第9話 王立魔導研究所

 サクラコの背中に浮かび上がっていたという、見た事もない魔法陣のようなモノ。

 これもサクラコ拉致・殺害犯が残した手がかりなのだろうか?


「これは?」


 カヲルコの方を見てレヴィナスが尋ねる。彼女は、首を横に振ってから言葉を続けた。


「不思議なことに、貴方がご遺体を引き取りに来たときには、消えてしまっていたの」


 レヴィナスもカヲルコも、魔法陣に詳しいわけではない。日常生活や仕事で使用する魔法陣は知っていても、特殊な魔法陣まで知っているわけではない。

 特殊な魔法陣の知識なら、むしろアリシアの方が多いくらいだろう。


「アリシア。お前は、これが何か判るか?」


 そのアリシアもレヴィナスから差し出された羊皮紙をみて首を左右に振った。

 アリシアの様子を窺っていたカヲルコは、レヴィナスの方へ顔を向ける。


「マリア・クィン様なら、ご存知かもしれないわね」


 王立魔導研究所の所長マリア・クィン。

 カヲルコの言うとおり、天使の叡智を蓄える『クィンの末裔』である彼女なら、何か知っているかもしれない。

 

 レヴィナスは、アリシアに顔を向ける。


「アリシア。王立魔導研究所所長のマリア・クィンに面会依頼を」


「かしこまりました」


 🐈🐈🐈🐈🐈


 ヴィラ・ドスト王国の王都から西へ、馬車で二日ほど進んだところに位置する学問都市シュテルンフューゲル。ここには世界屈指の魔導研究機関「王立魔導研究所」やレヴィナス達が通う「王立学院」が存在する。


 レヴィナスはマリア・クィンに面会依頼を申し込んだ二日後、シュテルンフューゲルにある「レネン宮殿」に入った。

 この宮殿は、王立学院に通う王族のために建てられた赤レンガ造りの建物である。現在は、第一王子レヴィナス、第二王子アマティ、第三王子クラウスがこの宮殿から王立学院へ通学している。


 レネン宮殿に入った翌日の昼前に、レヴィナスはアリシアを伴い馬車で王立魔導研究所へと向かった。


 当初、マリアの方からレヴィナスのいるエーナトルム宮殿に訪問する旨の返事があった。けれどもレヴィナスはその申し出を断り、自ら王立魔導研究所へ赴いた。


 『魔導大全』の編纂で忙しいマリアに配慮したためである。


 ――魔導大全

 全28巻(現在)からなる魔導書である。天使のことばを受け解読できる能力を持つ「クィンの末裔」達の手によって編纂されている。

 ヴィラ・ドスト王国は、この『魔導大全』に記された魔法原理を様々な分野で実用化することによって、周辺諸国の追随を許さないほどの「魔導先進国」となった。


 ヴィラ・ドスト王立魔導研究所は、シュテルンフューゲルの南地区にある小高い丘の上に建つ施設である。もとは、ここにおかれていた廃城を改築したものだ。

 王城エフタトルムに勝るとも劣らない美しい白亜の建物で、シュテルンフューゲルを代表する建築物のひとつである。


 レヴィナス達を乗せた馬車が、丘の上に立つ白亜の建物に続く道をのぼっていく。


 研究所の入り口で、白いドクターコートに身を包み金髪をアップにまとめた青い瞳の女性がレヴィナス達を出迎えた。


 王立魔導研究所所長マリア・クィンである。


 レヴィナスが馬車を降りると、マリアは深いカーテシーをして彼に挨拶した。


「ようこそ、おいでくださいました。レヴィナス王子。ご足労をおかけいたしまして」


「いえ。お久しぶりです。マリア」


 ふたりが顔を合わせるのは、これが初めてではない。

 マリア・クィンは、レヴィナスの母親イザベラと王立学院時代以来の友人である。そんな縁からレヴィナスも、国王ジェイムズやイザベラの誕生日パーティーなどで、マリアと面識があった。


 馬車を降りたレヴィナスとアリシアはマリアに案内されて、中庭の中央を十字にのびる通路を通って、正面に建つ研究棟へと向かう。

 周りを警戒しながら、レヴィナスの後をアリシアが続く。


 前方から歩いてきた衛兵たちが道を開け、レヴィナス達に挨拶する。研究所内を巡回していたようだ。とはいえ、衛兵の数が多い。


 王立魔導研究所内の物々しい警備に、レヴィナスは眉を顰めた。彼が暮らす王都のエーナトルム宮殿やシュテルンフューゲルのレネン宮殿でさえ、ここまで厳重な警備は行われていない。


 中庭を歩いていると、少し離れた広場のような場所で、ふたりの少女がじっと立っているのが見えた。ひとりは銀髪で瑠璃色の瞳の少女、もうひとりは金髪碧眼の少女。

 ふたりとも白のブラウスの上に紺のボレロを着て、下は紺のショートパンツ、黒のレギンスという姿。

 彼女達を護衛騎士や側仕達が見守っている。


 ふたりの方に顔を向けたレヴィナスは、足を止めた。。


 やがて少女達は、勢いよく掌を前に突き出した。掌から光をおびた球体があらわれる。魔力弾だ。


「えいっ!」


「えいっ!」


 掛け声を出して、ふたりは魔力弾を撃った。放たれた魔法弾は、高速で真っ直ぐに飛んでいく。その先には、ふよふよと幾つかの魔導具の的が浮遊している。


 パリン、パリーン!


 魔力弾を受けた二つの的が、粉々に砕け散る。


「おふたりとも、お上手です。ラステル様は、もう少し魔力の循環速度を上げて撃ってみましょう。マルティナ様は、最後まで集中して魔力をコントロールしてください」


 護衛騎士のひとりが、ふたりに近づいて指導している。

 どうやら、魔力操作の訓練をおこなっているようだ。ラステルと呼ばれた銀髪の少女は護衛騎士の言葉に頷くと、「えいっ」と声を出して浮遊している的に向け再び魔力弾を撃ち込んだ。


「娘たちです。まだ王立学院の講義が始まっていないので、ここで勉強や訓練をさせています」


 少女たちが訓練する様子を眺めるレヴィナスの隣で、マリアが言った。


 ふたりの少女は、マリアの娘。マルティナとラステルの双子姉妹。12歳になった彼女達は、第三王子クラウスと同学年である。


 ただ、娘達を見るマリアの表情は少し悲しげだ。ふたりのうちどちらかの子は、処分されるからだろうか。


 「ラムダンジュ」を施された胎児が双子だった場合、どちらかを「ラムダンジュ不適合者」のおそれのある者として「処分」するのが王政の方針である。「ラムダンジュ不適合者」は、天使の魂の力が暴走し破壊と殺戮をもたらすからだ。


 かつてヴィラ・ドスト王国で起きた「サンドラ事件」では、ラムダンジュ不適合者の暴走を止めるために百名以上の王国の騎士達が犠牲になった。


 物々しい警備も、マルティナあるいはラステルのうち、どちらかが「ラムダンジュ不適合者」である場合の備えだった。


 マリアの顔を見たレヴィナスは、そっと目を逸らして俯いた。

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