第5話 男はカッコじゃない!
見慣れない天井があった。
香織が目を覚ましたのは、上の部屋、……のベッドの中だった。
「大丈夫だから、慣れているんだから……」
「えっ? 慣れて……」
「ひとりで帰れます。車汚しちゃってすみません」
「いいよいいよ、気にしなくって」
……ソウちゃんにマンションまで送って貰ったことを辿る。が、どうして上のベッドに寝ているのかが、思い出せなかった。
香織は着床しない身体になっていた。
何度もチャレンジしていたのだが、やはり流れてしまった。
聡は聡で、自分の痛い過去を思い起こすと、
……天罰なのか?
……否、子供なんて欲しくないのかもしれない。
と、白けてくる、馬鹿げてくる、ような自分がいた。
それが素直な気持ちだった。
田嶋香織の何処を好きになったのだろう?
あの晩は、アイツから誘ってきたんだ。
惰性でくっついて、仕事にも便利だったし、ご飯は美味いし、……まあ、確かに肌合いは合った。胸も大きいし、耳の後ろを感じて仰け反ると、とにかく色っぽかった、……だけだ。と、聡は結論を出していたようだ。
チャレンジした、なんて、
……実際は、多分、聡はこどもが欲しい! 結婚する! なんて微塵にも思っていなかっただろうと、香織は思う。
……ただただ、アタシと寝たかっただけ!
……飯炊きオンナが便利だっただけ!
……気楽にひとりになれる環境が楽ちんだっただけ! に決まってる。
いい歳して、これが最後のチャンスだ! とアタシもただただ焦っていただけかもしれない。結婚して子供を産んで、
……それからどうするんだっけ?
……どういう家庭を作るんだっけ? そんな話もしたことはない。
ただ、イケメンで、一緒にお酒が飲めるだけじゃない。
若い気になって、アバンチュールを楽しんだだけなのかもしれない、と香織も自問自答するようになっていた。
香織は、君塚さんに言われた言葉を良く思い出していた。
ノンベイの君塚さんには良く飲みに連れて行ってもらった。
歳も母親と近く、東京のお母さんみたいな人だった。
「あんなオトコ、ダメ男じゃん。カッコつけてるだけでさあ、酒飲んで適当なこと言ってるだけだよ。遊ぶ相手ならいいんだけどねえ、アンタのことなんかなんとも思っちゃないさ。いーい、さっさと別れなさいよ」
「あんたはさあ、ソウちゃんが好きなんだよ。ファザコンなんだよ。お父さんを求めているようだけど、男として惚れちゃってるね、それは……。男は顔じゃな
いんだよ、顔じゃあ。まあ、女もだけどね! ハハハハハ」
そう言われて、思い出すたび、
……そんなことはない、父親に近い歳だよ、おっさんじゃん、
って、ブッサイクだしムリムリ!!!!と、
君塚さんの言葉をかき消してきた。
父ちゃんって、……ソウちゃんだって分かってる。
ソウちゃんは、離婚して男やもめだったから食事は会社に来てからだった。
ランチと仕事終わりの呑み、のつまみだけ。栄養を心配した香織は、ときどき弁当を作っていった。旨い旨いと言いながらM字の額を揺らして食べるソウちゃんの顔を見ると、面白くて笑えた。
ソウちゃんは、仕事意外のことはなーんにも出来ない人だった。
コーヒーはこぼすし、書類の整理整頓は苦手だし、予定はすぐに忘れる。
これが社長かあ? と思う。
スマホもおぼつかないし、電車の乗り換えなんかチンプンカンの方向音痴だしお酒を飲み出すと酔っ払うまで飲まないと気が済まないから、最近痩せてきた。
大丈夫かあ? と心配になる。
呑み、のメニューはバランスを考えて、いつも香織がオーダーした。
ソウちゃんと飲むときは本音で喋れた。
ソウちゃんにはなんでも話せた。
ソウちゃんには恥ずかしいと感じたことは無かった。
ソウちゃんといると毎日が楽しい。が、
ソウちゃんとはときどき口論になったりもした。
ソウちゃんの会社の仕事はどうかとも思ったけれど、ソウちゃんのためならば、と思うと、頑張れた。それに、最近はわたしのやりたい仕事をさせてくれるようにもなっていた。だから、会社自体の売り上げも伸びていった。
※
三年が過ぎた。
アタシは毎日『聡芸社』に通っている。
君塚さんは相変わらずテキパキで、今は会社の雑用までしてくれている。
昔のアタシのポストだ。
アタシは、真の愛情を受けて、……着床しない軀だった、が、女の子を授かった。二歳になる。
「高いたかーい! ほーら、高いたかーい!」
ソウちゃんはお家で娘の面倒を見ている。
今日は何時に帰る? 20:58
既読:もう帰るよー♡
牛乳買って来てくれ−! 20:59
既読:あいよー!
愛してるよー❤️ 21:00
上(うえ)のひと上(じょう)のひと 前 陽子 @maeakiko
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