第14話 お茶目なヒト

「それにしても、亜人の魔力波形とはね……」


「三属性の魔力というのも不可解です」


 ボクとエイトスは、魔力波形と魔石の持つ属性をまとめた報告書を見ながら首をひねった。


 亜人は他の魔物と異なり、体内に魔石を持たない。このため内部の魔力が亜人のモノという解析結果は、「サタナエル石」が天然魔石ではないコトを示唆している。


 ただ人工魔石は、通常、ひとつの属性に絞って作成される。複数の属性を持たせる必要性は乏しいからだ。このため、三属性を持つ魔石を人工魔石だと考える者は少ないだろう。


 人工魔石であるコトを知らなければ、頭を抱えるような解析結果だ。


「……ラステル。亜人の種族を特定できる?」


 首を横に振るラステル。


「このような波形の魔力を持つ亜人は、わたしの記憶にありません」


「『魔導大全』にも、記述がないというコト?」


「はい」と目を閉じて頷くラステル。

 ボクは、ソファにぺたんとうつ伏せになった状態で毛繕いする。


 魔力の波形は亜人のモノなのに、そんな亜人は存在しない?

 あるいは、亜人ではない? 


 うーん……。


 頭のなかが、ぐるぐるする。


 エイトスは「プロテクト」の魔法陣が描かれた羊皮紙を手に取り、眉間にしわを寄せて眺めている。


「『プロテクト』の方は、解除できないのですか?」


「それが、こちらの方も見たことがない術式で組まれているので、解除には時間がかかりそうです」


 途方に暮れたようにラステル言った。あの解析結果のうえ、「プロテクト」までかかっているのだからムリもない。


 現在、ヴィラ・ドスト王国で用いられる「プロテクト」の魔法陣は「レヴィ構造」という基本構造を持つ。「クィンの末裔」のひとりであるレヴィ・クィンが一〇〇年程前に考案したモノだ。

 シンプルな魔法陣にもかかわらず緻密な解除術式(『解除キー』)が必要なため、機密保持のために利用されてきた。


 ところが「サタナエル石」にかけられていた「プロテクト」の魔法陣には、その「レヴィ構造」がない。


 ラステルが困惑するのもムリはない。


 そして「プロテクト」をかけた情報にも、気になる点がある。


「なぜ術者は、素材だけに『プロテクト』をかけたのかな? 魔石の名前、人工魔石であるコト、魔力の属性や波形を『プロテクト』して隠蔽しなかったのは、なぜだろう?」


 どうせ「プロテクト」をかけるなら、これらの情報にもかけてしまえばよかったハズだ。


 ……。


 ……。


 ……! こういうコトかな? 


 魔石の名前や人工魔石についてはともかく、魔力の属性や波形に「プロテクト」がかかっていなかった理由。


「ラステル。魔力に属性があるコトや、種族によって異なる波形になるコトが判明したのは、いつ頃だったかな?」


「属性が一五〇年ほど前、魔力の波形は一〇〇年……、あっ!」


「つまり、この『プロテクト』は、それ以前に組まれたモノかもしれないね」


 この「プロテクト」をかけた術者は、魔力属性があるコトや魔力が種族によって異なる波形になるコトを知らなかった可能性がある。

 これらの情報に「プロテクト」がかかっていないのは、そのためだろう。


「では、魔石の名前と人工魔石であるという情報については?」


 そうエイトスが顎に手をあてながらボクに尋ねると、


「わたしも、その点が解りません。素材にだけ『プロテクト』をかけて、魔石の名前や人工魔石であることには鑑定阻害をしただけです。なぜでしょうか?」


 そう言って、ラステルも真っ直ぐな視線をボクに向けた。


 ……。


 なんらかの理由があって、術者はあえて手がかりを残したのかもしれない。ただ、一定レベル以上の者にだけ診えるような鑑定阻害になっているのがよく解らない。


「術者に何らかの意図があったのでは?」


 エイトスの言う通りかもしれない。けれどもこの情報だけでは、その意図までは分からない。

 

「さあね。ただ素材にかけた『プロテクト』の方は、解けるもんなら解いてみなさい、っていう意図は感じるよ」


 後ろ足で首筋をかりかりと掻き「プロテクト」の魔法陣が描かれた羊皮紙を見ながら、ボクはそう言った。

 おそらく、この「プロテクト」を解除しようとしても徒労に終わる。


 エイトスは顎に手をあてながら、ふたたび「プロテクト」の魔法陣が描かれた羊皮紙を手に取って眺めている。


 そして、ボクの方に視線を向け尋ねた。


「しかし『解除キー』が判れば、『プロテクト』を解除できるのでは?」


「プロテクト」を解除するには、「解除キー」となる魔法陣を「プロテクト」の魔法陣に重ねて解除する。「解除キー」でない魔法陣を重ねると対象物が砂状化してしまったりする。また「解除キー」は、ひとつとは限らず、複数必要な場合もある。


「たぶん、その『解除キー』がないと思うよ。ふふっ、お茶目なヒトだったのかもね」


 ……。


 ……。


 機密を保持するため魔導具に「プロテクト」をかけた場合であっても、分解してメンテナンス等をするためには「プロテクト」を解除する必要がある。このため「プロテクト」は、「解除キー」を念頭に構築するのが普通だ。


 ちなみに「プロテクト」を解除しないで魔導具を分解したりすると、魔導具の重要部品等が砂状化してしまう。


 けれども魔石にメンテナンスなんて不要だ。そうだとすれば「解除キー」を念頭にした魔法陣を構築する必要などない。


「では、サタナエル石の件は、ここで終わりという事ですか……」


 エイトスは目を閉じて嘆息を漏らした。ラステルはちょっと悔しそうな表情だ。


「手がかりはあるケドね。人工魔石であるコト、複数の属性の魔力を生成するコト、亜人のような波形の魔力であるコト、けれども、同じ波形の魔力をもつ亜人は存在しないコトだ。ただ、これ以上の解析は難しいだろうね」


 さて、どうしようか?


 ボクは当初、「サタナエル石」が言い伝え通りの魔石ならば、量産するつもりでいた。

 そうすることで、アルメア王国の魔力事情を劇的に改善できると考えたからだ。


 そして、これをレオンの名でおこなえば、彼の実績にするコトができる。

 彼を取り巻く状況も、大きく変えられるのではないかと考えた。


 ただ、今回の解析結果を知ると、すごくイヤなカンジがする。


 なんだか「サタナエル石」の製法の解明に、あまり時間・労力・お金をかけたくない。

 レオンもラステルも「サタナエル石」を参考に、類似の人工魔石を作成したいと言っていた。そうだとしても、魔石のデータを取れば十分だろう。


「サタナエル石」の製法を解明できたとして、その製法に問題がないという保証が無い。

 たとえば「サタナエル石」の製造工程が教会の禁忌に触れるものを含む場合、計画の見直しが必要になる。


 教会の禁忌を犯して「サタナエル石」を製造すれば、レオンの支持者を集めるコトはさらに難しくなる。ハウベルザックも黙ってはいないだろう。

 明るみになればレオンは、第二王子派、第三王子派はもちろん、教会の他、諸外国からの政治的圧力に晒されるだろう。


 彼の身の安全を図るコトが難しくなってしまう。


 また、教会の戒律も禁忌も、結局のところニンゲンが生み出したものだ。

 それを破るようなコトにボクが手を貸せば、エイベルムの逆鱗に触れてしまう可能性だって否定できない。


 とはいえ、このまま止めてしまうのも、なんだか落ち着かない。


 ボクは、「サタナエル石」の製法を知るコトができる別の方法はないものかと思案した。


 うーん……。


 ……。


 あっ! そうか。なんで気が付かなかったんだろう。


「ラステル。キミは第六研究室に報酬を支払いのうえ、通常業務に戻って。『サタナエル石』の製法を検討するのは、時間の空いているときでいいよ」


「かしこまりました。マスター・シャノワ」


 そして、エイトスの方に顔を向けた。


「しばらくギルド9625を留守にする」


「どちらへ?」


 エイトスは、首を傾けてボクを見た。


「『礎のダンジョン』に入るよ」


 サタナエル石は、ニンゲンが生み出した人工魔石。たぶんグラビスは興味ないだろう。ブルトスとテユドナもニンゲンの社会で用いられているモノについては、よく知らないだろう。

 けれども、元々ニンゲンだった彼なら、なにか知っているかもしれない。


 ――骸骨騎士スケルトンキングのシュパルトワ

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