第8話 護衛騎士の死因
サクラコ襲撃犯の一味とみられる男二人の証言を得てから、一週間余りが経過した。
あれから、目新しい情報は入っていない。
レヴィナスは、自室の窓から外の景色を眺めていた。窓から見える庭園では、庭師たちが忙しそうに花や庭木の手入れをしている。その様子を彼はただぼんやりと眺めていた。
彼の脳裏に蘇るサクラコの姿。銀色の瞳がわずかに揺れる。
姿を見るなり薄紅色のツインテールを揺らして、「レヴィナス兄さま」と彼に駆け寄ってくるサクラコの姿。
レヴィナスが草花で作成したリースを抱えながら、若葉色の瞳をキラキラさせて喜ぶサクラコの姿。
プレゼントした絹のハンカチを広げて、微笑むサクラコの姿。
カードゲームに負けて、ぷうっと膨らませた彼女の頬を指で突いた。
本を読んで聞かせた。
文字も手づから教えた。
彼女との思い出が、次々と浮かんでは消える。
そして、花でいっぱいの棺に眠るサクラコの姿。
ゆっくりとその蓋が被せられていく。
部屋の扉の方から。側仕がノックをして入室してきた。
「失礼いたします。レヴィナス様。アリシアと騎士団庁のカヲルコ様が、お越しになりました」
「通せ」
「かしこまりました」
側仕が部屋を後にするとレヴィナスは、部屋の中央に置かれたテーブルに向かい席につく。
やがて、側仕に案内されたカヲルコとアリシアが彼の部屋へ入って来た。カヲルコは、綺麗に巻かれた羊皮紙を手に持っている。
「本日は、ご報告があり参りました」
レヴィナスが彼女達に席を勧めると、ふたりは彼の正面の席に並んで座った。席についたカヲルコは、周りに控えている側仕達にチラと視線を向ける。
他の者には聞かれたくない話があるようだ。
「済まないが、お前たちは別室で控えていてくれ」
カヲルコの仕草を見たレヴィナスは、そう言って側仕たちを退室させる。側仕達が部屋を後にしたのを確認すると、彼は前に座るカヲルコに視線を移した。
「報告とは?」
「検死結果のことよ」
サクラコを含む彼女の側仕達の検死結果について、彼はカヲルコからすでに報告を受けている。
「その報告は、既に聞いたと思うが?」
レヴィナスは、首を傾げてそう言った。
サクラコの側仕達は女性だったことから、遺体の検死はカヲルコと数名の女性騎士が担当した。
筆頭側仕のセイランは、側頭部に矢を受けて即死。その他の側仕たちは、矢を受けて死亡し、あるいは剣などの刃物で斬殺されていた。
ほとんどの遺体に矢傷があったことから、襲撃犯はまずサクラコ一行に矢で奇襲をかけたものと見られている。
「ええ。けれど、今回は護衛騎士のモノよ」
「護衛騎士達も、襲撃犯に斬殺されていたのだろう?」
サクラコにはふたりの護衛騎士が付いていた。サクラコが襲撃されたとされる現場に、ふたりの護衛騎士の遺体もあった。
もっともカヲルコは、護衛騎士の検死には立ち会っていない。
彼女がレヴィナスにした報告は、検死を担当した者から聞き出した検死結果だった。
それによると、護衛騎士の遺体は剣で首を刎ねられていたという。これが死因のようだ。また、遺体には矢傷はなかった。
「ちょっと、不審な点があるの」
カヲルコは、二人共に首を刎ねられて殺されていた、という点に引っかかったという。カヲルコが検死をしたさい、斬殺された側仕達に首を刎ねられて殺された者はいなかったからである。
なぜ、二人の護衛騎士の遺体だけ首を刎ねられた状態なのか?
そこで彼女は事件現場の調査記録をつぶさにあたった。すると、さらに奇妙な事実が判明した。
ふたりとも、剣を抜いていなかったというのだ。いいかえれば、襲撃されたにもかかわらず抵抗しなかったという事になる。
襲撃犯のなかに手練れがいて、抵抗する間もなく真っ先に首を刎ねられたのかもしれないが、それでは説明がつかない事実もあった。
というのも殺されたふたりの護衛騎士のうち、ひとりは「索敵」スキルを持っていることが判ったからである。
素直に考えるなら、道中、襲撃を警戒して索敵スキルを発動していただろう。そうだとすれば、森の中に襲撃犯が潜んでいることを察知できた筈だ。襲撃犯が潜んでいることを察知しているのに、護衛騎士達が剣を抜いていないというのはあり得ない。
「あくまでも推測なんだけど、彼らは剣を抜く必要がない者と共にいた。それも事件現場に。つまり、サクラコ様の護衛騎士たちも襲撃に協力していた可能性があるわ」
「あるいは襲撃時に、護衛騎士たちは事件現場にいなかった?」
隣に座るカヲルコにアリシアが尋ねる。
「ええ。その場合は襲撃後に何者かと一緒に事件現場にやって来て、そこで首を刎ねられたということになるわね」
カヲルコはアリシアの方に顔を向けて頷き、そう答えた。
「殺されたのは、口封じか」
俯き加減になったレヴィナスは、顎に手を当て目を閉じる。
「ええ。多分ね」
そうだとすれば襲撃犯の一味あるいはその黒幕は、このふたりの護衛騎士と接触した筈である。有力な手掛かりのひとつと言えるかもしれない。
レヴィナスは、顔を上げてアリシアの方を見た。
「馬車の行方は?」
「そちらの方は、未だ進展はありません」
アリシアは目を閉じて、残念そうな表情でそう答えた。
サクラコの引渡は人通りの少ない時間におこなわれたらしく、馬車の目撃者捜しに苦労しているようだ。
顎に手を当て、レヴィナスは思考する。
――護衛騎士のセンから調べるのもアリだろう。襲撃前の彼らの行動を調査すれば、何か判るかもしれない。
「カヲルコは、その護衛騎士たちを調べてくれ」
「わかったわ」
カヲルコは、レヴィナスの言葉に頷いて答えた。
「それから、もうひとつ」
「なんだ?」
「今回の事件と関係は無いかもしれないけれど、サクラコ様の背中にこのようなモノが……」
カヲルコは、一枚の羊皮紙をレヴィナスに差し出した。羊皮紙はきれいに巻かれて封蝋されている。
それを受け取ったレヴィナスは、封蝋を解いて羊皮紙を広げる。
そこには、見たこともない魔法陣のようなモノが描かれていた。
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