場合、片方を「処分」するコトにした。
ラステル・クィンも双子の妹だった。
姉のマルティナが適合者と判明したため、ラステルは王国の方針により「処分」された筈だった。
けれども、彼女は生存していた。側仕のターニャ・ロズバードとともに、ヴィラ・ドスト王国からテスラン共和国を抜けて、アルメア王国へ亡命を果たしていた。
いまでは、ボクがギルドマスターを務める「ギルド9625」所属の冒険者となっている。
ボクは、彼女の亡命の成功に疑問を持った。
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