お別れだね
〈尊厳死カプセル〉・・・
物理的には理論上実現可能となる日も遠くないと思われるが、問題はヒトの脳に作用する薬物ミストだ。
デューンはアルチュンドリャのノートから、薬物ミスト精製へのヒントを与える構造式をすべて書き写した。長年にわたるグルの研究パズルに、ビイル薔薇元素が最後の1ピースを嵌め込む予感を抱きながら。
最終ページの、途切れた式の続きをデューンがシャーペンで書き入れ、化学反応式を完結させる。遺品に落書きしちゃったけど、アルチュンドリャとーさんへのご挨拶だ。
〈ありがとう、アルチュンドリャとーさん・・・〉
落書きついでにデューンは、そのページの余白に、〈希望〉を意味する中世ジュピタン錬金術用語のシンボルを描いた。
祖父母宅のアルチュンドリャの書棚に、デューンは正しい順番どおりにノートを返却し、背表紙を撫でて別れを告げた。グリンも背表紙を1冊ずつ、心を込めて撫でながら、ちょっぴり涙が浮かんできて、〈絆を忘れない〉という
「おじいちゃん、おばあちゃん、元気でいてね。グリンたちは遠くからいつも祈ってるよ」
祖父母は、これがこの子たちとの最後のハグになるかもしれないと思い、寂しいけれど、なんだか息子たちの人生をようやく見届けたような気がする。
期末テストを終えたバーラちゃんが、ビイル薔薇畑のあぜ道を自転車漕ぎこぎ、グリンたちを訪ねてきた。
テストの手応えを尋ねられたバーラちゃんは、
「えっとね、今回は化学が一番良かったと思う。デューンちゃんが教えてくれたから。数学も前回よりかなり上がったはず。デューンちゃん、ありがとうね」
ほっぺにピンクのナルトをぐるぐる描きたくなるような、屈託のない純朴な笑顔。見ているだけで幸せな気持ちになる。
「あのね。これ、家の前で拾った石なんだけどね、面白い形できれいだから、グリンちゃんたちにあげる」
バーラちゃんが差し出す石は、この島の普通の石、すなわち濃いピンク色の細かい粒がランダムに混ざり、全体が薄いバラ色の石。ジュピタンでは見られない鉱石だ。バーラちゃんの手のひらほどの大きさで、角の取れた直方体に近い、幾何学的な形をしている。
「バーラちゃん、ありがとう。ちょっと見ててね」
石をデューンの手のひらに載せ、バーラちゃんの手を被せるように置く。グリンも片手を添え、ジュピタン語で呪文を唱えながら、綾取り模様のシンボルを描く。
「デューン、厚みを割ってみて」
デューンがマイナスドライバーを
グリンは、デューンの手のひら側にあった片割れをバーラちゃんに、バーラちゃんの手のひら側にあった片割れをデューンに持たせた。
「
ふたりともちょいと照れくさそうだ。バーラちゃんはデューンを好きだけれど、恋愛感情みたいなのじゃなくて、例えばいとこのおにいちゃんに憧れる感じ。姉の尻に敷かれっぱなしのデューンは、年下のバーラちゃんを、かわいい妹のように思う。
「ペーパーウェイトにちょうどいいかも」
「うん! 勉強するとき使うね。デューンちゃんに見守られてるような気がして頑張れると思うから」
「おれも、バーラちゃんのこと思い出しながら使うね」
それから三人は抱き合ってお別れの挨拶をする。長い長いお別れになるかもしれないし、もう二度と会うことがないかもしれない。
でも、離れていても、心は繋がっている。
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