第15話 「礎のダンジョン」へ
「エイトス。ハウベルザックに『礎のダンジョン』へ入る許可を申請してもらえるかな?」
「サタナエル石」の解析結果の報告を受けた翌日、ボクは執務室へ行きエイトスにお願いした。
「礎のダンジョン」は、ノウム教会の管理下にある。
そして「礎のダンジョン」に入るには、ダンジョンの扉を開けてもらわなければならない。
そのための手続きだ。
「かしこまりました。同行者は誰を?」
ネコをダンジョンに入れるためだけに、扉を開けてもらうワケにはいかない。建前として、誰かに付き添ってもらう必要がある。
「ハウベルザックから返事が返ってくるのは二、三日後だろう。今回、エイトスに同行してもらうのはムリそうだね」
「そうですね。レオン様から護衛依頼を受けておりますので」
そう言ってエイトスはソファーに座り、紅茶の入ったティーカップに口をつけた。
アリスは、まだ帰ってこないし……。
う~ん。
ボクは前足をぺろぺろ舐めて、隣に座るラステルの方を見た。
「マスター・シャノワ。わたしが、ご一緒してもよろしいですか?」
「礎のダンジョン」は、未踏破のダンジョン。A級冒険者でも、生還できる保障はない場所だ。
あのロウダンでさえ、四〇〇年以上もの間ダンジョンに籠り、いまだに一二〇階層でうろうろしている。
しかし、今回はボクが一緒だ。
他の場所ならともかく、「礎のダンジョン」ならば危険はないだろう。
問題は、彼女がまだC級冒険者であるコト。ハウベルザックが、ダンジョンに入るコトを許してくれるかどうかは微妙なところだ。
とりあえず、ラステルの名前でダンジョン入りの申請をしておこう。
ダメなら、アリスが帰ってくるのを待つか、エイトスの手が空いているときを見計らってまた申請すればいい。
ハウベルザックに連絡してから三日後、返事が返ってきた。
思っていたよりも、すんなりとダンジョンに入る許可が下りた。
ひととおり荷物の支度・確認をする。何日もダンジョンに籠るつもりはないので、今回は軽装備だ。
「じゃあ、行ってくるね。遅くとも明後日には戻れると思う」
「道中、お気をつけて。お早いお帰りをお待ちしております」
エイトスは、右手を左の胸にあてながら恭しくボクにお辞儀した。
ボクとラステルは「ギルド9625」を出て、王都の中央を南北に走るカイザーストリートを南へ歩いて行く。
カイザーストリートは、王都の中心街を貫くメインストリート。
カイザーストリートの王城に近い場所には、主に大商会の商館が軒を連ねる。
王都でも指折りのシャシャ商会や、ノーラ商会もここに商館を構えている。
カイザーストリートは、普段よりも人通りが多く賑やかだった。
しばらく歩くと、「建国の広場」に辿り着いた。
初代国王ガイガが、アルメア王国の建国を宣言した場所だ。そのため、この名が付いた。
ここは王都の中心街。多くの商会が軒を連ね、商人ギルド協会の建物もある。
普段から人の多い場所だ。
けれども今日は、ここもいつもより人が多い。
「そうか。もう、こんな時期なんだね」
今日は、命の月の一五日目。
花祭りが近いからか、街のなかは色とりどりの様々な形の花を象った飾り付けでいっぱいだった。
花祭りは、王都でおこなわれる伝統行事のひとつ。
本来は、その年の農作物の豊作を祈願するものだったそうだ。
それがいまでは、一晩中、星空の下で酒を飲んで歌って踊り明かすものになっている。
あちらこちらで吟遊詩人が歌い、流しの演奏家たちが楽器を奏で、それに合わせて街のニンゲンたちがくるくる踊る。
一曲終わるごとに、相手を変えてくるくる踊る。
若い男女にとっては、出会いの機会でもある。
敬虔なノウム教徒は、教会東方支部の大聖堂まで歩き「創世神像」に豊作を祈願する。
「楽しいお祭りですよね。ヴィラ・ドストには、このようなお祭りはありませんでした」
ラステルは、ボクを抱っこして街を見回しながらそう言った。
ボクは、彼女が街の男たちとくるくる踊る様子を想像する。
これだけの容姿だ。壁の花になるコトはないだろう。
が、男性に免疫がないラステルのコトだ。
いったいどんな顔をして、ダンスを申し込む男の手を取ったのだろう?
きっと、最初は耳まで真っ赤にしていたに違いない。
ダンスの方は、相手をした男の方が可哀そうになるくらい完璧なステップだったろうケド。
そんな様子が目に浮かんで、笑みがこぼれた。
王都の中央を東西に走るカタリナストリートをボクたちは東へと進む。
その先にある王都東門へと向かうためだ。
カタリナストリートは、約二〇〇年前、聖女カタリナが通った道だと伝えられている。ここを通ってヴィラ・ドストよりも更に西にあるオルトナ王国へ向かったそうだ。
ボクたちは、王都の東門に到着した。東門の前では、検問がおこなわれていた。
多くの人が、王都を出るための手続き待ちで並んでいる。
ノウム教会東方本部は、王都の外にある。
このため、ボクたちも出都手続をしなければならない。
出都手続は、認識票か通行証を衛兵に提示して本人確認をする。
商人や冒険者等なら、ギルドが発行した認識票を提示する。
貴族の場合は国王の名で発行された通行証を、平民の場合は各都市の役所が発行した通行証を提示する。
「やはり結構、並んでいますね。整理番号札をもらったら、先に食事を済ませましょう」
王都のように人の出入りが多い都市では、本人確認の手続だけでも行列ができてしまう。
ラステルは76番の整理番号札を衛兵から受けとると、検問所の隣にある待合所の長椅子に腰を下ろした。
そして荷物のなかから干し肉を一切れ取り出して、検問所の様子を眺めながらそれを口へと運んだ。
ボクはちょこんと座ってその様子をじっと見ていると、ラステルは干し肉を少し千切ってボクに差し出した。
「固いので、よく噛んで下さいね」
ありがとう。んぐ、むぐ。
ボクは、もらった干し肉を一生懸命噛んで呑み込んだ。
しばらくすると、衛兵が待合所へとやって来て、ラステルの持つ番号を呼んだ。
「次、76番いるか?」
「はい」
ラステルは返事をすると、立ち上がって荷物を背負いボクを抱っこして検問所へと足を進めた。
「お願いします」
ラステルが認識票を提示すると、衛兵はそれを魔導具に差し込んだ。
認識票には所持者の魔力のほか、国籍、住所、氏名、生年月日、性別、身分、職業、所属ギルド名、登録番号等が魔力によって記録されている。
この記録を魔導具で読み取って、本人確認をおこなう。
こうして、敵対国の工作員の潜入や犯罪者の侵入逃亡を防いでいる。
「『黒猫』の新人冒険者か。がんばれよ」
衛兵は、ラステルの情報を確認すると、愛想の良い笑みを浮かべて認識票を返した。
「ありがとうございます」
ラステルは衛兵に微笑み返して、門の外へ向かう。
王都の門から東に伸びる竜王街道を進んで行く。
すると、ノウム教会東方本部の大聖堂が見えてきた。
「『礎のダンジョン』は、ヴィラ・ドストでも有名なダンジョンです。確か秘宝コルステラがあるとか。おとぎ話でよく聞きました」
ラステルは何気なく話すけれども、いまではコルステラの存在を知っているニンゲン自体あまりいない。
「クィン」の家では幼子に話すおとぎ話にすら、この世界の重要情報を組み込んでいるというコトだ。まさに英才教育。
「……けれども、ひとりでは入らないでね。A級冒険者でさえ、命を落とすようなダンジョンだから」
「四〇〇年前の英雄ロウダンでさえ、生還しなかったとか……」
……いや、彼はまだダンジョンのなかで暴れているよ。
やはり世間のニンゲンたちからは、ダンジョン内で死亡したものと思われている。
ちょっとだけ、ロウダンに同情した。
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