第22話 デモンの一族
ゼメキス公爵は、サクラコ拉致・暗殺事件にアマティやバスク侯爵、さらに騎士団庁まで関わっているとしても、国王ジェイムズに讒言する等の行動をとる気は無いという。
信じられないといった表情でレヴィナスは首を左右に振り、そして立ち上がった。
「ならば、リスト公爵にお願いします! 俺が王位継承争いから脱落しても、彼にはラファエルがいる」
ここで、第三王子クラウスの支持者であるロックバッハ侯爵の名前を出さなかったのは、レヴィナスなりの配慮である。レヴィナスも、ゼメキスとロックバッハ侯爵の仲の悪さをよく知っていた。
それに自分以外の王子が王位につくなら、クラウスよりは第四王子ラファエルの方が良いとも考えていた。
クラウスは、己の力を過信しすぎるところがある。そのためか周囲の者に対し傍若無人な振舞を見せることがあった。
他方で、ラファエルは他者に対し敬意をもって接することができる。それがたとえ使用人であっても。何より、すべてを見透かすような彼の澄んだ青い瞳は、レヴィナスでさえも気圧されるほどの力がある。
密かに、ラファエルが王になりたいなら、自分は王位を諦めても良いとさえ考えていた。
もっとも、ラファエルは聡明とはいえまだ幼い。そのためか彼の口から「王になりたい」という言葉を聞いたことはない。すでに王の臣下となるべく教育されているのかもしれないが。
今回の件で、たとえ自分が戒律違反を理由に王位継承権争いから脱落するとしても、リスト公爵が困ることはない。レヴィナスはそう考えていた。
立ち上がったレヴィナスを見上げながら、ゼメキス公爵は困ったような表情をして言った。
「そんなことをしても無駄ですな。リスト公爵は動きますまい」
「なぜです!?」
「そもそもなぜ、サクラコ様やラファエル様という存在がありながら、リスト公爵が私と共にレヴィナス様を支持してきたのか。当然、それなりの理由があるというものです」
言われてみれば、その通りである。普通に考えるなら、この国の王位継承争いにおいてリスト公爵ほど優位な状況にある貴族はほかにいない。
この国の王位継承はやや独特である。
国王が退位または崩御した場合、まず国王の諮問機関である貴族院が国王の子供達のなかから次期国王の候補者を選定する。
その後、騎士団庁と教会が国王候補者を承認すると、国王候補者と騎士団庁そして教会の三者間で「相互誓約」を締結し国王就任が決定する流れだ。
このような手続きは、第五代国王トレミィのときから始まった。
以来、貴族院における次期国王候補者の選定においては、貴族たちの激しい勢力争いが繰り広げられるようになった。初めは水面下で争われていたものが、軍事的衝突にまで至ったこともあった。
現在の王位継承権争いも、貴族たちの様々な思惑が絡み合っている。サクラコの事件に象徴されるように、血で血を洗う勢力争いが繰り広げられている。
そのなかにあって、ゼメキス公爵、バスク侯爵、ロックバッハ侯爵にはないリスト公爵の優位性とは、サクラコとラファエルという二つの神輿を持っていたことだ。
ふたりのうち、どちらかを有力貴族との姻戚関係を結ぶために使うことができる点は大きい。王族との関係を持ちたい貴族は多いからだ。
公爵家という地位からいっても、サクラコとラファエルのうちどちらかを次期国王にするために動いていてもおかしくない。
ところがリスト公爵自身は、王位継承権争いに関してサクラコやラファエルの後ろ盾となることはなかった。どういうわけか、ゼメキス公爵とともにレヴィナスを支持している。
どうにも納得できないというレヴィナスの表情に、ゼメキスは目を閉じて深くため息をついた。そのまま腕組みをして、何か考え事をしている様子だ。
やがて目を開くと「この話は、他言無用です」と前置きしてから、ゼメキスは驚愕の事実を語り始めた。
「リスト公爵家は、『デモンの一族』なのです」
――デモンの一族
「ラムドゥデモン」(悪魔の魂)を持ったある一族の呼称である。その始まりは伝わっていない。数百年前に、エテルノン帝国初代皇帝カピラヴァストの腹心だった大魔導士ドロレス・クィン・アスラによって、「デモンの一族」に関する記録の大部分が消し去られてしまったためだ。
「!? しかし、リスト公爵家は……」
衝撃的な事実を知らされたレヴィナスは、目を丸くしていた。
リスト公爵家は、第三代国王シャルルの弟リチャードを祖とする家柄である。とても信じられなかった。
「第三代国王シャルルとその弟君リチャード様は、腹違いの兄弟でございます。リチャード様の母親が『デモンの一族』だったそうです」
それ以来、代々リスト公爵家では女性当主または当主の妻が懐胎すると、「ラムドゥデモン」の儀式を極秘裏に執り行なってきたという。
「王位継承手続において 次期王位候補者と騎士団庁、そして教会の三者間で『相互誓約』が行われることはご存知でしょう? そのさい『デモンの一族』では、誓約の締結ができないそうです」
「相互誓約」は、ラノセトル大聖堂にある「三者誓約の間」において執り行われる。どのように執り行われるのかは、国王、騎士団庁長官、教皇しか知らない。
つまり「デモンの一族」であるサクラコとラファエルは、この国の王になることはできない。
ふたりは次期王位候補者となっても、「相互誓約」を締結できないからだ。その場で「デモンの一族」であることも判明してしまうだろう。
教会や騎士団庁の知るところとなれば、当然、リスト公爵家は禁忌を犯した罪で抹殺される。
なぜ、ゼメキスがリスト公爵家の秘密を知るに至ったのかは分からない。
ゼメキスはリスト公爵家の「秘密」を利用して、レヴィナスへの支持を取り付けたのかもしれない。
さらにゼメキスの話から、判ったこともあった。サクラコの背中に浮かんでいたラムドゥデモンの紋である。
「それで、サクラコは『ラムドゥデモン』を宿していたのか」
レヴィナスは小声で呟いた。
現在は「眠り姫」となっているサクラコの母親第三王妃メアリが、サクラコを懐胎したさい「ラムドゥデモン」の儀式を行ったのだろう。
もっとも、王妃とはいえメアリはリスト公爵家の当主ではない。儀式を執り行なった理由は不明だ。
「ご理解いただけたでしょうか? サクラコ様の事は、私も同じ気持ちです。ですが、時が来るまで、このことは私の胸にしまっておきましょう」
「じい様……」
「必ず、サクラコ様のご無念を晴らす時はやって来ます。それまでは、どうかレヴィナス様も軽々に動かれませんよう」
レヴィナスは肩を落として、ゼメキス公爵の屋敷を後にした。
その様子を窓から眺めていたゼメキスはソファーに腰かけると、ドンッとひじ掛けを拳で叩いた。
「ニコラウスめ。我らを裏切りおったのか」
険しい表情で奥歯を噛み締めていた。
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