姉弟 決行
グリンは、デューンとふたりで綿密に計算した星の運行を確認し、決行の日時を決めた。
たった一粒の種を蒔くのに、日取りをピンポイントで定めるとは大げさな話だ。だがアナザフェイトが介在する種だから、タイミングを大きく誤れば災いの
最後の夜はもう一度、墓地に泊まると決めていた。
宿を出るとき、グルが持たせてくれていたネプチュン紙幣で宿賃を精算しようとしたら、フロントのおねえさんは、
「ナオスガヤ様から全額お支払いいただいてますよ」
と微笑む。
「いっぱいお世話になっちゃったね」
「うん。心をこめてお礼しようね」
姉弟は、ジュピタン織の衣服の一部をほどき、その糸に
身に着けているものには霊力が宿り、その一部を置き土産として残すことで、
ナオスガヤさんにお礼とお別れのご挨拶をしてから、ふたりは仲良くなったネプチュン鳥さんたちに案内されながら、ビイル薔薇の楽園を満喫した。
夕暮れ、墓地の丘に立つふたり。
その日の夕焼けショウタイム。海の神様は、今日は特別にいつもとは違う色味の赤や黄色や茶色、灰色、青さび色の筋を混ぜ込み、どこか異様なマーブル模様の凄い夕焼けを見せてくれた。
星がひとつ、またひとつ瞬き、やがて満天にさんざめく。
惑星たちの配列が、〈その時〉を示す角度に入っていく。ちょうどの度分秒数に達した時刻を合図に、姉弟は無言で頷きあい、互いを励ましあうように軽くハグをし、グリンは両手を高く掲げて空を仰いだ。
黄緑がかった薄茶色の髪が風になびき、星明りを受けて輝く。伸ばした指先が、舞うような祈りの所作で古代ネプチュン文字の呪文を空に描く。
グリンが左手をデューンの腰に添えて背後から身体を重ね、右手のひらでデューンの右手の甲を包んで動かし、デューンの指先でゆっくりと古代ジュピタン語の文字を描かせる。
一文字、二文字、三文字・・・八文字。
八つのジュピタン文字は、描かれた端から、グリンが描いた古代ネプチュン文字と重なり、ソーラーシステム始まりの日の闇に浮かんだ太古の言葉を綴った。
絶海の孤島ネプチュン鳥島。
歴史の象徴的リセットを、海の神様は見なかったことにする。ソーラーシステム大御神様は闇の裏からこっそりご覧になり、長きにわたり手つかずだった不自然な自然の自然な自然への回帰(ややこしいな)を期待し、ガッツポーズ・・・。
一面のビイル薔薇畑をひゅうと風がわたり
花たちや葉っぱがさやさやと揺れる
島じゅうのネプチュン鳥が一斉に舞い昇ったかのように
透き通る薄バラ色に空が染まり始め
濃淡とりどりのビイル薔薇色の光の帯が天頂から放たれた
光の裾は磁力の突風を
黄緑色の光の帯が意志を宿し語るように踊る
黄緑色はディープグリーンへ
それから
ディープブルーの海の色へ
楽園の星空を震わせ、波打つオーロラ
墓地の丘には、寝袋で仮眠をとる姉弟を守るように、幾柱もの鬼火が立った。
海の神様はフンパツして、ふたりにアルチュンドリャの夢を見せてくれた。なかなかカッコいいおじさんだったが、それは海の神様が画像をちょいと〈盛って〉くれたか、グリンの無意識にある、美化されたイメージ(あくまでもイメージ)。
『愛しいグリン、デューン、ありがとう。お別れだね。気をつけてお帰り。きみたちの未来に、ソーラーシステム大御神様のご加護と祝福がありますように』
メッセージの言葉はアルチュンドリャ本人の魂から海の神様へ託されたものだ。後になってアルチュンドリャは、
〈あ。レイヤへの伝言を忘れた〉
と気づくが、レイヤにはグルが傍にいて、幸せにやってるだろうから、ま、いいか。
夜明け前、朝靄のスチーム効果でふんわり膨らんだビイル薔薇花粉を摘み、姉弟は花粉ミルクを作った。スタミナを残していた二柱、三柱の鬼火ちゃんたちが協力してくれた。
できあがった花粉ミルクを二つのカップに注ぎ、墓前に供える。
「アルチュンドリャとーちゃん、フォーチュンドリャおじさん、ありがとう。グリンたち、これからも学業頑張るね。おじいちゃんとおばあちゃんを見守ってあげてね」
寝袋をたたみ、ゴミを残していないか確認しながら片付けをする間、鬼火ちゃんたちはお供えのカップを温めてくれていた。
それからふたりは、お下がりの花粉ミルクを、ふうふうしながら飲んだ。鬼火ちゃんたちにも少し分けてあげると、鬼火ちゃんたちもふうふうするようにして口(?)をつけ、嬉しそうに揺れた。
ひとつの星が昇ってくる。空が明るくなり、星は見えなくなるけれど、重要な位置、上昇点(アセンディングポイント)に達する。
グリンは、父たちが眠るバラ色の墓標の前に、一粒の種を蒔いた。
やがて咲くガーネット色のその花は、ビイル薔薇と交配するであろう。生きられなかった〈もうひとつの運命〉たちと、生きていくひとつの運命が、閉じた生態系に穿つ、ささやかな革命の風穴。
薔薇の墓標☆ディープ・ブルー 溟翠 @pmotech
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