第20話 ターニャ・ロズバードの証言②

 ボクは右前足をぺろぺろして、こしこしと顔を洗った。

 

 エイトスから身バレしているコトを告げられたターニャ。琥珀色の瞳を見開き、戦慄した表情で彼を見ている。


 その様子を見たラステルは、膝の上に乗せたターニャの手の上に自分の手を重ねていた。


「ごめんなさいターニャ。貴女にお話しする機会がなかったの。マスター・エイトスは、すでにわたしがヴィラ・ドストからの亡命者である事もラムダンジュの事もご存知です。そのうえで、わたしをこのギルドに採用して下さいました」


「お嬢様……」


 ふたりは、亡命後、王都の外れにある共同住宅で暮らしていた。当初は、ラステルの両親から渡されたお金を切り崩しながら、ターニャがシャシャ商会で働いて生活を支えてきたそうだ。


 ラステルがギルド9625に採用されてからは、ターニャの仕事が忙しくなり商品の買い付けのために遠方へ出張するコトも多くなった。

 そのため、ふたりでゆっくり話す時間もなかったという。


 シャシャ商会も人使い荒いからね。


 ボクは後ろ足でかりかりと首筋を掻いた。


 動揺していたターニャは、ラステルから事情を聞いて安心したようだ。やがてボクたちに、ラステルの側仕になってからの話を落ち着いた口調で語り始めた。


 彼女は、ヴィラ・ドスト王国ロズバード男爵家の次女で王立学院を卒業後、すぐにクィン伯爵家の令嬢であるラステルの側仕となった。ラステルが八歳のときだ。


 一〇歳になったラステルと彼女の双子の姉マルティナが姉妹揃って王立学院に入学したころから、謎の人物が王立魔導研究所・クィン伯爵家の屋敷を訪れるようになったという。


 認識阻害がかかったローブに身を包んでいたので、顔までは分からなかったそうだ。ただ、ラステルの母マリア・クィンが丁寧に応対していたコトから、身分の高い人物だったようだ。


 マリアは側近をすべて退出させ、その人物と密談を重ねていたらしい。


 胎児に天使の魂を降ろす古代儀式「ラムダンジュ」。宿主となったニンゲンに発現する時期は、よく分かっていない。

 ただ、発現する前に「シントマ」と呼ばれる「兆し」が現れるのだそうだ。


「お母様から聞いたのですが、心臓とは別に、胸の奥で小さな鼓動を感じるようになると。それが『兆し』なのだそうです」


 そう言ってラステルは、自分の胸元に手を当てた。


 そして、ラステルの姉マルティナに「シントマ」(兆し)が現れた。姉妹が、一二歳のときだった。

 

 ラムダンジュが双子の胎児に施された場合、通説によれば双子のうちどちらかは不適合者であるという。

 天使の魂が宿主となったニンゲンに適合すれば、その者は天使の叡智と力を得るそうだ。しかし不適合の場合、不適合者によって世界に破壊と殺戮がもたらされるとされている。


 このためヴィラ・ドスト王国の慣例では、ラムダンジュを持つ双子のうち片方が先に適合者と判明した場合、未発現のもう一方は処分するという方針が採られていた。

 

 「兆し」が現れた双子の姉マルティナの方が先にラムダンジュを発現するコトが濃厚となり、彼女が不適合者だった場合の対策が立てられた。

 さらに未発現のラステルが処分されるコトになった場合の手筈について、ラステルの側近たちにマリアから話があったそうだ。


「それは、どのような手筈だったのでしょうか?」


 エイトスが尋ねると、ターニャは目を閉じて答えた。


「マルティナお嬢様が適合者と判明したら、屋敷にある隠し通路を通り山の麓の別邸に移動し他国へ亡命するようにと指示されました」


 そして、ついにその時がやって来る。マルティナに適合紋が現れた。

 この時、ラステルの処分が確定した。


 ターニャとラステルはフランツとジュストというふたりの護衛騎士とともに、事前に指示された通り屋敷の隠し通路を通って別邸に移った。


「ところが、すでに別邸内では、騎士団庁の魔導騎士クロム・リッターディラン・ベルトラントが待ち構えていました」


 ラステル一行は、騎士団庁の手が別邸に及んでいるコトに驚いたそうだ。


「わたくしたちと共に別邸に移った二人の護衛騎士の一人、ジュストという者が騎士団庁に密告をしたようです。彼は別邸内で待ち構えていたディランとともに、わたくしたちに刃を向けてきました」


 護衛騎士のフランツが魔導騎士ディランに対峙し、ターニャは裏切った護衛騎士ジュストと対峙した。


 ラステルは膝の上に置いていた手をきゅっと握った。瑠璃色の瞳が、悲し気に揺れている。


 護衛騎士のフランツは、魔導騎士クロム・リッターを相手に健闘していたらしい。どうにか食い止めていたようだ。だが、ターニャの方は相手ジュストの膂力に押されて劣勢となり、ついに手にしていた短剣を弾き飛ばされてしまった。


 この時、ターニャは死を覚悟したという。剣を振り上げて襲いかかるジュストからラステルを護るため、彼の前で仁王立ちとなった。


「そんな時に、助けに入って下さったのが『守護様』でございました」


 ……王宮の守護者アモンか。


 王宮の守護者アモンはふたりの間に割って入り、振り下ろしたジュストの刃を止めた。

 

 「それで、ジュストという裏切った護衛騎士は?」


 「守護様に討たれました」


 アモンがジュストを討ち果たしたところで、なぜか魔導騎士クロム・リッターディランも剣を収めたという。


 ……ん? なにか違和感がある。


 おそらく、密告はあったのだろう。

 でも、王宮の守護者アモンと魔導騎士クロム・リッターディランは、どうやってその別邸に入ったのだろう?

 別邸の外ではなく、建物内にいたのはなぜ?


 そして、ディランはラステルたちにテスラン方面へ逃げるように言ったそうだ。オルトナ方面は、自分の管轄だから来てくれるなと。


「亡命先について、マリア・クィンからの指示は無かったのですか?」


「はい。創世神様のお導きに従えと」


 ずいぶん無茶な話だと思う。いったい、どうしろというのか?

 しかしターニャたちは、その言葉を「警備の状況を見ながら国外へ亡命しろ」という指示だと受け取ったらしい。


 うーん。別の狙いがあったんじゃないかな。


 おそらく、密告があるコトを前提に亡命計画が練られていたのだろう。

 だからラステルの母マリア・クィンは、あえてターニャたち側近に亡命先を指示しなかった。

 たぶん、亡命先の選定を「協力者」に任せていたのだと思う。


 ……つまりディランという魔導騎士クロム・リッターが、じつは手引き役のひとりか。


 さらに「協力者」は、何らかの理由でラステルたちをオルトナ方面へ亡命させたくなかったようにも感じる。


 魔導騎士クロム・リッターディランがオルトナ方面の捜索担当者なら、彼の手でオルトナに逃がすコトも出来たハズだ。けれども、彼はそうしなかった。自分の管轄ではないテスラン方面へ逃げるよう指示した。


 そうだとすると、「協力者」は初めからラステルをテスラン方面へ亡命させるつもりだったコトになる。


「王宮の守護者アモンとマリア・クィンとの関係については?」


 ……そうなんだよね。アモンはどうして出てきたんだろう?


「詳しいことは存じません。ただ、第一王妃のイザベラ様とマリア様は、王立学院時代のご学友だったそうです。マリア様が、イザベラ様に助力をお願いされたのかと」


 「黒猫会議」でのラステルの話には、出てこなかった人物だ。王族が関与している可能性は考えていた。けれども、王族の誰が関与している可能性があるのかまでは分からなかった。


 ……第一王妃イザベラ。第一王子レヴィナス・ヴィラ・ドストの母親だったかな?   

 そういえば『黒猫会議』でラステルは、王宮の守護者アモンがラステルの母マリア・クィンを友と呼んでいたと話していたような。

 どういう経緯があるのかまでは分からないケド、イザベラ王妃、あるいはレヴィナス王子を通じてアモンと連絡を取ったのかもしれないね。


「おそらく捜索隊が動き回っていたと思いますが、どうやって彼らの目をかいくぐったのでしょうか? ヴィラ・ドストとテスランの国境には、騎士団は配置されていなかったのですか?」


「護衛騎士のフランツが囮になって捜索隊の足止めをし、わたくしたちは森のなかを抜けてテスラン国境へ向かいました。いま思えば、国境付近で騎士団には遭遇しませんでした」


 ボクは、まあるくなって目を閉じた。


 ヴィラ・ドストの騎士団庁が本気で捜索すれば、いくら森のなかとはいえ女性二人に追いつけないというコトはないだろう。騎士団の姿を、国境まで全く見かけなかったというのも奇妙だ。

 ターニャの証言が正しければ、意図的にテスラン方面の捜索は途中で打ち切られていたコトになる。


 魔導騎士クロム・リッターディランの行動もあわせて考えると、テスラン方面を警備する騎士団庁のニンゲンが関与しているのは間違いなさそうだ。


 亡命時のコトを思い出したのか、ラステルは涙ぐんでいた。その様子を見たターニャが、彼女の肩を抱いている。


 どうやら、王立魔導研究所やクィン伯爵家に出入りできる人物と何人かの騎士団庁のニンゲンがラステル亡命を手助けしたようだ。

 さらに、第一王妃あるいは第一王子が関与している可能性もあるかもしれない。


 目的についてはいまだ不明。サタナエル石流出との関連も不明のままだ。

 今回の聞き取りでは、期待していなかったケドね。


 純粋に同情で亡命を手助けしたというのなら、別にかまわない。けれども、その裏に何らかの謀略が存在する可能性も否定できないのが厄介だ。


 その狙いが、アルメア王国ひいてはレオンを害するようなものならば対処が必要になる。

 今回、ボクはターニャ・ロズバードから、ラステル亡命に協力した人物の手がかりを得ようとした。首謀者に迫るコトができれば、その狙いも見えてくるかもしれないと考えたからだ。


 ボクはソファーから降りて、とてとてと日が差し込むエイトスの執務机に向かう。

 執務机の上に飛び乗ると、ちょこんと座って窓の外を眺めた。


 すこしずつだケド、ラステルの亡命に関係しているニンゲンは見えてきた。

 あとは、スピカの報告に期待しよう。

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