第7話 桜の紋章
サクラコ拉致・殺害の経緯を話すなどと言いだした仲間の言葉を聞き、レヴィナスに太腿を剣で刺された男はぎょっとした表情をした。
痛みを堪えながら、隣で震える仲間の顔を見上げて怒鳴った。
「ば、馬鹿、やめろっ!」
慌てて止めようとする男の太腿の傷口を、踵で踏みつけるアリシア。
「ぐあぁぁっ!」
傷口を踏みにじられた男は、呻き声を上げ額に脂汗を浮かべている。
血を流して肩で息をする仲間の様子を見ていた男は、ついに事件の日の事を話始めた。
「お、俺達は、あの日街道を通る女ばかりの一団を襲撃し、貴族のガキを攫って来いと言われただけだ!」
「あ? お前らがサクラコを殺したんじゃないのか?」
「ち、違う。本当だ」
サクラコを拉致したが、暴行・殺害まではしていないという。レヴィナスは、目を細めて男を睨んだ。
「サクラコを攫った後は?」
「立派な格好をした騎士風の男達に引き渡した」
騎士達……。どうやら複数いるようだ。アリシアと視線が合うレヴィナス。
「騎士だと? 誰だ?」
「名前は、知らねぇ」
ドガッ!
男の鳩尾を蹴り上げると、彼は咳き込みながら床に突っ伏した。レヴィナスは感情の見えない顔で、男の鼻先に剣を突きつける。
「言え。その騎士の名は?」
「し、知らねぇ。本当だ。本当に俺たちは知らねぇんだ。俺達は、雇われただけだ。ほかは何も聞かされてねぇ」
二人は、他国から流れてきた食い詰め物の冒険者らしい。酒場で飲んでいたところ、「金になる話がある」と見知らぬ男から話を持ちかけられたという。
「誰に雇われた?」
「き、『鬼面猿猴』の一員と言っていた」
――
大盗賊「ハルカ」と並んで、ヴィラ・ドスト王国、オルトナ王国、シン国、テスラン共和国を中心に暗躍する闇組織の一つである。諜報はもちろん、金さえ積めば破壊工作、要人の暗殺なども行うといわれている。
アリシアが、はっと息を呑む。
サクラコの拉致・殺害には騎士風の男二人に加え、正体すら掴めていない闇組織まで関与していた。さらにその背後にいる人物は、おそらく大貴族だろう。
「どこでサクラコを引き渡した?」
「メインストリートの突き当りにある倉庫で、ガキを引き渡した」
王女サクラコを拉致した後、この貧民街にある今は使用されていない倉庫内で待機していたらしい。すると騎士風の男達が現れ、報酬と引き換えにサクラコを引渡したという。
その後は、国外へ出るように言われて、他の者たちは金を持って国外に出た。だが、このふたりの男達は久しぶりの王都ということもあり、少し遊んでから国外へ出るつもりだったらしい。
やがて配下を連れた
男達は騎士団庁の騎士たちの姿を見て、戦慄の表情を浮かべた。
「ど、どいうことだ!? 知っていることは、すべて話したぞ!」
そう言って、先ほどまで証言をしていた男がレヴィナスを睨む。
「バカか。それとこれとは、話は別だ。誰が見逃してやるなんて言った?」
そう言うと、レヴィナスは薄笑いを浮かべて男たちを見下ろしていた。
騎士団庁の騎士に引き連れられていく男たち。男のひとりが振り返って、レヴィナス達を睨みつける。そのまま騎士に引きずられるようにして部屋を後にした。
「何か判ったの?」
「ああ。サクラコは攫われた後、この近くにある倉庫で、騎士風の男二人に引き渡されたらしい」
アリシアに目配せするレヴィナス。アリシアは頷くと建物から出て行く。その後を歩くレヴィナスとカヲルコ。
貧民街の大通りを歩くレヴィナス達。やがて見えてくる三棟ほど並ぶ倉庫。倉庫と言っても、レンガ造りではなく古い木造建物である。
レヴィナスとアリシアは、出入口の門を抜けて男達が証言した倉庫内に入った。
「ここか……」
今は使用されていないのか倉庫内は、あちらこちらに蜘蛛の巣が張っており昼間でも薄暗く閑散としていた。倉庫の隅には壊れた道具や藁が散乱し、壊れた空の木箱、空樽などが転がっている。
「王子、これを」
アリシアが、絹のハンカチをレヴィナスに差し出した。レヴィナスは差し出されたハンカチを手に取った。
「これは……」
彼はこのハンカチに見覚えがある。以前、彼がサクラコに贈ったものだったからだ。サクラコは、このハンカチに自分の紋章である桜の柄の刺繍を入れて使っていた。
アリシアが発見したハンカチにも、桜の柄が入っている。レヴィナスは、目を閉じてハンカチを握りしめた。
「間違いないようだな」
男の証言通り、ここでサクラコは何者かに引き渡されたということだ。
「しかし、ここから、どこへ連れて行かれたのでしょう?」
レヴィナスを見るアリシア。サクラコのハンカチを見つめるレヴィナス。
「レヴィナスっ! 来て」
倉庫の裏手の方でカヲルコがレヴィナスを呼ぶ。
「どうした?」
声のする方へ行くレヴィナス。カヲルコがしゃがんで何かを見ている。
「これを見て」
カヲルコはそう言って地面を指さした。
倉庫が建つ敷地には、レヴィナス達が通ってきた門とは別に裏手にも門があった。
馬車の車輪の跡が裏の門へと続いている。馬車を停めていたと思われる付近には乾いた馬糞も落ちていた。
こんな貧民街をわざわざ馬車で通り抜ける者など、まずいない。彼らの証言が真実であれば、サクラコを馬車に乗せてここから移動したと考えられる。
「馬車か……」
ヴィラ・ドスト王国で、馬車を利用するのは貴族か商人。
「車幅や車輪の太さから見て、貴族の馬車じゃないかしら?」
貴族が利用する馬車の車体は、大きめに作られていることが多い。そのため両輪の幅は広くなり、車輪自体も太目に造られる。
レヴィナスは目を細めた。
「アリシア、カヲルコ。この周辺の人間に聞き込みをしてくれ。馬車を見た人間がいる筈だ。貴族の馬車なら家紋が描かれている。覚えているかもしれない」
レヴィナスは、サクラコが倉庫内に残した絹のハンカチを見ながらふたりに指示した。
ふたりは、レヴィナスの顔を見ながら頷いた。
――その夜。
牢屋番の兵士が、ランプを片手に牢の中の様子を確認して回っていた。
当番制とはいえ、牢屋の見回りなど、サクッと終わらせたい仕事である。彼は、ダルそうな表情で牢の通路をとぼとぼ歩いていた。
ひとつの牢の前で立ち止まる。何か違和感を持ったからである。牢の中に囚人がいるのは当たり前だが、なんだか様子がおかしい。
見回りの兵士は、ランプを高く掲げ目を凝らしてその牢の中を覗き込んだ。ランプの光に照らし出される二人の男の姿。
やがて彼は、大きく目を見開いた。
「なっ!?」
王女サクラコを拉致した容疑者としてカヲルコが連行してきた男二人が、牢の中で血を吐いて倒れていたのである。
見回りの兵士は、報告の為、すぐさまその場を離れた。
検死の結果、王女サクラコ拉致・殺害に関わったとみられる男二人は、牢の中で死亡が確認された。何者かに毒物を盛られた可能性が高いという。
翌日、アリシアからその報告を聞いたレヴィナスは、きつく目を閉じて、ギリリと歯を食いしばった。
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