第6話 二人の容疑者

 ヴィラ・ドスト王国王女サクラコの葬儀は、ノウム教会総本山ラノセトル大聖堂において、しめやかにとりおこなわれた。


 ラノセトル大聖堂から運び出される黒塗りの棺。一段、また一段と聖堂前の階段を下って行く。そしてサクラコの棺は、竜車に乗せられた。


 地竜エルマラクに跨り先導する騎士団庁のふたりの黄金騎士。その後を追うように続くサクラコの棺を乗せた竜車。数頭の地竜に曳かれている。


 ろろーん、ろろろーん、ろろーん。


 大聖堂の鐘楼から響く葬送の鐘。いつもとは違うその音色。死者との別れを惜しむものだという。


 国王ジェイムズと第一王妃イザベラ、サクラコの実弟第四王子ラファエルを乗せた竜車がサクラコの棺を追う。


 本来であれば、この竜車にはサクラコの母第三王妃メアリも同乗する筈だった。しかし、彼女は二年ほど前から原因不明の病で「眠り姫」の状態である。このため娘の葬儀に参列していない。


 国王ジェイムズ達を乗せた竜車を囲むように、馬に跨った騎士団庁の十数名の魔導騎士達が護衛する。


 この葬列の行先は、エフタトルム城の北、王都郊外にある王家の墓地。


 大聖堂の入り口へ続く階段の最上段で、第一王子レヴィナス・ヴィラ・ドストは遠ざかる竜車を見えなくなるまで見送っていた。



 サクラコの葬儀の後、レヴィナスは王城エフタトルムに戻った。


 白亜の王城エフタトルムは、全部で七つの塔からなる城である。中央に聳え立つ高い塔を囲うように六つの塔が並ぶ。

 中央塔の側に国王が暮らす宮殿があり、王の妃と子供たちは他の六つの塔の側にある宮殿で暮らしていた。


 七つの塔の一つ、エーナトルム。この塔の側に第一王子レヴィナスと第一王妃イザベラの暮らす宮殿がある。


 レヴィナスは自室に戻った後、筆頭側仕に命じてある人物を呼び出した。しばらくすると、どこからともなくその人物は現れた。


「お呼びでしょうか?」


 椅子に腰かけるレヴィナスの前で、黒いノースリーブを着た女性が跪いた。

 金髪をサイドから編み込んでまとめ、すっきりと清楚にアレンジしている。

 彼女は静かにその頭を垂れたまま、あるじの指示を待っていた。


「アリシア、サクラコを襲ったヤツらをオレの前に引きずってこい。必ずだ」


 この女性、アリシアはレヴィナス直属の配下である。主に諜報・工作などを担当している。


「仰せのままに」


 彼女は主の言葉に頷くと、手のひらに舞い落ちた雪のように姿を消す。

 レヴィナスは、つい先ほどまでアリシアが跪いていた床をいつまでも睨んでいた。


 🐈🐈🐈🐈🐈


 ――数日後。


 アリシアは、レヴィナスの下に現れた。

 娼館や酒場で、サクラコを襲ったとみられる一味の男二人を捕らえたという。


 レヴィナスは、アリシアの案内で王都外れの「貧民街」へ向かった。


 魔導大国ヴィラ・ドストは大陸随一の経済大国でもある。しかしこの王国においても、「貧民街」は存在した。その街で暮らす者の多くは、近隣諸国からの移民や出稼労働者である。

 土木工事、運送、炭鉱・鉱山、一部の製造業などの業種は、こうした人々の安価な労働力によって支えられていた。


 貧民街には、無秩序に増築された複雑な建築構造をもつ建物が林立する。このため街路は迷路のように入り組んでおり、土地勘のない者が入ると出ることができないと言われるほどだ。

 建物はどれも薄汚れ、街路はいたるところにごみが散乱し悪臭が漂う。


 安物の酒が入った瓶を抱えるようにして座り込む男や建物の側で横になる男たちが、通りを歩く金髪の男女に視線を向けている。


 昼間であるにもかかわらず薄暗く細い街路を抜けてレヴィナスが案内されたのは、出稼労働者が暮らす五階建ての集合住宅の一室である。

 一階にある角部屋の前で、厳つい男が扉を背にしてもたれかかり腕を組んで立っていた。


 レヴィナス達の姿に気が付いた男が、アリシアに挨拶する。


「アリシア様。お疲れ様です」


「あれから、ふたりは何か話した?」


 アリシアが男に尋ねる。


「いえ、黙秘を決め込んでいるようです」


 男は扉に視線を向けながら、そう言ってため息をついた。

 レヴィナスが扉を開けて、部屋の中へと入っていく。


 その様子を見たアリシアは、男に目配せをして頷いた。すると男は軽く会釈をしてその場を離れる。

 部屋の中には、両腕と両足を縄で縛られた二人の男達。座らされた状態で、部屋へ入ってきたレヴィナスとアリシアに視線を向ける。


 レヴィナスは、部屋の中を見回した。そして部屋の端へと歩き、拳で壁を軽く叩いた。


 それを見たアリシアがレヴィナスに近づく。


「遮音壁を展開していますから、音は漏れません」


 レヴィナスは頷くと、銀色の双眸を細めて男たちを見下ろした。突き刺すような鋭い視線が、彼らに向けられている。


「お前たちが、サクラコを襲った一味の者か?」


「「……」」


 男達は目を逸らした。やはり黙秘するつもりのようだ。レヴィナスは、男達に見せつけるようにゆっくりと剣を抜いた。そして、二人の鼻先に剣先を突き付ける。


 それでも二人の男達は、薄笑いを浮かべて何も話そうとしない。


 その様子を見たレヴィナスも、笑みを浮かべて言った。


「ああ、そうだ。証人は、ひとりで十分だよな。どちらが死ぬ?」


 顔色を変えて、お互いに顔を見合わせる男達。

 レヴィナスは笑みを深めると、剣を一人の男の太腿に突き刺した。


「ぎゃあああっ!」


「うるさい。騒ぐな」


 太腿を刺された男は横になり、呻き声を上げながら苦痛に顔を歪ませている。

 レヴィナスは男の太腿から剣を抜くと、痛みで悶える男の鳩尾を蹴った。そして腹を強く蹴られて咳き込む男から視線を隣に座る男に移す。

 その男の首筋に血糊のついた剣を当てた。


「それとも、お前が死ぬか?」


 レヴィナスが、剣で男の肩を軽く叩く。


「ひっ!」


 太腿から血を流し痛みに悶える仲間を横目で見ながら、男はカタカタと震えだした。震える男を睨むレヴィナス。


「話せ。サクラコを襲ったのはお前らか?」


 やや強い口調で尋ねる。


「は、話す。だから命だけはっ!」


 男は観念したのか、縋るような目でレヴィナスを見上げながらそう言った。

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