あったらいいな・・・

 グル・ワヒラサのラボが近年、開発を進めているのは、大きな声では言えないけど、〈尊厳死カプセル(仮称)〉というものだ。


 グルの構想は概ね次のとおり


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ガチャポンカプセル型の〈尊厳死カプセル(仮称)〉。真ん中からパカッと開くと、中心にはリクライニング椅子。

 椅子の素材はお客様のお好みでオーダーできる。高級レザー張りのマッサージチェア仕様の椅子ならセレブ気分を味わえる。もふもふの毛皮調もなかなか気持ちがよさそうだ。コットンのタオルケット生地は寝具っぽくて安心感抜群。夏ならひんやり素材のなんとかクールもいい。


 お客様が気持ちよくリラックスできる肌触りや堅さ、柔らかさ、形状をお選びいただく。

 安楽椅子にゆったりと座るだけで早くも昇天できそうな心地よさだ。こんなに気持ちいいんだったらこの世も捨てたものではないなと思えば、この時点でキャンセルしてもオッケーだ。


 キャンセルせずにそのままお進みいただいた場合、安楽椅子に身体を沈めると、パカッと開いているカプセルの上半球が下降を始める寸前、薬物ミストステップ1がカプセル内に漂い始め、しばしの間、眠ってしまう。


 仮に、いきなりパチンとカプセルが閉まってしまうとしたら、

『これで何もかも終わりだ。もう引き返せない』

 という思いが際立ってしまい、その瞬間、

『あ、このまえ買ったまんじゅうがあと一個残ってる。賞味期限までまだ一日か二日あったのに。食べておけばよかった』

『孫にやる小遣い、いつもの引き出しに入れてるんだけど、見つけられるかしらん? メモでも書いておくべきだった』

『喪中ハガキを出してもらう宛先一覧をプリントアウトしてくるのを忘れた』

『新聞を止めてなかった』

 等々、やり残してしまった雑用を次々と思い出して、落ち着かなくなってしまう。あるいは、

『いま、このカプセルによる尊厳死を選んだことは間違いだったかもしれない。早まっちゃったかな、オレ』

 なんて余計な考えが浮かび、後悔してしまうかもしれないのだ。そうならないために、この薬物ミストステップ1が、しばらくの間意識を眠らせ、雑念を払拭してくれる。カプセルが閉まっていくことすら、わからなくさせてくれるのだ。


 やがて薬物ミストステップ1は役割を終え、意識がぼんやりと戻ってくる。気がつくと、カプセルの内壁に映像が投影され、音楽が流れている。

 映像と音楽は、あらかじめお客様がチョイスしておくことができる。ただし、神経を興奮させるようなコンテンツを選ぶことはできない。戦闘系とかはダメで、続きを観たくなるようなドラマも禁止。だいたいがヒーリング系だ。


〈大海原を滑るようにゆく帆船に乗っているワタシ〉バージョンなら、映像に合わせて、波に揺られる感覚を味わえる。潮の香りつき。

 ちなみに、同じ〈大海原をゆく〉でも、帆船はいいけど豪華客船はダメ。背後からイケメンに腰を支えられて船の舳先に立ち、翼のように腕を拡げている自分をイメージしてしまうと、あの映画のその後のストーリーまでうっかり思い出されて、せつなくなってしまうかもしれないからだ。


〈一面のお花畑で戯れる妖精さんになったワタシ〉バージョンは、天然の花やハーブの香りつきで。

〈世界の史跡めぐり〉、〈金剛界と胎蔵界、セットでお得! 両界曼荼羅の美術〉、〈グレートネイチャー〉編もおススメ。


 だがなんといっても一番人気は、〈プラネタリウム〉バージョンだろう。一般のプラネタリウムと違い、安楽椅子の下に広がる半球の星空も投影されるから、まさに本物の宇宙空間に浮かんでいるような素晴らしい気分を味わえる。もっとも、普通のプラネタリウムでも、気持ちよすぎてスヤスヤ眠ってしまうお客さんも少なくないけど。


 はじめのうちは、自転する地球から見ている星空のように、満天の星がゆっくりと回っていく。やがて、安楽椅子が固定を解除されて浮き上がるような感覚をともない、自分のほうがランダムに宇宙遊泳する気分を味わえる。映像技術もたいしたもんだ。


 ハイビジョン映像とサラウンド音響に浸りきったなら、薬物ミストステップ2の出番だ。これは脳内を快楽で満たしつつ、息の根を止めるヤクブツである。

 意識水準が低下すると、ふつうは無意識の支配が優勢となり、かえって底知れぬ恐怖感に襲われたりするものだが、この薬物ミストステップ2によれば、意識、無意識ともに〈快〉だけを残し、他の感覚は消滅していく。


 脳波、脳内ホルモンバランスをAIがモニター、計算し、ミスト成分を制御しながら、最も気持ちのよい状態を保てるようにする。ちょうど、ふわふわのタオルケットの角を触っていると、とろーんと眠くなる、そんな感じなのだ。


 気持ちよくウトウトしているうちに、お客様は永遠の眠りの世界へと旅立つ。

 カプセル内のセンサーは、脈拍、脳波、瞳孔、その他必要項目を測定してご臨終を確認。


 最後はとっておきの新兵器、薬物ミストステップ3が活躍する。


 薬物ミストステップ3は、カプセル内のすべての物質を分解する。装置一式と、もちろんご遺体も。そしてついに、カプセルそのものも。プラごみの一片も残さず、有毒ガスも発生しない。ハイスペックなやつは、分解時にオゾンを発生させ、世の中に役立つ少しばかりの置き土産を残せるかもしれない。


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