第15話 禁忌魔法
ようやくボクたちは「礎のダンジョン」入口に到着した。
五〇階層でクリゾベリルに指示を出した後、ボクとシュパルトワはダンジョンの入口を目指して歩いた。
歩きながら、色々な話をした。
ダンジョンで起きたコト、九〇階層のコト、グラビスのコトなど……。
そのせいか、ずいぶん長い距離を歩いたハズなのに、思ったよりも早く到着した気がする。
シュパルトワが、一緒にいてくれたおかげだ。
シュパルトワがダンジョン入口の扉を開くと、その先は石畳のトンネルが続いていた。
「いってらっしゃいませ。お早いお帰りをお待ちしております」
シュパルトワは、右手を左の胸にあててお辞儀をした。
「案内してくれて、ありがとう」
シュパルトワにそうお礼を言って、ボクは石畳のトンネルのなかをとてとて歩いていく。
トンネルを抜けると、そこは雪国……ではなく、新緑の森だった。
降り注ぐ太陽の光が眩しい。
くあーっ……。やっと、地上に出られたよっ!
ボクは、頭を下げ前傾姿勢で伸びをする。
そしてちょこんと座り、こしこしと前足で顔を洗った。
ここは、アルメア王国にあるノウム教会の教団東方本部の敷地内。
新緑の樹々の間から、きらきらと木漏れ日が差している。
森の向こうに見えるのは、ノウム教会の大聖堂。
さて、行きますか。
そう意気込んで進もうとするボクの眼前に、驚愕の光景が広がっていた。
よく見れば、そこらじゅうにラムネ色のまあるいヤツが、ぽよぽよしている。
この辺で、こんなにスライムを見るのは初めてだ。
なにコレ!?
さらに周りをよく見ると、大小さまざまな大きさのホネなどが散らばっていた。
かたちから推測するに、魔物の骨のようだ。
どうやら、ダンジョン内に撒き散らかしたものの、余ってしまった骨をこの付近に廃棄したようだ。
その骨を食べようと、スライムたちが集まってきているのだろう。
とりあえずボクは、スライムたちのお食事を邪魔しないように、彼らの間を縫うようにしてとてとて歩いていく。
しばらく歩くと、木の陰から黒っぽい色をしたスライム数体がぽよぽよんと飛び出してきた。
そして、彼らはボクの行く手を遮ろうとした。
ボクは、構わず彼らをひょひょいと避けてとてとて歩く。
ところがボクの後を、黒っぽいスライムたちがぱいんぱいんとバウンドしながら追いかけてくる。
ボクが立ち止まると、彼らはボクを取り囲んだ。
その数、九体ほど。
「……ボクになにか用? 後日にしてもらえないかな」
そういうと彼らのいくつかは、ぽよぽよと揺れはじめた。
さらに二、三体ほどが、ぱいんと低く跳ねている。
なにか、ガラの悪いコトを言っているようにも見える。
街で時々こういうニンゲン見るケド、スライムにもそういうのがいるのかな?
いまのボクの状況は、ちょうどゴロツキにからまれたニンゲンみたいなカンジだ。
そんなコトを考えていると、スライムの一体がぽぴゅんと鉄砲玉のように飛び込んできた。
これをひょいと躱すと、今度はつぎつぎにぽぴゅんぱぴゅんと飛んでくる。
これが普通の魔物なら、岩をも砕くカウンター「ねこパンチ」で粉砕するところだ。
けれども、相手がスライムの場合だけは、そうもいかない。
ボクの打撃は、なぜか彼らに効かないからだ。
どういうワケか、スライムに「ねこパンチ」を打っても、衝撃が吸収されてしまう。
ねこパンチを打たれたスライムの方は、ぽよんとするだけでほとんどダメージを受けないようだ。
きっと、これもエイベルムのアホ設定だと推測する。
こんなふうにスライムとバトルになったのは初めてだケド、彼らの攻撃に対してはひょひょいと回避するか、防御魔法を展開するしかない。
勢いよく突っ込んでくる相手に、カウンターねこパンチを当てるコトはできない。
こちらの物理攻撃はほとんど効かないという、なかなかに厳しい状況。
ああっ、もう!
とうとう回避が間に合わなくなり、やむを得ず防御魔法を展開する。
防御魔法は、物理攻撃と魔法攻撃の双方に有効だが欠点もある。
ひとつ目は、スピードが大幅に落ちること。
ふたつ目は、攻撃を受けると、それに応じた分の魔力が削られること。
ようするにこの世界の防御魔法は、肉体的なダメージを防ぐためのモノだ。
防ぐといっても、軽減する程度。
いくら防御魔法を展開しても、相手の攻撃力が大幅に上回っている場合には、即死する可能性がある。
ボクの魔力も、ゴリゴリ削られていく。
つぎつぎに飛んでくるスライムに対して、防御魔法を展開して防ぐだけではジリ貧だ。
「ああ、もう、うざっ!」
防御魔法を展開しつつ、ボクは後へ飛んだ。
そして全身の毛をぼわっと逆立て尻尾をぴんと立てて、スライムたちを睨みつけた。
身体から聖属性の魔力が溢れ、尻尾の先に収束していく。
「……この、ぽよぽよどもが。チリも残さず、消えるがいいにゃん!」
ボクは尻尾を一振りして、その先に収束させていた光球をスライムたちの方に飛ばした。
辺り一帯がまばゆい光に包まれる。
ガラの悪いスライムたちは、その光のなかで蒸発するように消滅した。
―――禁忌魔法「アトミック・コラプス」
神話の時代に使われたと伝えられる攻撃魔法のひとつ。
対象を原子レベルで崩壊させる。
非常に多くの魔力を消費するため、ボクでも一日一回しか使えない。
ノウム教会所蔵の『旧大聖典』にのみ記述が残るが、その原理は知られていない。
原理のわかっていない禁忌魔法をボクが使うコトができているのは、たぶん、エイベルムに与えられた力によるものだ。
「わたりネコ」になるとき、こうした魔法の知識等を脳内にインストールされたらしい。
さて、禁忌魔法「アトミック・コラプス」は強大な破壊力を持つコトから、ごく一部の例外を除き、教会は戒律でその使用を禁じた。
ただしヴィラ・ドスト王国の最上級騎士である五名の「
じつはボクが「わたりネコ」になったばかりの頃、今回のようにスライムを倒すため禁忌魔法をぶっ放したコトがある。
それを運悪く教会のニンゲンに目撃され、ボクは追いかけまわされた。
敵は殺すコトも辞さない勢いで、魔力枯渇危機にあったボクをしつこく追ってくる。
剣で斬りかかられるわ、矢は射られるわ、魔法攻撃されるわで散々な目に遭った。
とてつもない疲労感のなかでも、物理攻撃にはなんとか対処できた。しかし、当時のボクは、魔法攻撃の対処に慣れていなかった。不覚にも捉えられてしまう。
そして異端審問にかけられ、あわや火刑になるところを、エイベルムが「黒猫ハ我ガ遣也。殺生ヲ禁ズ」と神託を下して事なきを得た。
あとでエイベルムから、散々、嫌味を言われた。
🐈🐈🐈🐈🐈
「あ、あの光は何だ!?」
突如、大聖堂の裏にある森の奥がまばゆい光に包まれたため、教会の若い修道士たちが何事かと騒ぎ出した。
なかには、「魔物の襲撃かっ!?」と言い出す者もいて、一時、教会は騒然となった。
無理もない。
大聖堂の裏の森奥深くには、竜王「グラビス」が守る「礎のダンジョン」があるのだ。
このダンジョンから、いつ魔物が溢れ出したとしてもおかしくない。
修道士たちは戦慄した。
「取り乱してはなりません。落ち着きなさい」
銀髪碧眼の大男があらわれて、修道士たちにそう言った。
真紅のローブを纏うことを許された高位の存在。
一二人いるというノウム教会の枢機卿のひとり。
名を、ハウベルザック。
「ハァ……。私が見てきます。あなたたちは、お勤めを続けなさい」
ひとつため息をつくと、ハウベルザックは森の方へと歩き出した。
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