第2話 サタナエル石

 星の宮ソフィア月の宮レオンの隣の席につくと、他の者たちもおもむろにそれぞれの席につく。


 ユヌスの合図で、給仕たちがぞろぞろと会議室に入ってきた。


 テーブルに次々とティーカップとお菓子が並べられていく。

 白い磁器に金の縁取りをした花柄のカップ。お菓子は甘い香りのするクッキー。

 みんなのティーカップに紅茶が注がれると、会議室は花の蜜のような甘い香りに包まれた。


 ボクの前には、人肌よりもすこし冷たいミルクが注がれている。


 給仕たちが会議室から出て行くのを確認してから、ユヌスはボクの方に顔を向けた。


「みなさんお揃いのようです」


 ボクはユヌスを見ながら頷くと、テーブルについたメンバーを見回した。


「みんな久しぶりだね。元気そうでなにより。これから『黒猫会議』の定例会を始めよう」


 ――黒猫会議

 誰が付けたか知らないけれど、いつしかこのメンバーの定期的な集まりをそう呼ぶようになった。


「月の宮」ことアルメア王国第一王子レオンを支援する者たちの集まりだ。


 最初の頃は、ボクとエイトスだけだった。

 しばらくして、ここにシャシャ商会大会頭ユヌス、「星の宮」ことアルメア王国王女ソフィア、アルメアの剣聖アリス、ノウム教会枢機卿ハウベルザックが加わった。


 そして今日、また新しいメンバーを迎える。


「まずは、新しい仲間を紹介しようか」


 ラステルが席を立ち、右手を左胸に当てて挨拶した。


「ラステルと言います。このほどギルド9625所属の冒険者となりました。よろしくお願いいたします」


 星の宮ソフィアが、ぱちぱちと拍手すると、他のメンバーもそれに続いて拍手した。


「おしゃべりなヤツから、すでに聞き及んでいるヒトもいるようだケド、ボクの方からも話しておこう」


 ボクは、ラステルをギルド9625に採用した経緯や彼女が「クィンの末裔」であるコト、「ラムダンジュ」の未発現者であるコトを説明した。


 事情をすでに知っているエイトスとハウベルザック、そして月の宮レオンは落ち着いた様子でボクの話を聞いている。


 他方、ユヌスは目をまあるくしてラステルとボクを交互に見ていた。

 星の宮ソフィアは、身を乗り出して興味津々といった表情でボクの話を聞いている。


 本当はユヌスの反応がフツウなんだよね。

 星の宮ソフィアの反応は……、放っておこう。


「さて、今回は、ユヌスの方から話があるんだったね」


「はい。まずは、こちらをご覧下さい」


 ユヌスは蓋を開けた小箱を一度みんなに見せてから、それをボクの前に差し出した。


 箱のなかに黒くて大きな魔石が、ひとつ据えられていた。

 よく見ると、魔力が魔石の内部でぐるぐる渦巻いている。


 ……これが、そうなのか?


 ――サタナエル石

 古代に魔導の力をもって大陸の四分の一を支配した帝国「サタナエル」。

 この魔導帝国の繁栄を支えていたのが、「サタナエル石」と呼ばれる魔石だ。


 通常の魔石は外部から魔力を注入するなどして溜め込み、これを魔導具の動力として用いたりする。


 しかしサタナエル石は、放っておいても魔石が魔力を生成する。

 このため外部から魔力を注入する必要がない。


 サタナエル人は、この魔石が生み出す豊潤な魔力をさまざまな魔導具の動力として利用していたらしい。


 だが不思議なことに、この魔石が何から採取されていたのかは判っていない。


 いまとなっては、おとぎ話に登場するだけの魔石だ。

 存在自体を疑問視する者さえいる。


「その魔石……、まさか!?」


 ラステルが信じられないモノを見るような表情で、小箱のなかのサタナエル石を凝視している。


 ラステルは、この魔石を見たことがあるのかもしれない。


「ラステル。貴女、この魔石が何か知っているの?」


「……はい。ある魔石によく似ています」


 だろうね。

 この魔石の出所は、ヴィラ・ドストの宝物殿という話だから。


 月の宮レオンは、小箱のなかの魔石を見詰めている。

 どうやら、この魔石の特異性に気が付いたようだ。


「シャノワ。この魔石は、いったい何なのだ? 魔石のなかで魔力が渦巻いているぞ」


「信じられないかもしれないケド、サタナエル石だよ。本物の。ヴィラ・ドストの王宮から流出したモノらしい」


 鑑定スキルで診たから、間違いないハズだ。


「サタナエル石!? 実在するなんて……」


 さすがの星の宮ソフィアも、驚きを隠しきれないようだ。

 身を乗り出すようにして、月の宮と同様に、小箱のなかの黒い魔石に瞳を凝らしている。


「それで、いかがですかな? シャノワ様の鑑定スキルなら、色々判りそうですが」


 ユヌスが聞きたいのは、多分この魔石を持つ魔物だろう。

 それが判れば、かなり大きな利益を見込めるからだ。


 商人なら当然の発想だろう。


「……そうだね。どうやら、魔物から採取されたモノではないみたいだ」


「!? どういうことでしょうか? まさか、ニセモノ?」


 目を丸くして焦ったような表情で、ユヌスはボクに尋ねた。


「いや、本物にはちがいない。ケド、人工魔石のようだね」


 けれども、どうやって生成するのかまでは分からない。


「ラステル。キミはこの魔石の製法について、なにか知らないか?」


「……サタナエル石の記述は、メルヴィス・クィンが著した『魔導大全』第二巻に存在します。しかし、メルヴィスは『我々は、この魔石を手にしてはならない』として、それ以上の解説はしていません」


「……ハウベルザック。キミは?」


 ハウベルザックは手にしていたティーカップを静かにソーサーに戻すと、ボクの方に顔を向けた。


「サタナエル石は『旧大聖典』にも登場します。しかし、その製法までは記されていなかったかと。ただ、今のラステル嬢の話からすると、仮に製法を記した書物があったとしても禁書とされているでしょう」


 まぁ、そうだろうね。


 ノウム教会の教祖が「手にしてはならない」と記述したほどだ。

 おそらく、かなり禍々しいモノなのだろう。


 ここで、目を閉じて腕組みしながら話を聞いていたエイトスが口を開いた。


「それにしても、このような魔石が、なぜ売りに出されたのでしょうか?」


 ………。


「そういえばヴィラ・ドスト王国では、最近、後継者争いが激しさを増しているという情報がありますわね」


 星の宮ソフィアは頬に手を当てて宙を見るような仕草をしてそう言うと、視線をクッキーに移して手を伸ばした。


 たんに王宮内部が腐敗しているというコトも考えられる。

 けれども星の宮ソフィアがもたらした情報を前提にすれば、別の可能性も浮かび上がる。


 つるつるした感触を楽しむように、ボクは肉球で小箱のなかのサタナエル石に触れながら思考を巡らす。


「その資金集めのため極秘裏に売りに出された、というセンもあり得るね」 


 その言葉を聞いたエイトスは顎に手をあてて、ボクの方に顔を向けた。


「では、ヴィラ・ドストの王族も関わっている可能性があると?」


「もしくは、後ろ楯になっている大貴族とかね」


 すこしの間、会議室はシンと静まり返った。

 各自、情報を整理分析しているのだろう。


 そんななか、最初に口を開いたのは月の宮レオンだった。


「もしかするとラステル嬢が、無事、我が王国に亡命できたことも関係あるのだろうか?」


「お兄様。さすがに、それは飛躍しているのでは?」


 隣の席に座る星の宮ソフィアは、そう言ってティーカップを口元に運んだ。


「そうかな?」


 ………。


 ラステルがアルメアへ亡命してきたのは、いまから二年以上前。


 サタナエル石の情報を得たシャシャ商会が、この魔石を売り込んでいる者と交渉を開始したのもその頃だ。


 よく考えると、すこし引っかかる。

 ヴィラ・ドスト王国では、騎士団庁が国境警備の任務にあたっている。


 騎士団庁の警備を潜り抜け、国境を越えて王宮の秘宝を運び出すなど不可能に近い。

 とくにテスラン方面東部師団長は、あの黄金騎士オーロ・リッターのひとりだったハズだ。


 理由は定かではないケド、さらに浮かび上がった可能性。


 ヴィラ・ドスト王国騎士団庁は、意図的にテスラン方面の警備を緩めていた? 

 ラステルの亡命やサタナエル石の流出に、彼らが関わっている?

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