第4話 ラステルと夢見がちな王子

 ふと視線を移すと、月の宮レオンがサタナエル石を凝視していた。


「興味津々みたいだね」


「う? ああ。なんというか、不思議な魅力を持つ魔石だな」


 おとぎ話にしか登場しないような伝説の魔石というコトもあるだろう。それを差し引いても、この魔石には惹きつけられるモノがある。

 お世辞にも、美しい魔石ではないのに。


「ところで、この魔石は魔力を生成するのはいいが、生成し過ぎて爆ぜたりすることはないのか?」


 小箱を自分の前に置き、なおもサタナエル石を覗き込むように見つめながら月の宮レオンは尋ねた。


 その問いにラステルが笑顔で答える。


「魔石が内包できる以上の魔力を生成することはないそうです」


 興味津々なのは、月の宮レオンだけではない。いい年をした、ナイスミドルのやり手商人も同様だ。


「この魔石の耐用年数は?」


「魔石内の魔力を連続して長期間利用すると魔石が劣化し、やがて魔力を生成しなくなり崩壊するそうです。耐用年数は、魔石の大きさにもよりますが利用を開始してから五〇年程度とされています。未使用ならば、数百年経っても劣化しないようです」


「ご、五〇年ですと!?」


 すごいね。もしこれを量産出来れば、社会構造が一変するだろうね……。

 おそらくは、一国の魔力事情が大幅に改善するハズだ。


 この世界では、魔力は重要な「エネルギー」だ。生活の様々なところで、魔力を動力とした「魔導具」が利用されている。「魔導具」の多くは、魔力を充填した魔石をセットして作動する構造になっている。


 たとえば、出入国のさいに使われる認識票を読み取る魔導具、冷蔵庫のような魔導具、コンロのような魔導具、照明灯、硬貨を数える魔導具などなどがそれだ。


 魔石の魔力が無くなれば、空になった魔石に魔力を充填する必要がある。これが平民にとっては、なかなか大変な作業。平民の多くは、乏しい魔力しか持たないからだ。

 空の魔石を一日で、二、三個ほど魔力充填できるかどうか(もちろん、魔石の大きさにもよる)。


 サタナエル石があれば、こうした事情を解消できる可能性がある。


 けれども、その利点をよく知るハズのノウム教会教祖メルヴィス・クィンは『魔導大全』にこの人工魔石の製法をあえて記さなかった。

 その理由も気になるところだ。

 この世界のニンゲンが、手にしてはならないほどの理由とはなんだろう?

 魔導帝国サタナエルの滅亡にも関係あったりするのだろうか?


「それでシャノワ様は、このサタナエル石をどうされるおつもりですか?」


 エイトスが、ボクの方を見てそう言った。


「そうだね。はじめは、この魔石が人工魔石の場合、その製法が判れば量産しようと考えていたんだけどね……」


「お役に立てず、申し訳ありません」


 ハウベルザックとラステルが申し訳なさそうに、目を閉じて頭を下げている。


「いや。キミたちがいてくれて助かった。ボクたちでは、『旧大聖典』の記述も『魔導大全』の記述も見ることはできないからね。ハウベルザック、ラステル、キミたちの情報提供に感謝する」


「恐れ入ります」


 ボクは月の宮レオンの方に顔を向けた。


「それでどうする? レオン。転売すれば、それなりの利益は見込めるシロモノだ。それを当座の活動資金とする手もある」


 月の宮レオンはサタナエル石を見詰めながら腕組みをして、すこしの間思案した後、ボクの方を見た。


「……我々の手で、この魔石の解析を進め、製法を明らかにする事はできないだろうか?」


「……仮に製法を解明出来たとしても、教会の禁忌に触れるものかもしれないよ?」


「だが、製法が判ればそれを応用するなり、禁忌に触れないやり方で同じようなモノを作ることも出来るのではないか?」


 ……。


 こういう夢見がちなトコは、彼の欠点というべきか美点と言うべきか。


 この魔石の解析にはかなりのコストがかかるだろうし、製法だって明らかにできるとは限らない。そのうえ、サタナエル石に匹敵する人工魔石を作成する……。

 労多くして益なし、というコトもありうる。


 そこまで我慢して、投資を続けることができるかどうかだよね。


 ボクは、チラッとユヌスの方を見た。彼は目を閉じて、じっと考え込んでいる。

 きっと頭のなかで、色々と商人らしい計算を巡らせているにちがいない。


 ハウベルザックは、どうだろう?


 ボクは、ハウベルザックの方をチラッと見た。彼も目を閉じて、じっと考え込んでいる。

 けれどもユヌスと違って、彼がなにを考えているのか、ボクには予想がつかない。

 なにも口を挟まないところを見ると、サタナエル石を解析して製法を知ること自体は禁忌に触れるとまではいえないのかもしれない。


 すると、なにかを思い付いたように、月の宮レオンは目を輝かせながらラステルに視線を移した。


「ラステル。どうだろう? サタナエル石の製法を解明したうえで、同じか似たような人工魔石を作ってみないか?」


「ふぁっ!? わ、わたしが?」


 ……そういうのを、ムチャ振りと言うんだよ。


「……『魔導大全』には様々な種類の魔石の解説がありますが、サタナエル石のような人工魔石は他にありません」


 眼を閉じて、俯き加減に首を振りながらそう話すラステル。


「そうか……」


 ラステルの言葉を聞いた月の宮レオンは、そう言って残念そうに下を向く。


 その直後、ラステルは目を開くと、ラピスラズリのような双眸をまっすぐ月の宮レオンに向けた。


「ですが、やらせてください。時間はかかると思いますが、サタナエル石の製法を明らかにするとともに、ご期待に添えるような人工魔石を作成いたしましょう」


 っ!?


 まさかの回答が返ってきた。

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