第6話 アルメアの王女―ソフィア視点

 わたくしは、ソフィア。


 アルメア王国国王ダイク四世と第四王妃テレサの間の娘です。

 ついこの前、17歳になりました。

 わたくしの上には、三人の兄がいます。

 第一王子レオン、第二王子ロラン、第三王子エデンです。


 アルメア王国は、現在、この三人が王太子の座をめぐる勢力争いを繰り広げています。


 第一王子のレオン兄様は、五歳の時に第一王妃であったお母様を亡くしました。何者かの手によって暗殺されたとの噂があります。

 その後、王太子争いの激化により、お兄様自身、幾度も命を狙われてきました。


 お兄様は貴族たちにも人望があるのですが、王太子を争うには後ろ楯も無く、お優し過ぎます。そのため、かえってロラン兄様やエデン兄様たちの派閥を勢いづかせてしまいました。


 わたくしは、レオン兄様のお人柄に触れて以来、お兄様を支持しています。


 本日は、シャシャ商会本店の別館で「黒猫会議」がありました。


 黒猫会議は、レオン兄様を支持する者たちで構成される集まりです。

 あることがきっかけで、わたくしも黒猫会議のメンバーとなりました。


 わたくし以外の黒猫会議のメンバーは、シャシャ商会大会頭のユヌス、剣聖アリス、ギルド9625マスターのエイトス、ノウム教会枢機卿ハウベルザックという、少人数ながら錚々たる顔ぶれです。


 そして、この会議を取り仕切るのが、なんと黒猫のシャノワ。


 びっくりしました。

 だって……、ネコですよ?


 ヒトの言葉を話すネコというだけでも驚愕の事実なのに、そのネコが王都で一、二を争う大商会の大会頭に「総帥」と呼ばれ、あの「鬼神」エイトスにマスターと呼ばれています。

 ノウム教会枢機卿のハウベルザックまで、このネコに慇懃な態度で接していました。


 初めてこの会議に招待されたときは、ひどく動揺したものです。


 わたくし、最初は、彼をレオン兄様が飼っているネコだと思っていました。

 おそらく、シャシャ商会から献上されたネコなのでしょう、と。


 なるほど。よく見れば、どことなく気品漂う佇まい……。


 けれども、それはわたくしの勘違いでした。


 あるとき、知ってしまいました。

 そのときの衝撃を、今でも忘れることができません。


 シャノワは後ろ足でかりかりと首筋を掻きながら、わたくしに言ったのです。


「ボクが、飼いネコなんかになるワケないでしょ」


 ……って、野良ネコでしたの!?


 ええ。さすがに、もう慣れました。

 慣れたというのも、おかしな話ですね。受け入れるしかなかった、というのが正確でしょう。


 こういう事もあるのだと。


 さて、本日の会議の議題はふたつ。

 まず、新しいメンバーの紹介がありました。女性です。


 彼女の名は、ラステル・クィン。

 ヴィラ・ドスト王国の繁栄を支えてきた「クィンの末裔」です。

 未発現の「天使の魂ラムダンジュ」をその身に宿す女性。双子の姉が適合者だったために、ラステルはヴィラ・ドスト王国の慣例に従って「処分」された筈でした。それが公式発表です。

 ところが、ほどなく「ラステル・クィンは、生存している」との噂が立ちました。

 そこで、よく調べてみると、ヴィラ・ドスト王国からテスラン共和国に亡命したという情報が入ってきました。しかし、その後の消息までは判りませんでした。


 まさか、我がアルメア王国にいたなんて……。


 しかも、なんて素敵な方なのでしょう!

 美しい銀髪に、ラピスラズリを嵌め込んだような双眸。

 天使の魂をその身に宿しているというのも納得です。

 わたくし、思わず見惚れてしまいました。

 

 合格です。お兄さまの伴侶になって下さらないかしら?

 いつか、この方を「義姉さま」と呼ぶ日が来ることを創世神様にお祈りしましょう。


 楽しみが、増えました♪


 二つ目の議題は、サタナエル石。


 ……サタナエル石が、実在する魔石だとは思いませんでした。


 古代の魔導帝国サタナエルを題材にしたおとぎ話「魔導士と不思議な魔石」のなかで登場する「サタナエル石」。


 それは、こんなお話です。


 昔々、ある王国の魔導士が夢の中にあらわれた神から啓示を受け、魔力を生成する魔石の存在を知ったといいます。


 その魔石を遠い異国に生息するシンキという魔獣が持つと。


 この魔石の存在を魔導士は、自分の国の王様に進言しました。そして、自分が魔獣シンキを討ち手に入れて来るので、支援して欲しいとお願いしたのです。


 ところが、王様お抱えの他の魔導士によって「そんな魔石も魔獣も聞いた事がない。虚言を弄して王様からお金を騙し取ろうとしている」との讒言に会い、彼は臏刑に処され追放されました。


 その魔導士は、とある山中で毎日泣いて暮らしていたそうです。


 ある日、魔導士は、狩りをしに山を訪れた王子と出会います。この王子こそ、後のサタナエル帝国初代皇帝カピラヴァストでした。


 王子は、この魔導士に尋ねます。なぜ泣いているのか?と。


 魔導士が事の次第を語ると、王子はしばらく思案した後、


「ならば私と共に異国へ行き、シンキとやらを討ちに行こう。そうすれば、お前の言う事が嘘か真か判るだろう」


 王子と魔導士は共に野を越え山を越え海を渡り、シンキが生息するという異国へ赴きました。


 ふたりは、道中、幾多の困難に遭遇しましたが、ついに魔獣シンキを討ち魔石を手にしたそうです。


 後に皇帝となったカピラヴァストは、この魔石に「サタナエル石」と名付けました。


 ただ不思議なことに、魔導士の名は判っていません。

 この魔導士は他の「おとぎ話」にも登場するのですが、「皇帝の魔導士」とか「サタナエルの老魔導士」と記されているだけです。

 このため、架空の人物ではないかと主張する歴史家もいるようです。


 また、このお話にある通り、サタナエル石は魔獣から採取されたものだと考えられていました。

 けれどもシャノワによれば、人工魔石だそうです。


 どういう事でしょうか?

 所詮、おとぎ話という事でしょうか?


 わたくしは、小箱の中に据え置かれているサタナエル石を見ながら、そんな事を考えていました。


 本当に不思議な魔石ですね。なかで魔力がぐるぐると渦巻いています。まるで、生命が宿っているかのような魔石です。

 お兄様も、この魔石に見入っています。


「それにしても、このような魔石が、なぜ売りに出されたのでしょうか?」


 エイトスの言葉に、わたくしはハッと顔を上げました。


 魔石に心を奪われている場合ではありませんでした。彼の言うとおりです。


 そういえばヴィラ・ドストでも、王太子の座をめぐる勢力争いが激しくなってきたそうです。


 そんな渦中にあって王宮の秘宝が流出したのだとすれば、たんなるお金目当てだけではない別の意味があるのでしょう。


「もしかするとラステル嬢が、無事、我が王国に亡命できたことも関係あるのだろうか?」


 また、お兄様は突拍子もない事を……。


 けれどもシャノワの様子を見るに、その可能性も捨てきれないようです。


 そこでラステルに亡命時のことを詳しく話を聞いてみると、ヴィラ・ドスト王国の王族や騎士団庁が関与している可能性まで浮上しました。


 ……だとすれば、わたくしの方でも探ってみる必要がありそうですね。


 そして最後に、サタナエル石の扱いが決まりました。


 多少の異論もありましたが、いったん「黒猫紳士」という人物に売り渡し、その人物がギルド9625に魔石の解析を依頼するよう働きかけるようです。


「サタナエル石」の製法を解明し、この魔石と同様の魔石を作成するというお兄様のムチャなご希望を汲んで、シャノワが提案しました。


 しかし「黒猫紳士」とは、いったい、どのようなお方なのでしょう?

 シャノワとユヌス、そしてハウベルザックは、この人物を知っているようです。


 ――黒猫紳士

 莫大な資産を持つ投資家であるとか、裏社会の王であるとか、他国の暗部の者であるなど、様々な噂のある謎の人物です。


 ところが不思議なことに、その人物の姿を誰も見たことがないというのです。


 わたくしも何度か黒猫紳士が現れるという情報を得て、その場所に手の者を向かわせた事がありました。もちろん、彼の正体を探るためです。

 ところが、いつも「すでに、黒猫紳士の姿はありませんでした」という報告が上がって来るだけでした。



「これ以外に、なにか検討すべきコトはあるかな? ……じゃあ、今日はここまでとしようか。お疲れ様」


 シャノワがメンバー全員を見回して、本日の黒猫会議の終了を告げます。


 けれども、シャノワをこのまま帰すわけにはいきません。


「シャノワ。わたくし、個人的に貴方にお話があります」


「うん? じゃあ、別室で話そうか」


 シャノワは私の方に顔を向けて、ぺろっと口の周りを舐めています。


「いいえ。わたくしのお部屋でお話しましょう」


「え゛……。き、キミの部屋で!?」


 何ですか? その反応。


 シャノワは、どういうわけか、わたくしのところにはあまり来てくれません。

 なぜか、わたくしの部屋に来るのを避けているような? 


「そうです。最近、ちっとも、わたくしのところに来て下さらないでしょう?」


「……そ、そうだったね。分かった。エイトス、ラステル。キミたちは、先にギルドへ戻って」


 シャノワがそう言うと、エイトスは恭しく右手を左胸に当ててお辞儀して言いました。


「かしこまりました。お早いお帰りを、お待ちしております」

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