第5話 王女暗殺
――4年前、ヴィラ・ドスト王国王都近郊の森。
その日ヴィラ・ドスト王国王女サクラコ・ヴィラ・ドストは、第二王子アマティ、第三王子クラウスのふたりの兄に狩りに行こうと誘われて王都近郊の森へ来ていた。
もっとも、サクラコは狩りに興味などない。
会うたびに下卑た笑みを浮かべながらジロジロと舐め回すように彼女を見て、熱っぽい視線を送ってくる第二王子アマティ。
いつもサクラコなど眼中に無いかのごとく振る舞い、たまに口を開けば、彼女を見下すような言葉を投げかける第三王子クラウス。
彼女は、このふたりの兄に対し好意を持っていない。
このためサクラコは、当初、ふたりの誘いを断るつもりだった。
しかし、父である国王ジェイムズも参加すると聞き、付き合い程度に参加したのである。
兄たちが獲物を追いかけている間、彼女はお茶を楽しんだり森の中を散策したりしていた。
そして、昼を過ぎた頃に王宮へ戻ることにした。
筆頭側仕の女性が、手綱を取る馬に揺られる帰り道。
かっぽかっぽと馬の足取りに合わせて、ツインテールにしたサクラコの薄紅色の髪も揺れている。
朝早くに王宮を出発したからだろう。まぶたが重そうだ。サクラコは、後ろで手綱を取る筆頭側仕の女性に身を預ける。
うつらうつらとし始めた、その時だった。
突然、身を預けていた筆頭側仕の女性が、どさりと落馬した。
何かに驚いた馬が嘶いて立ち上がり、サクラコも振り落とされてしまった。
「っ!」
痛みを
その若葉色の瞳に映ったのは――
一本の矢に、こめかみの辺りを貫かれて血を流す筆頭側仕の女性の姿。
「セ、セイランっ!?」
すると今度は、森のなかから飛んできた矢がサクラコの側仕たちを襲う。数人の側仕がその矢の犠牲になり、あるいは負傷した。
「あ、ああ……」
次々と矢を受けて倒れる側仕達の姿。サクラコは、顔を歪ませた。
矢の雨が降り止むと黒覆面、黒装束の男が数人飛び出して、残り少ないサクラコ一行を取り囲んだ。彼らは、すでに抜き身の剣を手にしている。どうやら、サクラコの命を狙う刺客のようだ。
彼らは容赦なくサクラコ達に襲いかかった。
サクラコ一行は、ほとんどが女性である。そのなかには多少、武芸の心得のある者もいた。しかし、先ほどの矢を受けたために負傷した者ばかりだ。
ほんのわずかな間抵抗したものの、彼女達は次々と刺客の凶刃に倒れていく。
「そ、そんな……」
「姫様、お逃げ下さい!」
残った側仕達は刺客達の前に立ちはだかり盾となって、サクラコを逃がそうとした。
立ち上がり、おぼつかない足取りで逃げようとするサクラコ。
しかし走り出した途端、足がもつれて転んでしまった。
「あっ……、ぐっ」
転んださいに強く膝を打ってしまったようだ。サクラコは膝を押さえてうずくまる。
黒装束の男たちがサクラコを取り囲む。彼らは笑みを浮かべて、サクラコを見下ろしていた。
「い、いやっ、来ないで」
「へへへへへ。連れて行け」
サクラコは、ぎゅっと目を閉じた。
🐈🐈🐈🐈🐈
その夜、ヴィラ・ドスト王国王都にある王城エフタトルムは、蜂の巣をつついたような大騒ぎとなっていた。
自室でワインを片手に報告を聞いた第十六代国王ジェイムズ・ヴィラ・ドストは、その手からワイングラスを落とすほど取り乱したという。
「騎士団庁へ向かう!」
そう言って側仕達が制止するのを振り払い、自ら騎士団庁へ出向いた。そして騎士団庁長官グレゴリウスと面会し、サクラコの捜索を要請する。
王女サクラコが、王都近郊の森を散策中に行方不明となった。
事件現場には矢を受け、あるいは斬殺されたサクラコの側仕達の遺体と首を刎ねられた護衛騎士の遺体が残されていたものの、そこにサクラコの遺体はなかった。
状況から見て、サクラコを一行は王城へ戻る道中で何者か襲われたものと考えられた。さらに現場周辺にサクラコの姿がなかったことから、彼女は拉致された可能性が高いという。
すでに知らせを聞いていた騎士団庁長官グレゴリウスは、
王都周辺では、連日、騎士団庁と国王の親衛隊による捜索が行われた。
しかし捜索の甲斐なく、数日後、サクラコは無残な姿で発見される。事件現場とは遠く離れた道沿いの樹に、彼女の遺体は逆さ吊りにされていたという。
知らせを聞いた国王ジェイムズは、悲嘆のあまり寝込んでしまった。
王の代理として、王城エフタトルムから騎士団庁へサクラコの遺体を引き取りに来た第一王子レヴィナス・ヴィラ・ドスト。
「サクラコ、サクラコっ!」
彼女の遺体を見るなり、そう叫んだ。後ろで束ねた長く美しい金髪を揺らして、サクラコの遺体に駆け寄った。
その隣には、黒髪を前下がりのショートボブにした女性が静かに目を閉じて立っている。白銀の鎧に身を包んだその女性は、カヲルコ・ワルラス。ヴィラドスト王国騎士団庁の
眠るように目を閉じる妹の顔を見て、レヴィナスは涼やかな銀色の双眸を大きく開いた。サクラコの口元や頬のあたりに青い痣がある。
「なっ、なんてひどい……。一体、どういうことだ!?」
レヴィナスはサクラコの頬に触れながら、首を左右に振った。
「検死の結果、その……、他所で……乱暴を受けた後、絞殺されようです」
目をきつく閉じ、歯を食いしばりながら答えるカヲルコ。
「な……んだと?」
声を震わせながら、レヴィナスはカヲルコを睨む。
沈痛な面持ちのカヲルコの姿を見て、彼は膝から崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。
そして、きつく握った拳を床に叩きつけた。
「サクラコは、まだ八歳なんだぞ……」
そんなことを言いながら、何度も、何度も、何度も何度も拳を床に叩きつけた。皮が裂けて床に血が滲む。
「レヴィナス王子っ!」
それを見たカヲルコは、すぐに止めに入った。
「ぐっ……。サクラコ、サクラコ……」
きつく閉じた目から涙が一筋、彼の頬を伝う。
カヲルコは、レヴィナスの手を両手で包み込むようにして治癒魔法をかけた。聖属性特有の白い光が彼女の手の中に籠る。
「レヴィナス……」
嗚咽するレヴィナスの手を両手で握りながら、カヲルコは彼を見つめていた。彼女もまた、翡翠色の瞳に涙を浮かべている。
「犯人の手がかりは、つかめたのか?」
俯きながら涙を浮かべ、カヲルコに尋ねるレヴィナス。
カヲルコは、目を閉じて首を左右に振った。
騎士団庁が、連日、捜索しているが、犯人の手がかりは全くつかめていないという。
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