第16話 ハウベルザック枢機卿

 宿敵スライムを倒し、ボクは森のなかをぽてぽて歩いていく。

 先ほどの戦闘で、かなり疲れていた。 


 うう、しまった。

 つい、熱くなって魔力を使いすぎちゃった……。


 またしても、うっかり禁忌魔法をぶっ放してしまった。

 

 王都近郊の森とはいえ、だいぶ距離はある。

 歩くのが億劫になってきた。

 

 それでもなんとか、ぽてぽて歩く。


 しばらく行くと、真紅のローブを羽織った銀髪碧眼の大漢が仁王立ちで待ち構えているのが見えた。


 その漢が放つ絶対零度の凍気が、ボクを襲う。


 げ。


 ――ハウベルザック枢機卿

 一二人いるとされるノウム教会枢機卿のひとり。

 現在は、アルメア王国内にあるノウム教会「東部教団本部」に駐在している。

 もとはノウム教会所属の武僧で、体術と魔法が得意な「武闘派」。

 好漢なのだケド、先例や戒律の遵守に厳格で、融通の利かないところもあるのが玉にきずだ。


「お・ね・こ・さ・ま!」


 や、やっぱり怒ってるぅ。


 ハウベルザックは怒っているとき、ボクを「おねこさま」と呼ぶ。


 ニ……、ニィ


 と、タダのネコのフリをしてみた。


「ほう、禁忌魔法を使うとは悪魔の猫にちがいない。これは是非、異端審問にかけねば……」


「ご、ごめんなさいっ!」


 いまのボクの状態では、ハウベルザックの手から逃れるのは難しい。

 素直に謝るしかない。

 異端審問とか、二度と御免こうむりたい。


 ハウベルザックは、腕を組みながら厳しい表情でボクを見下ろしている。


「私はいつも、スライムを倒すのに禁忌魔法を使うのはお控えくださいと、申し上げてきましたが?」


「ごめんなさい。すみません。これからは控えます……」


 ボクはちょこんと座って、しゅんと項垂れた。

 すると、ハウベルザックはひとつため息をついた。


「ハァ……。お久しぶりです。シャノワ様」


 先ほどとはちがって、声のトーンが優し気なモノに変わっている。

 「おねこさま」から「シャノワ様」に変わっている。


 やれやれ彼のお説教が終わったと、ほっと胸を撫で下ろしてボクは視線を彼に向けた。


「お久しぶり。ハウベルザックも、元気そうでなにより……!?」


 どういうワケか、微笑みを浮かべながら絶対零度の凍気を放ちつづけるハウベルザック。


 まだ、なにか怒っているようだ。


 いったい、なんだろう?

 うーん……。


「私だけ、ご報告を受けていない事があるようですが?」


 あ。すっかり、忘れてた。


 冷や汗ダラダラ。

 思わず、ふいっと目をそらした。


「お・ね・こ・さ・ま?」


 びくう。


「ふえっ? な、なんのコトかな……」


「ほほう。友人から聞いたところによると、ギルド9625はとても優秀な冒険者を採用されたとか」


 ぐっ、よりによってティカレスト経由か。あいつめ、いったいどうやって調べた!?


「い、いや、それは……。あ、ボク、王都に急ぎの用事があって……」


「それは、奇遇ですね。私も、これから王都へ出かけようと思っていたところです。馬車のなかで、ゆっくりとお話を聞かせていただきましょう」


「は、はひ」



 ――王都へと向かう馬車のなか


 がたごと揺れる馬車のなかで、ボクは腕組みをした碧眼の大漢に睨まれている。

 「ギルド9625で採用した優秀な冒険者」についての報告と説明を求められている。


 じつは、こう見えてディヴェルト・ライレアでのボクには、冒険者ギルドの「ギルド・マスター」という肩書がある。


 そのギルド名が「ギルド9625」。通称「黒猫」。

 アルメア王国の王都内でも、指折りのギルドだ。

 

 もっとも表向きは、エイトスという漢がギルド・マスターというコトになっている。


 ネコがギルド・マスターとか、絶対ヘンだよね。

 なぜ、そんなコトになったのか?

 それは、また別の機会に語るコトにしよう。


 そしてハウベルザックが言っていた「採用した優秀な冒険者」とは、ある女性冒険者のコト。彼女の名は、


 ――ラステル・クィン

 もとはヴィラ・ドスト王国の伯爵令嬢で、その身に未発現の「ラムダンジュ」を宿す「クィンの末裔」。

 彼女は、その身に宿る「ラムダンジュ」のためにヴィラ・ドスト王国によって抹殺された。それが、ヴィラ・ドスト王国の公式発表だ。


 しかし実際には、ヴィラ・ドスト王国の手を逃れて、彼女はアルメア王国に亡命していた。

 彼女が一三歳のときだ。

 それから二年ほど、アルメアの王都でひっそりと生活していたらしい。


 そして半年ほど前、一六歳になった彼女は冒険者資格試験に合格し「ギルド9625」に所属するコトとなった。


 ちなみにアルメア王国では冒険者として仕事をする場合、冒険者資格試験に合格したうえで冒険者ギルドに所属し、その登録を受けなければならない。

 そして冒険者ギルドに所属するには、各ギルドが個別に実施する審査に合格する必要がある。


 「ラムダンジュ」とは、胎児に天使の魂を宿す秘術。

 古代の魔導書に記された儀式のひとつだ。

 

 能力が発現すれば、天使の叡智と力を得るといわれる。

 しかし魂が身体に適合しない場合、力が暴走し世界に破壊と殺戮をもたらすそうだ。

 それゆえ「ラムダンジュ」を施す儀式は一部の例外を除いて、現在、ノウム教会が禁忌とする。


 唯一の例外は、ヴィラ・ドスト王国の「クィンの末裔」と呼ばれる女系の一族。

 初代国王ヴィラ・ドストの重臣にして、ノウム教の教祖メルヴィス・クィン。

 彼女の直系の子孫が「クィンの末裔」だ。


 なぜ、「クィンの末裔」だけが「ラムダンジュ」を許されているのか?

 それは「クィンの末裔」の女性が、通常、「ラムダンジュ」の適合者だからだ。

 そう、ラステルが説明してくれた。


 ところが「クィンの末裔」にも、例外があった。

 それは、胎児が双子だった場合。


 「ラムダンジュ」施した胎児が双子だった場合、そのどちらかは「ラムダンジュ」の不適合者になると考えられている。

 不適合者なら、天使の魂が暴走して王国に大惨事をもたらす危険がある。

 そこでヴィラ・ドスト王国は、慣例として「ラムダンジュ」を宿した双子の片方を必ず「処分」してきた。

 先に片方が正常に発現すれば、もう片方は未発現でも「処分」した。


 「ギルド9625」で採用したラステル・クィンには、双子の姉がいる。

 彼女の姉は「ラムダンジュ」の適合者だった。

 このためヴィラ・ドスト王国は慣例にしたがい、「ラムダンジュ」未発現だったラステルを不適合者とみなして「処分」した……ハズだった。

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