第18話 七色に輝くサタナエル石

「うそ……。そんな事って……」


 骸骨騎士スケルトンキングシュパルトワの口から語られた衝撃の事実。

 「サタナエル石」は、ニンゲンを宿主とする悪魔の魂または天使の魂を魔石化したモノだという。


 信じられない事実を告げられ、ラステルは首を左右に振った。

 ボクは、静かに目を閉じた。


「この魔石の製法術式は、エテルノン帝国初代皇帝カピラヴァストの側近であった魔導士ドロレス・クィン・アスラが、若き日の皇帝に教えたものと聞いています」


 テーブルの上に組んだ手を見詰めながら、シュパルトワが語る。

 ボクは、思わず目を開いて彼を凝視した。


 えっ!? エテルノン帝国? サタナエルじゃなくて?

 そして、おとぎ話の魔導士の名前はドロレス・クィン・アスラというの!?


「その昔、悪魔の魂、すなわちラムドゥデモンを持つ人間は『サタナエル人』と呼ばれ差別の対象だったそうです」


 シュパルトワが語る歴史は、ボクたちの知るそれと大きく異なっていた。


 ――ラムドゥデモン

 悪魔の魂を身体に宿す古代儀式。かつては、ある部族がおこなっていた洗礼の儀式だったそうだ。当時は「勇者」の魂が宿ると信じられた。成功率は一〇〇人に一人以下と低い。

 この儀式により「悪魔の魂」が宿った者は、強大な力を持ったという。

 ラムダンジュのような不適合はほとんど起こらないが、悪魔の魂に身体を乗っ取られることはあるらしい。

 現在ではラムダンジュと同様、ノウム教会が禁忌に指定する儀式だ。


 サタナエル人の力を恐れていたカピラヴァストは、王位に就くとラムドゥデモンを禁止する。さらに「悪魔の力を借りて、反乱を計画する者」として、国内のサタナエル人たちを捕えて処刑した。

 

 そのさい採用された処刑方法が、彼らの持つ悪魔の魂を魔石にするというもの。


 もっとも、ラムドゥデモンによってニンゲンの身体に宿った悪魔の魂は、ニンゲンの魂と融合しているという。

 つまり、この処刑方法はニンゲンの肉体を消滅させ、その魂だけを魔石化するものといえるかもしれない。

 

 どうりで、亜人の魔力のような波形になるワケだね。


 ボクは毛繕いをしながら、頭のなかでサタナエル石の分析結果と照らし合わせていた。


 ニンゲンともうひとつは「悪魔」が持つ魔力の波形だったというコトだ。

 人工魔石なのに複数の魔力属性を持つのも、「ラムドゥデモン」保有者を魔石化したからだろう。


 そしてサタナエル人を処刑して生成された魔石は、ある特徴を持っていた。

 それは、外部から魔力を充填しなくても、魔石自身が魔力を生成するという点。

 普通のニンゲンを処刑して生成した魔石にはないものだった。


 カピラヴァストは、このような特徴を持つ魔石に「サタナエル石」と名付けた。


 この「サタナエル人の抹殺」を献策したのが、魔導士ドロレス・クィン・アスラという女性。

 元々、サタナエル人に滅ぼされたクィン・アスラという小国の王族だったらしい。

 彼女はサタナエル人に復讐するため、サタナエル石の製法術式を編み出したそうだ。


 魔導士ドロレスの献策により、「サタナエル人狩り」がエテルノン帝国全域でおこなわれた。処刑されたサタナエル人は、約五〇〇人にのぼったという。


 やがて歴史からサタナエル人が姿を消すと、製法術式は罪人の処刑方法のひとつとして用いられるようになった。

 このような処刑方法は「魔石刑」と呼ばれていたらしい。ただ、刑の執行に多量の魔力が必要だったことから、やがて廃止されたそうだ。


「エテルノン帝国では、この魔石を魔導具の動力として利用していたと聞いたケド、じっさいはどうなの?」


「そのような魔導具も、あることはありますが……」


 シュパルトワによれば、サタナエル石は当時も希少な魔石で、エテルノン帝国の民が魔導具の動力として利用していたという事実はないらしい。ただ、王宮の魔導具を動かすために利用されていた例はあるようだ。


 サタナエル石が「魔導帝国サタナエル」の繫栄を支えていたというのは、「おとぎ話」に過ぎなかったというワケだ。


 おそらく為政者の都合や人びとの願いなども込められて、年月を経るごとに内容を変えながら話が伝わったのだろう。


「……ここからは、少しだけ私の話をさせて下さい」


 ……シュパルトワの話?


 カピラヴァストの死後、三百年がたつとエテルノン帝国各地で反乱が起きた。

 反乱軍は、エテルノン帝国を悪魔が建国した帝国として「サタナエル帝国」と呼んでいた。


「私は第二王子とともに、この反乱鎮圧の任にあたりました」

 

 シュパルトワは元々、魔導士ドロレスの子孫にあたるエリザベス・クィンという女性の護衛騎士だったらしい。エリザベスはラムダンジュの保有者だった。


「エリザベス・クィン……」


 ラステルがそう呟くと、シュパルトワは頷いた。


「おそらくは、貴女の先祖にあたると思います。やがて、私達は惹かれあい愛し合うようになりました。今ではどうか存じませんが、当時それは、道ならぬ恋でした」


 護衛騎士は、あくまで身を挺して護衛対象を護るコトが任務。

 護衛対象と恋に落ちるのは、あってはならないコトだったという。

 

「ふたりの仲が明るみになる前に、私はエリザベスの護衛騎士を辞任しました」


 けれどもシュパルトワの家の爵位はエリザベスの家よりも低かったようで、護衛騎士を辞任してすぐに結婚とはいかなかったようだ。


 そして彼は、戦場に身を投じた。

 「必ず、迎えに来ます」との言葉を彼女に残して。


「戦場で戦功をあげることができれば、陞爵しょうしゃくできるでしょう。それが、彼女と一緒になる近道だと考えたのです」


 こうしてシュパルトワは、第二王子の補佐として各地を転戦した。それらの戦いで数多の戦功をあげ、第二王子の口添えもあり若くして将軍になった。


 一方、エテルノン帝国内部は、佞臣が跋扈し腐敗していた。なかには反乱軍と内通している者までいたという。

 第二王子とシュパルトワが力を持つことを恐れた彼らは、「第二王子とシュパルトワは、反乱軍と通じて帝位を狙っている」と当時の皇帝カピラヴァスト四世に讒言する。


 これに怖れをなした皇帝は、シュパルトワと第二王子を論功行賞の名目で王都に呼び寄せ毒殺した。表向きは、反乱者たちの卑怯な手にかかり殺されたコトになったらしい。


「そ、そんな……。では、エリザベス様は?」


 ラステルは悲痛な面持ちで、シュパルトワに尋ねた。


「エリザベスは、自らサタナエル石となって自害しました」

 

 彼は、テーブルの上に組んだ手を見詰めていた。その手は小刻みにと震えているように見えた。


 そして皮肉にも、ラムドゥデモン保有者だけでなくラムダンジュ保有者であっても、サタナエル石の素材になるという事実がここで判明する。


 その後、有能な指揮官を失ったエテルノン帝国は、各地で反乱軍に敗れ滅亡した。魔導士ドロレスの子孫たちも姿を消した。

 ちなみに、いまも「礎のダンジョン」に籠る闘神ロウダンは、反乱軍の将のひとりだったようだ。


 このとき、エテルノン帝国で著された多くの魔導書が焼失し、あるいは「悪魔の書」として破棄されたという。この時点で、サタナエル石の製法術式も失われたようだ。


 以後、エテルノン帝国は「魔導帝国サタナエル」と呼ばれるようになり、それにともなって旧大聖典の記述も修正された。


 シュパルトワが骸骨騎士スケルトンキングになった頃には、すでにエテルノン帝国ではなく「魔導帝国サタナエル」と呼ばれていたそうだ。


 シュパルトワは懐に手を入れて、なにかを取り出した。


 ごとり、という音とともに、美しい魔石がテーブルの上に置かれる。

 魔石のなかで、魔力が渦巻いていた。


「サタナエル石…… 」


「これは、エリザベスのサタナエル石です。何方かが、私の墓に納めてくれたようです。おそらくは彼女の妹でしょう。私とエリザベスの仲を知っていたのは、彼女だけでしたから」


 七色の輝きを持つサタナエル石。


 それは、彼が愛した女性の変わり果てた姿だった。

 けれども、それは彼を愛した女性が彼に残した魂の姿だった。


 ラステルは、手で口を塞ぐ。


 ボクたちが持って来た魔石と異なる輝きを放つのは、おそらくラムダンジュ、ラムドゥデモンの保有者の魔力属性が異なっているからだろう。


「クリゾベリルに、この魔石を組み込むつもりでした。エリザベスに、また会えるような気がしたのです。……ですが、出来ませんでした」


 そう言って、シュパルトワは虹色のサタナエル石を見詰めていた。


 じっさい、組み込むとなると躊躇うだろう。

 失敗すれば、サタナエル石を失うかもしれないから。


「つらいコトを思い出させちゃったね。ごめんね。シュパルトワ」


 シュパルトワは、ゆっくりと首を左右に振った。


 とりあえず、サタナエル石を作成する素材は判明した。


 ……流石に、量産はムリだね。


 大雑把に言えば、ニンゲンが素材になっているというコトだ。


 さらに「ラムダンジュ」「ラムドゥデモン」いずれについても教会は、原則として禁忌に指定している。

 つまり、サタナエル石の製法が判ったとしても、そのプロセスのなかに禁忌が含まれているコトは確実だ。仮に禁忌でなくても量産はすべきじゃない。


 ラステルは、いまにも泣き出しそうな顔でじっと小箱のなかのサタナエル石を見詰めていた。

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