第17話 サタナエル石の素材

 ボクたちの目の前に、とうてい受け入れがたい骸骨騎士スケルトンキングの姿があった。

 骸骨が腰を曲げ両手を膝小僧にあてて身体を支えながら、ぜえぜえと息を切らしている。


「ゼェ、ゼェ……。お、お待たせいたしました。シャノワ様」


 ちょっと前にも、彼のこんな姿を見てボクは処理落ちした。

 いま見ても、どうツッコむのが正解なのか分からない。


「ス、骸骨騎士スケルトンキング!? 息を切らして……」


 骸骨騎士の全力疾走、息を切らす骸骨騎士の姿……。色々と、信じられないような光景を目の当たりにしたラステルは、目をまあるくして呟いた。


「巡回中、押し掛けてごめんね。シュパルトワ」


「いえ。とんでもありません。お部屋をご用意いたしましたので、こちらへ」


 そう言って骸骨なのに呼吸を整えると、シュパルトワはボクたちを用意した部屋へと先導する。


 歩き始めるなり、彼は「ホネ」ネタを振ってきた。


「ちょうど、九〇階層から登ってくる途中でクリゾベリルから連絡を受けまして、全速力で駆けつけました。若い頃は、これしきで息切れするなどなかったのですがね。歳はとりたくないものですな」


 これが、ネタなのかどうかの判断が難しい。

 しかし、ラステルはフツウにツッコんだ。


「ホネでも、歳はとるのですね……」


 このコ、なにげにスゴいよね。これにツッコめるんだ……。


 ボクなら、聞かなかったコトにするところだ。

 ラステルのツッコミに感心していると、シュパルトワも顎に手をあててラステルを見ていた。


 案内されたのは、三階層にある土属性魔法で作成したらしき一室。


 真ん中に石造りのテーブルらしきモノと椅子が設置されている以外は、なにもない部屋だった。


「こちらです。殺風景な部屋で申し訳ありません」


 ボクとラステルは、シュパルトワに促されて席につく。


 シュパルトワも席に着くと、ラステルの方へ顔を向けていた。

 彼と目が合ったラステルは、ぱちぱちと瞬きしながら首を傾けた。


「シャノワ様。こちらの女性は? 先程から、ただならぬ魔力を感じます」


 おもしろいね。シュパルトワには判るのか……。


 シュパルトワは、鑑定スキルを持っていなかったハズだ。だから、スキルではない。

 たぶん、あまたの戦場を駆け抜けた武人のカンというヤツだろう。


「……彼女は、ラステル・クィン。未発現だケド『ラムダンジュ』の保有者なんだ」


「ラステル・クィンです。よろしくお願いいたします」


 ……。


 いくらヒトの言葉を話すとはいえ、ヒトが骸骨騎士に「よろしくお願いたします」と挨拶する光景はなかなかシュールだ。


 シュパルトワは、じっと、ラステルの顔を見詰めている。

 彼女は、こてりと首を傾けた。


 すると彼は「クィン……」と呟いて俯く。

 ラステルを見て、なにかを思い出したような様子だった。

 ただ、なんとなくすこし悲しげなのが気になる。


 やがて彼は顔を上げて、


「それで、お話というのは?」


 とボクに尋ねた。


 ボクがラステルに視線を送ると、ラステルは荷物のなかから小箱を取り出した。

 そして箱の蓋を開け、シュパルトワに箱のなかのモノを見せる。


 シュパルトワは、小箱のなかに据えられた魔石をしばらく無言で見詰めていた。

 彼は、なにを思っているのだろうか?

 さすがに、表情からは読み取るコトはできない。


「この魔石のコトを聞きたいんだ」  


「……『サタナエル石』ですな」


 鑑定スキルを持たないシュパルトワが即答した。

 まちがいない。彼はこの魔石を見たコトがあるようだ。

 ボクのにらんだ通りだった。


「この魔石の製法を知りたいのだケド、キミはなにか知らないか?」


「……」


 シュパルトワは、腕組をして俯いた。

 どうやら、なにか知っているらしい。けれども、すぐに答えないところが引っかかった。

 いつもの彼なら、知っているコトを即答したハズだ。


「詳しい製法をご存知でなければ、使われている素材でも結構です。ご教示下さいませんか?」


 テーブルに身を乗り出して尋ねるラステルの方へシュパルトワは顔を向ける。


「……それを聞いて、どうされるおつもりですか?」


「可能なら、量産しようと考えている」


 ボクがそう答えると、彼はこちらに顔を向けた。


「この魔石を量産……ですか」


 シュパルトワは、しばらくの間、黙って俯いていた。


 なにか、話しづらいコトでもあるのかな?


 サタナエル石を見てからのシュパルトワの言動が、すごく気になる。

 なんだか、とても悲しそうな表情をしているように見えた。


 部屋の蝋燭の灯りが、ゆらゆらと揺れている。

 いったいなにを材料にして作った蝋燭なのか、はじめは心配していた。

 魔物か魔獣の油を使っているのではと疑った。


 けれども、それらしき臭いはしない。

 それどころか、なんだかとても落ち着くような花の香りがする。


 シュパルトワはおもむろに顔を上げると、ラステルの方を見て、


「残念ながら、私は詳しい製法までは存じ上げません。しかし素材ならば、ここにあります」


 と答えた。


 ここに?


 ボクは首を傾けて、部屋のなかを見回した。

 けれども、ソレらしきモノは見当たらない。


「本当ですか!? では、それを少し分けていただくことは出来ませんか?」


 プロテクトされ隠蔽されていたサタナエル石の素材。ようやく知るコトが出来ると思ったのか、ラステルは声を弾ませた。


「……いえ。素材は私ではなく、すでに貴女がお持ちです。ラステル、……クィン」


 !? どういうコト?


「えっ!?」


 つぎに彼の口から出たその言葉に、ボクたちは息を呑んだ。


「サタナエル石は、人間に宿った天使あるいは悪魔の魂を魔石化したものなのです」

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