第3話 ラステル亡命の裏で
こしこしと顔を洗って毛繕いをしながら、ヴィラ・ドスト王国でなにが起きているのか、ボクは頭のなかを整理している。
「シャノワ。お兄様が言ったことに、何か引っかかる点でも?」
「……うん。ラステルの件もサタナエル石の流出も、国境を警備しているヴィラ・ドスト騎士団庁が関わっている可能性は無いかな?」
……。
……。
「確かに。特にあの騎士団庁が、みすみすラステル嬢の亡命を許すとは思えません。いささか不自然です」
ハウベルザックは、眼を閉じて腕組みしながら言った。
ボクもハウベルザックと同意見だ。
ヴィラ・ドスト王国の権力構造は王を頂点とする「王政」、教皇を頂点とする「教会」、騎士団庁長官を頂点とする「騎士団庁」に分割された奇妙な三権分立体制だ。
この三権が相互に抑制と均衡を保ちながら、国家統治をおこなう仕組みだという。
教会は戒律により、騎士団庁は武力により、「王政」を抑制する。
このコトを前提にすると、騎士団庁がラステルの亡命を見逃すハズがない。
彼らにとっては、王政に貸しを作る絶好の機会でもあるからだ。
普通なら、なにがなんでも探し出して彼女を捕えようとするハズだ。
ボクはラステルの方に顔を向けた。
「ラステル。キミは、どうして他の国ではなく、テスラン方面に亡命したの?」
「……ある
――
騎士団庁に所属する総勢五〇〇名の上級騎士だ。もっとも、その全容は明らかではない。最上級騎士である
顎に手を当てて考え込んでいた
「貴女の亡命は、事前に計画されていたのかしら?」
「ええ。おそらくは。詳しくは存じませんが、わたしのお母様が手筈を整えて下さっていたようです」
手筈……ね。
「君の母親と騎士団庁との間で、何らかの取引があったということだろうか?」
「お母様が、騎士団庁の方と取引ですか……」
それも、ありうるね。あとは、取引した誰かが騎士団庁を動かした……とかね。
けれども、ラステルに心当たりはないようだ。ラステルの母親が騎士団庁と接触を図った事実がないのなら、別のニンゲンが関与している可能性が高い。
ボクは、ラステルに尋ねてみた。
「側仕や護衛騎士その
「……王宮の『守護様』と呼ばれる方にも助けていただきました。アモンという方です」
また、ヤバいヒトが出てきたもんだね。王族まで関わっているってコトかな?
――アモン
ヴィラ・ドスト王国第五代国王トレミィとの盟約によって、以後二〇〇年余りにわたりヴィラ・ドストの王族を守ってきたという王宮の怪人だ。実際に二〇〇年以上も生きている者なのか、王宮の守護を担う一族が代々襲名してきた名なのかは不明。
「ラステル嬢。貴女は、あのアモンに助けられたと?」
ハウベルザックが、碧眼を大きく開いてラステルを見ている。彼が、ここまで驚く姿を見せるのは珍しい。
「はい。お母様を『友』と呼んでおられました」
このラステルの回答に、さらに驚愕の表情をして見せたのは
「友ですか!? 貴女の母親マリア・クィンとアモンとの間に、一体どんな繋がりが?」
「そこまでは……」
………。
うーん。ラステルの母親が調えたという手筈とやらが、鍵なのは間違いないね。
ラステルの母親がサタナエル石の国外流出に便乗してラステルを亡命させたのか、ラステルの亡命を利用して誰かがサタナエル石を国外に流出させたのか……。
前者の方が辻褄は合うような気がするケド、そのためにはラステルの母親がサタナエル石の流出情報を掴んでいなければならない。
クィンの末裔である彼女は、ほとんどヴィラ・ドスト王立魔導研究所から出るコトはないと聞いている。そんなヒトが、サタナエル石の流出情報を掴んでいたとは考えにくい。
ここで考えられるのは、別の誰かが情報を得てラステルの母親に亡命を持ちかけた可能性。
いったい、なんのために? 同情? それとも別の狙いが?
後者だとしても、ラステルの亡命を手助けした者とサタナエル石を流出させた者が同一人物の可能性のほかに、彼女の亡命を手助けした者と魔石を流出させた者とが異なる可能性が浮上する。
そしてこちらも、ラステルの亡命を手助けする理由が不明だ。また、サタナエル石を国外に持ち出したいだけなら、ラステルの亡命を手助けする必要はない。
さらにアモンが手助けをしているコトも、この事件の全容を複雑にしている。
普通に考えるなら、王族が関与しているハズだ。王族を通す以外、アモンに連絡を取る手段が無いからだ。
けれども、アモンはラステルの母親を「友」と呼んでいるという。
ラステルの姉が適合者だったとの情報をアモンが得て、自らラステルの母親のもとに現れたのかもしれない。
そして、
「わたしとともに亡命してきた元側仕のターニャなら、他に何か知っているかもしれません。事前に、お母様から指示を受けていたようですから」
「ターニャ?」
ボクの隣でラステルと
「ん? ユヌスは、ターニャというヒトを知っているの?」
「ええ。二年ほど前にウチで雇った者にターニャ・ロズバードという女性がおります。頭もよく立ち振舞いが良いので、貴族相手の商談を任せております」
ターニャ……、ターニャねぇ。
アノ女性かな?
そう言えば、シャシャ商会本店で平民には見えない上品な物腰の女性がいたコトを思い出した。
「そのターニャ・ロズバードは、わたしとともにアルメアに亡命してきた元側仕です」
とりあえず、この話はここまでかな。
そのターニャというヒトからも話を聞いてみないと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます