第4話 流産
「初めまして、加川聡と申します」
「えっー、ワタシは聡一郎ですよ!」
「同じですねえ!」
初めて聡芸社にやって来た聡は、ソウちゃんとはいきなり意気投合した。
たかが名前の一文字だけじゃん、と思う香織だったが、互いに日本酒好きということで、二人は存分に話が盛り上がった。
聡はワインバーを開業する際のチラシやメンバーズカード、メニューなど、君
塚さんの紹介で聡芸社に依頼した。君塚さんは相当なノンベイで、聡はお気に入りのバーテンダーであり、ソムリエだったそうだ。
ソウちゃん同士の酒談義が終わると、打ち合わせは香織と聡の二人だけで進められる。店の雰囲気やコンセプトを伺い、好みのロゴタイプやカラーイメージなど、細かい所まで詰めていくと深夜になった。
当然、打ち合わせが終わると食事という名目で飲みに行く。
ソムリエの話はとにかく面白い。
ワインが映画や小説の場面になり、フランスの葡萄畑に風がたなびき、岩塩を舐める牛が居て、スペインのオレンジ畑やオーストラリアの広大な青い空が広がる。聡の話が上手いからなのか、イケメンだったからのぼせ上がってしまったのか、香織は珍しく酩酊した。
香織は、心の何処かで期待していた通りになった、と、そのこと、に気付いたのは翌朝のベッドの中だった。
聡の背中の向こうにはレインボーブリッジが見える。
イケメンは顔ばかりじゃなく、背中さえ格好いいもんなんだなあ!
恋愛から遠ざかっていた香織は、いきなり訪れた胸のバクバクを感じながら、そう思ったことを今でも覚えている。
それなのに……、
「ねえ、お腹空いたよ。朝ごはんー、ごはんー」
聡は夜を共にすると香織の乳房を揉みながら、そう言って香織の足をつつく。
香織は眠気まなこで起きだすと、味見もしないで味噌汁に納豆、卵焼きを用意する。いつも同じメニューだから簡単だ。
聡はパックに入ったお新香をパリパリ音を立てながら、……海苔の袋を破くと二杯目を自分でよそる。いくら夜遅く帰ってきたとしても、朝から二杯。
香織はコーヒーを飲みながらそれを見ている。
そして、「よくもまあ、朝から二杯も食べれるよねえ」と、毎朝、同じことを言う。
そして、
……アレダケ激しいとお腹が空くのかな?
……アタシは全然、空かないけどね!
……でも、これから二度寝できるんだからいいよね! と同じことを思う。
上と下の関係を始めて一年が経った頃だった。
香織は妊娠したことに気づく。
二回も経験していたので、すぐに分かった。
病院に行って本命だったら言おう、と考えていた矢先だった。
ソウちゃんのベンツワゴンの助手席で流産した。
アイボリーの皮のシートが真っ赤に染まる。
ソウちゃんは、大丈夫か? とだけ言ったような気がする。
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