第3話 加川聡……男の惰性

 私は、加川聡(かがわさとし)と言います。

 本厄の四十二歳になりました。

 オーナーシェフレストランのソムリエをしています。

 本当は日本酒の方が好きなんですがね、でもまあ、そう、お酒が好きだからなんにでも関われればいいかなあ! と思っていましてね。

 それで、ソムリエになったというとになりますでしょうか。

 でも、ソムリエの試験もなかなか難しんですよ! 

 分厚い本を丸暗記するほど読み込まなくてはならないし、

 試飲は6種類、……色、透明度、香り、勿論味から生産国、地域、葡萄品種な

どを20分で見極める。お金を掛けて飲み歩かなきゃあ、当然出来ないシロモンですよ。贅沢な娯楽? でしょうかねえ。

 だから、ワイン好きなのは裕福な方々が多い。

 だから、こちらもさまざま勉強しなくてはなりません。

 酒類は必須ですが、雑学一般、政治・社会・経済などの常識にエンターテインメント、……映画なんて入り口ですよ。オペラやクラシック、演劇に歌舞伎、ひい

ては骨董から歴史に始まり、世界のホテル紹介などもしなくてはならない。料理や当地のワインなどもね。

 もっとも、私はサービス業は天職だと思っていましたし、父は高校の校長で母は歴史の先生だったこともあり、学もそこそこあったモノですからね。

 海外留学の経験もあります。英語とドイツ語はいけますよ。

 ソムリエに成れて、また、生涯勉強できる仕事だとも思っていますし、人生を謳歌していると、言ったところでしょうか。



 言い難い話なのですが、私、……実は、✖️2なんです。

 留学中にドイツ人の女性と初めての結婚。

 大恋愛でした。

 子供もひとり、……貴族の血統、ということらしく裕福な家柄でしたので、息子は後取りとしてあちらが引き取りました。今頃、ワインセラーの社長にでもなっていることでしょう。葡萄畑から醸造場、お城も持っていましたから……。

 帰国し、ソムリエになりたての頃、ホール担当だったアルバイトの子と二度目の結婚。よく気がつく社交的な女性でした。

 同じ職種なのだから理解があろうかと思いきや、お客様とアフターで遅くなる

日が続くと、呆気なく離婚に至りました。常連のマダムたちと夜な夜な取っ替え引っ替え、……とでも思い込んでいたのでしょうね。

 彼女のお腹には赤ちゃんが宿っていましたが、彼女も言ってみればお嬢ちゃんで、バイトなんて自分の小遣い稼ぎか社会見学みたいなものでしたから、実家に帰っていきました。

 その子は顔さえ見ていません。産まれる前に別れましたから。

 反対に慰謝料? ではないし、言葉は悪いですが、子供の種付け料なのでしょうか? 結果、金銭との交換になりました。もしかしたら、彼女の方が浮気したのかもしれません。今になって猜疑心が芽生えます。

 そんなお話をすると、どうしようもない人間ですよねえ。

 男としてもどんなものかと。……でも、言い訳にしかならないでしょうが、私はワインに没頭しました。ソムリエの仕事にも真摯に向き合いました。

 しかし所詮、水商売なんですよ。昼夜逆転ですし、お客さまと行くのは酒場ですからね、色恋沙汰のお話を伺うのも私の仕事みたいなものでした。


 子供は授かるものの縁がなく、さりとて女性には、と言うより、恋愛する暇がない? 違うなあ、揺さぶる心を忘れてしまった、とでも言うのでしょうか。

 仕事一筋! で……。

 さて、ソムリエ大会で銀賞も頂いたところですし、自分の店でも開こうか、と思っていた矢先です。

 田嶋香織さんと出会ったんです。

 彼女も仕事一途な人で、お酒が好きで、クリエイティブな人だからお店作りの

話で盛り上がりましてね。なんと言っても、彼女と居ると、女性特有の独占欲と言うものが一切無く、個々にもなれる。

 自由だったんです。

 彼女はまるでベタベタしないタイプだった。

 

 私はワインバー開業に向け節約をするために、タワマンからカオリンの上に引っ越すことにしました。本当はカオリンと一緒に住む腹づもりだったんですが、1LDKで十分住めるとも思ってもいましたし、でも、カオリンは仕事スペースが欲しい、と言うことで、丁度空いた上のワンルームの住人になった次第です。

 私の部屋には業務用のワインセラーしかありません。

 水や飲み物はそのワインセラーで賄っています。

 カオリン、意外と料理が上手いんですよ。

 だから、さまざまな調理器具や高級な炊飯釜、ダイソンの掃除機に全自動洗濯機など、カオリンが持っていた中古のモノは全て処分しました。

 

 そうして、上と下の関係が始まったんです。









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