心の免疫 / 心のアレルギー

asai

心の免疫とアレルギー

「あなたは心のアレルギーですね」

「アレルギー、ですか?」

真理恵は医者から告げられた聞き馴染みのない症状にきょとんとした。

そんな彼女の表情を見て、がん宣告を告げるような口調で医者は口を開いた。

「ええ、しかもかなり重度の。かなり危ない状態なのでしばらく推し活はしないように。」



真理恵はアイドルアニメ「剣の刃」のファンだった。

新人アイドルグループが困難を乗り越えて徐々にスターダムにのし上がるそのストーリーは若い女性を中心にウけた。

真理恵はグループのセンターに位置する黒髪長髪の花蓮というキャラクターに夢中だった。

彼の純粋で健気、だけどもこだわりを持つ姿など、真理恵に足りない部分を多く持っており惹かれていった。


彼女は花蓮を思うとなんでも乗り越えていけた。

職場でのパワハラも、セクハラ、エイジハラスメントも。

全ては、花蓮が見ていると思えば、聞き流すことができた。

そうすることで心なしか少し生活が豊かになった気がした。


「推しは心の免疫」

朝の情報番組で見たメッセージが真理恵の心にひどく刺さった。

真理恵はなんとなく免疫という言葉が気になり調べてみた。


”病原体が宿主に侵入しても発病しないように働く生体防御機構”


真理恵は腑に落ちる音がした。

性格の悪い職場の上司や、嫌な友達、ネット上の剣の刃のアンチ。

心を乱すそれら全てが病原体だと思った。


真理恵は自身の心に安寧をもたらしてくれる花蓮に対する気持ちが、ますます強くなっていった。

愛するが故に、真理恵や愛する花蓮に反する者たちに対して過剰なほど敏感になった。

真理恵は人が変わったように気が強くなった。

これまで真理恵に危害を加える人だけでなかった。

「剣の刃」の裏番組や、花蓮の声優の彼女疑惑のある女性にも真理恵の免疫反応の矛先が向かった。

最終的には犯行予告や、監視という名目で声優のストーキングにも発展していった。

それら全ては彼女の心の免疫の結果だった。


そんな姿を見ていた真理恵の推し友に、真理恵は強引に精神病院に連れて行かれた。

そこで宣告されたのが心のアレルギーだった。


真理恵はしばらく一点を見つめ、誰にいうわけでもなく呟くように言った。

「花蓮から離れるように頑張ってみます」


真理恵は花蓮のグッズが大量にある自宅に戻ることはできなかった。


真理恵はビジネスホテルで一人、興味のないテレビを眺めていた。


真理恵はこんな人生生きていてもしょうがないとさえ思った。

自分の生活が潤ったのは花蓮のおかげだ。

アレルギーでもなんでもいい、自分の好きなことをしようと思った。


真理恵は花蓮の声優が住むマンションに押しかけた。

何度もインターフォンを鳴らして、花蓮の名を叫んだ。

周囲からは狂人を見る目で見られていたが、何も気にならなかった。

真理恵は早く会いたかった。早く会ってどんなに愛しているかを伝えたかった。


すると、廊下の方から声優の談笑する声が聞こえてきた。

真理恵の鼓動は一気に高まった。

やっと本物に会える。

彼女は天にも登る気持ちだった。


声優は、自宅の前で倒れている女性の姿に驚き救急車をよんだ。


搬送先の病院で真理恵は息を引き取った。

死因はアナフィラキシーショックだった。

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