第21話 痛みを感じない拳

 レヴィナスは、テーブルの真ん中に置かれているフラワーアレンジメントをじっと見詰めている。


 彼は、これまでに得られた証言とこの国の政情をもとに、サクラコ拉致・暗殺事件の全容を推論していた。


 この国の王位継承争いにおいて、次期王位を有力視されているのは第一王子のレヴィナスと第二王子のアマティである。


 レヴィナスには、ゼメキス公爵そしてリスト公爵という支援者がいた。


 他方で、第二王子アマティの支援者はバスク侯爵である。アマティの母親第二王妃カトリーヌは、バスク侯爵の娘だからだ。


 そして、ゼメキス公爵がエーナトルム宮殿へやって来て溢したこと。

 サクラコは、アドラー伯爵家との縁談話が進んでいたという。ほかでもない、レヴィナスの王位継承争いを優位にするためだった。


 サクラコの母親第三王妃メアリの父親はリスト公爵であり、彼はゼメキス公爵とともにレヴィナスを支援する大貴族だ。ここに有力貴族のひとりであるアドラー伯爵が加われば、形勢は大きくレヴィナス派に傾く。


 バスク侯爵は、レヴィナス派の勢力拡大を恐れた筈である。

 そこで彼はサクラコを狩りに誘い出し、彼女の護衛騎士まで利用して拉致・暗殺を企てた。


 事件当日、おそらくサクラコの護衛騎士は襲撃犯の手引きを行ったのだろう。護衛騎士達とバスク侯爵との間に、何らかの取引があったと考えられる。

 そして襲撃犯たちはサクラコを拉致し、いったん貧民街の倉庫に潜んでいた。そこからサクラコは馬車に乗せられて、アマティが待つディオトルム宮殿へと送られた。


 ディオトルム宮殿で何があったのか? ここの部分は、まだ分かっていないことが多い。とはいえ、サクラコがディオトルム宮殿内で殺害された可能性は高い。


 そして、サクラコの背中に浮かび上がっていた「ラムドゥデモン」の紋。ディオトルム宮殿内で、禁忌儀式に関わることがおこなわれた可能性も考えられる。


 さらに、この事件の裏では騎士団庁の人間が、第二王子アマティ派と手を組んでいるフシもある。レヴィナス達が捕らえた襲撃犯の一味が、騎士団庁の牢内で毒殺されている。騎士団庁副長官ニコラウスにいたっては、国王ジェイムズを通じてレヴィナス達の捜査に圧力をかけてきた。


 まだ不明な点は多いけれど、サクラコがレヴィナス達の王位継承争いに巻き込まれたという事は間違いなさそうだ。そこにアマティや騎士団庁の思惑も絡んでいるだろう。


 しかし――


 ゆっくりと目を閉じたレヴィナスは、肩を震わせて呟いた。


「サクラコ、サクラコは、そんなことのために殺されたというのか?」


 それは、幼い妹の命を奪わなければならないほどの事だったのだろうか。

 あのように酷い殺され方をされる程のことを、サクラコはしたというのだろうか。


 きつく目を閉じて、ぎゅうっと自分の胸倉を掴み、歯を食いしばるレヴィナス。


「なんて、酷いことを……」


 首を左右に振って、彼は固く握り込んだ拳をテーブルに打ち付けた。


「なんて酷いことをっ!」


 何度も何度も打ち付ける。

 何度打ち付けても痛みを感じない自分の拳に、レヴィナスは無性に腹が立った。


 窓の外でぱらぱらと音がする。雨が降り始めたようだ。

 レヴィナスは腹の底から込み上げる怒りを抑えながら、しばらくの間、肩を震わせて目を閉じていた。

 いますぐアマティやバスク侯爵のところへ飛び込んで、彼らを誅殺したい。サクラコが受けた痛みをそのまま彼らに与えたい。


 けれどもそのような短慮で行動を起こしても、アマティやバスク侯爵に自分の刃が届くとは限らない。返り討ちにあってしまう可能性がある。


 カヲルコを連れて行けば、彼らを斬ることは可能だろう。けれども、王族同士の私怨を晴らす討ち入りだ。カヲルコも騎士団庁の処分を受けてしまう。これ以上、カヲルコの協力を仰ぐわけにはいかない。さらに、母親のイザベラやゼメキス公爵にも迷惑をかけるかもしれない。


 大きく深呼吸をして、レヴィナスは次に自分が採るべき行動を考えていた。


「……父上に告げても、ダメだろうな」


 バスク侯爵は、王位継承争いで現国王となったジェイムズを全面的に支持した人物である。

 ジェイムズにサクラコ拉致・暗殺事件の黒幕がバスク侯爵だと告げても、おそらく相手にされないだろう。物的証拠にも乏しいうえ、レヴィナスとジェイムズとの関係を考えると怒鳴りつけられるのがオチだ。


 ならば、ゼメキス公爵はどうだろうか?


「じい様しか、いないか……」



 翌日、レヴィナスは、ゼメキス公爵の屋敷を訪れた。

 ゼメキスは、相槌をうちながらレヴィナスの話を聞いていた。他には漏らせない話という事で、部屋には「遮音壁」の魔法が展開されている。


「じい様が、父上に讒言ざんげんして下されば、バスク侯爵の取り調べができると思うのです。お願いできませんか?」


 目を閉じながらゼメキスは腕を組んで「ぬう」とため息をつき、しばらく考え込んでいた。

 そして目を開くと、首を左右に振りながら言った。


「おそらくサクラコ様の件は、レヴィナス様の仰る通りかと。ですが、王に讒言ざんげんするのはやめておきましょう」


「なぜ!? 彼らは王族を害したのですよ?」


「まず、物的証拠がございません。くわえて、騎士団庁まで噛んでいるとなると、大変厄介なのです。王はサクラコ様の件を、騎士団庁にお任せになりました。にもかかわらず、レヴィナス様は騎士団庁の者まで使いサクラコ様の捜査を行っています。騎士団庁の捜査権限を害する行為とみられる可能性がありますな。仮に上手くいったとしても、バスク侯爵やアマティ様の処分を求めれば、王子、貴方も何らかの処分を受けることになるでしょう」


 王国の戒律違反を教会および騎士団庁から追及される恐れがあるという。

 ゼメキス公爵としても、ここで教会や騎士団庁と対立する気はないということだろう。


「俺はどうなっても構いません。サクラコをあのような目に遭わせたバスク侯爵や、アマティたちをこのままにはしておけません」


「いいえ。レヴィナス様が処分されるのは、私が困りますな」


 レヴィナスが処分を受ければ、王位継承争いに不利に働く恐れがある。処分の内容によっては、ゼメキスは神輿を失う恐れもあった。


 そして、この事件の件でレヴィナスとアマティが処分されると、第三王子クラウスを支持するロックバッハ侯爵に大きく利することとなる。若いころからロックバッハ侯爵と折り合いの悪いゼメキスとしては、避けたい事態だった。


「じいは、レヴィナス様、貴方を王にしたいのです」


「じい様……」

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