エピローグ

 

 

 ポカポカと気持ちの良い陽気の春。


 樹齢何年なのかも分からない大きな木の下で、彼は気持ちよさげに眠っていた。


 15歳という成長期の彼は驚くほどメキメキと体が大きくなって、あっという間に私を追い抜いてしまった。

 そんな彼がもたれても余裕があるほどの大木。


 程よい木陰で彼はスースーと寝息を立てている。

 そっと近づいて顔を覗き込んでも、まだ起きない。


 いたずらしちゃおうかしら──


 ムクッと起きたいたずら心のままに、彼の頬にそっと手を伸ばしたら……


 ハッシとその手を掴まれてしまった。

 ふっと開く双眸は、とても美しい金──太陽の如き眩しさを放っている。


「……起きてたの?」


 いたずらしようとして逆にされてしまったことへの不満からか。

 唇を尖らして拗ねたように聞いた。


「今起きた」

「わ!」


 そのままグイと腕を引っ張られる。

 私は当然のように彼の胸に飛び込んで──その腕に閉じ込められてしまった。つまりは抱きしめられたのだ。


「でもまだ眠い」

「今日は気持ちいい天気だからね~。……と、駄目よ寝ちゃ」

「どうして?」

「おばさんが探してたよ。何か手伝って欲しい事があるみたい」

「う~ん、また何か力仕事かなあ」


 小さな村の男たちは、皆大きな町へ出稼ぎに行っている。帰ってくるのは週に一度か二度。

 そこそこ力がついてきて、けれどまだ村を出る程には大人になってない年頃。


 そんな男子は村では重宝がられる。


「……アッシュ、すっかり大きくなったものね。力も強くなったし」

「そりゃ鍛えてるからね」


 そう言って、ムンと力こぶを作る。


 毎日あれこれと鍛えてるのは知ってるけれど、それを一体どう活用する気なんだろう。


「猟師か木こりにでもなるの?」


 まあこの村ではそれが無難。

 もしくは出稼ぎだけれど。


「う~ん、それはちょっとなあ……」


 あまり稼ぎにならないからなあ。

 そう頭を傾げる彼に、私は少し不安になった。


「ねえ、アッシュ」


 そう呼べば、うん?と彼は私を見る。


 その優しい金の瞳が私に向けられる瞬間が好きだ。


「アッシュも……町に出るの?」

「そうだな、騎士なんかいいよな」


 そう言って空を仰ぎ見る。

 途端に襲い来る不安。


「アッシュも……行っちゃうのね」


 父さんは週に一度は帰ってくる。それでも寂しいけれど。


 昨年、兄は家を出て町へ行ってしまった。そこで商売を始めるのだと言って。


 両親は応援しながらも少し寂し気だった。勿論私も。


 小さいこの村では仕方ない事とはいえ、親しい人たちが出て行くのは本当に寂しいのだ。


 幼馴染のアッシュもまた、出て行くのだろうか。


「ジュリアは?」


 不意に聞かれて、キョトンと彼を見る。


「ジュリアはどうするの?もうすぐ16歳──俺たちは成人する。ジュリアはどうするの?」


 成人したら、男子は家業の手伝いをするか起業するために町へ出るか、はたまた起点はこの村で、町へと出稼ぎに出るか。


 女子もまた町へ出る者が多い。けれどそれは男子とは異なり、腰掛けの仕事をしつつ出会いを求めてだ。


 村に出会いがあればそれでもいいのだが、小さな村ではなかなかうまくいくことはなく。自然と町へ出るのが多い。


 私の友もまた、何人か出る事を決めている。


 けれど私は──


「私は、この村が好きよ。たまにしか会えないけど父さんが帰る場所のこの村が。兄さんは──滅多に会えなくなってしまったけれど、それでも彼の帰る場所の一つだし。母さんがいて、幼い妹が居て──出来ればここに居たいわ」

「そうだね、それがいいよ」


 その言葉にチクリと胸が痛む。


 一緒に来てとは言わないのね──


 確かに私達は恋人同士ではない。けれどそのうち……そうなると思っていたのは自分だけなのかと悲しくなった。


「ジュリアはこの村に居るべきだ。町なんか出てもろくな事にならないよ」

「何それ」


 ちょっとムッとしてしまう。


「どうせ私はもてないし、ろくな男見つけられないわよ」

「そういう意味じゃなくて……」


 その言葉にアッシュが苦笑する。


 じゃあどういう意味よ。

 そう聞けば、彼は「あー」だとか「うー」だとか言って頭を抱えてしまった。

 一体なんなのだ。


「だからさ、こういう意味」

「え?」


 どういう意味?

 そう聞く事は出来なかった。


 アッシュの顔が、金の瞳が目の前にあって眩しいと思った直後。


 重ねられた唇。

 息が止まりそうになって。

 思わずギュッと目を瞑り、縋りつくようにアッシュの服を握りしめた。


 長い長い口づけが終わる頃には、私の息はあがっていた。


「な、なに……」

「町なんか出て悪い虫がついたらどうするんだよ。ジュリアは俺の嫁さんになるんだから」

「はあ!?」


 恋人でもないのに、話が飛躍しすぎじゃない!?


 そう問えば「とっくに恋人だろ」と笑われてしまった。

 悔しいけれど言い返せない。


 私はアッシュが好きだ。

 アッシュも私が好きだ。


 ならば恋人なんだろう。

 幼い恋は成就したということなんだろう。


「いつか迎えに来る──と言いたいところだけど。それまで俺が待てそうにないからなあ」

「何それ」

「騎士団への入団試験が合格したら、すぐに式を挙げような」

「へ?」

「村で一番豪華な式を挙げよう。……きっとジュリアの花嫁姿は綺麗だろうな」


 空を眺めながら、何頬を赤らめて想像してるの。


 というか、勝手に話を進めないでよ。


「嫌?」

「い、嫌じゃないけど……!」


 分かってる。

 私達はまだ未熟な子供で。

 この約束が本当に果たされるとは限らない。


 それでも。


「愛してるよ、ジュリア」

「……私も愛してるわ、アッシュ」


 再び近づくアッシュの顔に、私は目を閉じてその瞬間を待った。


 触れる唇。


 どうしてだか、その感触を私は知ってる気がした。

 先ほど、初めてのそれを経験した時から、どこか不思議に思った。


 このキスを知っている。

 私は確かに、このキスを知っているのだ。


「ねえアッシュ」


 唇が離れても、まだその距離は近い。

 互いの吐息を感じるまま、私はアッシュに問うた。


「ひょっとして、私達って前世からの知り合いだったりする?」

「なんだそれ」


 今度はアッシュがキョトンとする番だ。


「なんだろう……何かが思い出せそうで思い出せない。そんな感じなのよね」

「ま、そういう事もあるだろ」


 こともなげに言われてしまえばそれ以上は何も言えない。


「そっか。ま、いいか」

「そうそう。前世なんてどうでもいいだろ。今が大事だって」


 そう言って輝く笑顔を向けられて。


 私もニッコリ笑って「そうだね」と告げたのだった。






 ~fin.~

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婚約者に毒殺された令嬢は怨霊となって復讐する リオール @rio-ru

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