第5話 黒猫紳士

 


 ボクだけでなく、月の宮レオンとラステル以外の者たちは皆、ふたりのやりとりに思わず目をまあるくした。


 サタナエル石の製法を解明したうえで、この魔石または類似の魔石を作成する……。

 そんな月の宮レオンのムチャ振りを、ラステルは引き受けるという。


 けれども、その表情を見るに彼女にはなにか成算があるようだ。


 ……。


 ボクは、ユヌスとハウベルザックへ交互に視線を向ける。


 先ほどと比べて、ユヌスは難しい顔で腕組みしている。シャシャ商会は、サタナエル石の購入にあたり大金貨1000枚という高額の資金を出した。このうえ魔石の解析に資金を投じることに、果たして同意するだろうか。

 ハウベルザックも、かなり険しい表情でティーカップを口元に運んでいる。サタナエル石の製法の解明が教会の禁忌に抵触しないとしても、別の問題があるのかもしれない。


 このふたりの表情を読み取ったのだろう。星の宮ソフィアが口を開いた。


「ラステル。貴女、お兄様の突拍子もない提案を真に受けなくてもよいのですよ?」


 星の宮ソフィアは、すこし心配そうな顔でラステルを見た。彼女の目には、ラステルが月の宮レオンに気を使ってムリを承知で魔石の解析を引き受けたと映ったようだ。


「と、突拍子もない提案とは、ソフィアは手厳しいな……」


 苦笑いしながら、頭を掻く月の宮レオン。無自覚なのが彼らしい。


「……お兄様の発想は、決して悪くありません。けれど、いつも言葉が足りないために皆が戸惑うのです。今のお話もラステルだけでなく、ハウベルザックやユヌスの意見も聞いてみるべきでしょう? お二人は、お兄様のお考えを汲むことが出来るので、こちらから求めずとも何かあれば意見するでしょう。でも、黒猫会議以外では、そのような発言に誰も耳を貸してくださいませんよ」


 黒猫会議は、月の宮レオンを慕って集まったメンバーで構成されている。加えて、彼の発想について行けるだけの柔軟な思考ができる者ばかり。


 けれども、彼はそれが普通だと勘違いしてはならない。


 ……レオンは、貴族社会に生きるヒトだからね。


 必要以上に、体面にこだわる貴族も珍しくない。頑固で決して自分の過ちを認めない。変革よりもむしろ、現状維持を好む。それが普通の貴族だ。

 月の宮レオンのように、自由な発想で失敗を恐れず突き進もうとする存在が王族にいたコト自体、奇跡的だ。


 彼のこういうところは、良い方向に作用する場合もあれば、悪い方向に作用する場合もある。


 王太子の座を争ううえでは、マイナス要素にもなりかねない。星の宮ソフィアが心配するのは、この点だ。いまのように、各方面の利害等を考慮しないでイチかバチかの提案を彼の立場でするのは避けるべきだ。


 ただボクは、楽観視している。

 星の宮ソフィアという、聡明な妹がいるからだ。いまのように、月の宮レオンをたしなめることができる貴重な人物が側にいる。


 そして月の宮レオンは普通の王族・貴族と違って、自分の過ちを素直に認めることができるヒトだ。


「そうだね。配慮が足りなかった。ユヌス。君は、この魔石を入手するために資金を投じた者だ。今の私の提案は、君にとって更に資金を投じることを意味する。商人の目から見て、サタナエル石の解析に魅力はあるだろうか?」


 ユヌスは口角を上げて頷いてから、目を開いて月の宮レオンの方に顔を向けた。


「魔石の解析には魅力を感じませんね。この魔石の製法がすでに判明しているとか、その製法を基にした別の魔石の製法がすでに判明しているならば別ですが」


 彼の口から出た言葉は、月の宮レオンにとっては厳しいものと言えるかもしれない。


 失敗したら大損だからね。


 その言葉を聞いた月の宮レオンは、肩を落として俯いた。つぎに、ハウベルザックの方に顔を向ける。


「ハウベルザック。君は?」


 ハウベルザックは、姿勢を正してから月の宮の方に顔を向けた。彼の真っ直ぐな視線に月の宮レオンは、はっと息を呑んだ。


「始めに申し上げておきますが、本来、我々が『サタナエル石』を手にしていること自体が、異常な状況であることをご理解下さい。教祖メルヴィスが『手にしてはならない』と書き残したほどの魔石です。これが正体不明の魔石というならまだしも、レオン様の名の下で『サタナエル石』の製法を解明したり作成したりする事を教会としては看過できません」


 なるほどね。


 ふたりは、さきほど月の宮レオンがラステルにした提案について消極的な意見を述べているように聞こえる。けれども、よく考えてみると決して否定はしていない。


 彼らの意見は、ようするにこうだ。


 ユヌスは、魔石の解析のために更に資金を投じる気は無い。けれども、解析結果を基にして作成された人工魔石またはその製法には興味がある。


 ハウベルザックの意見は、この魔石を解析するコトについてボクたちに警鐘を鳴らしているだけだ。教会の禁忌に触れるとは言っていない。

 彼が懸念しているのは、サタナエル石であるコトを知りながら解析して製法を解明したという事実が教会側に知られた場合、なんらかの圧力があるかもしれないというコトだろう。


 ここでボクは、エイトスの方に視線を向けた。


「どのみち解析するなら、ギルド9625で行うことになるだろう。エイトス。解析にかかる費用を、ギルド9625で負担する事はできるかな?」


「……それは、この魔石がどの程度特殊なモノかによるでしょう。従来の設備などで足りるなら、問題は無いと思いますが……。どうですか? ラステル」


「ギルド9625にある設備ならば、たいていの魔石は解析が可能です。しかし『サタナエル石』は、かなり特殊な魔石ですから……」


 とりあえず、いまある設備で解析してみて、駄目ならまた考えるしかないかな。


 うーん。どうしようかな?


しっぽの先をぴこぴこさせながら、ボクはなにか良いテはないものかと思案した。


 ………。


 …………。


 ……このテなら、どうだろう?


「ユヌス。もともとこの魔石は、あの人物が購入を依頼したモノだったよね。とりあえず、彼にこの魔石を売り渡そう。いいね?」


「かしこまりました。総帥」


 ボクはユヌスの返事に頷いてから、月の宮レオン星の宮ソフィアの方を見た。


「レオン。この魔石の解析は、ギルド9625で引き受けよう。ただキミの方でも、費用を一部負担してくれると助かる」


「当然だ。私が提案したのだからね」


「わたくしも、その費用を助成いたします」


 月の宮レオンに続くように、星の宮ソフィアも魔石の解析費用を助成すると申し出てくれた。けれども、直接「魔石の解析費用」を助成してもらうワケにはいかない。


「ただし、名目上は、ギルド9625への『寄付』にしてほしい」


 ふたりは頷いた。


「ハウベルザック。ここにはいない人物が持ち込んだ正体不明の魔石を解析しても、問題は無いよね?」


 ハウベルザックは目を閉じて、口角を上げた。ここまでの話を聞いて、その先の筋書が読めたようだ。


「……なるほど。あの人物が、ギルド9625に正体不明の魔石を持ち込んだ、と」


 ボクは頷いた。


『サタナエル石』と判っている魔石を解析して、製法を明らかにしてしまうから問題が生じる。


 とくに、それをアルメア王国の第一王子が資金提供までして依頼したとなると、国内外の様々な圧力を受けるコトになる。


 しかし、正体不明の魔石の解析を謎の人物が個人的に依頼したなら、どうだろう?


「あの人物が個人的に正体不明の魔石の解析を依頼し、その結果、製法が判明したとしても、その製法にしたがって同種の魔石を作成するのでなければ問題は無いでしょうな」


 ハウベルザックが、そう言うのなら面倒なコトにはならないだろう。


 どうやらアノ人物に、ご登場願うコトになりそうだ。


 ――黒猫紳士

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る