言いたいことは色々ありますが…

 はぁ、薬草多めに持って来て良かった。

 包帯を巻きながらヴェルナーさんの治療していると、彼は感心したように言う。


「準備がいいのなお前。さては几帳面か」

「常識でしょう! 荷物の中オヤツしか入ってないとか、遠足か! あとリリさん! 何考えてんですか、仲間に向けて麻痺技かけるなんて!」

「その男は私の仲間じゃ無い。セーフセーフ」

「倫理的にアウトだよ!」


 お、おかしい。明らかに人選ミスな気がしてならない……初めてのクエストなのに。

 戦士と魔法使いと僧侶なんて超鉄板パーティーじゃないか! なのに攻撃魔法の使えないウィッチ(しかも男)と、回復魔法の使えないヒーラーってぇぇ!!


「何やってんだ、行くぞ」

「そう……ですね」


 たえろ、たえるんだヒュウ、さっさとクエスト終わらせて、この人たちとは二度と関わらない。そうしよう!


 そんな決意を心の中で固める横で、クエスト用の地図を見ていたリリさんが口を開いた。


「そろそろ私の依頼の方に着くわ」

「えっ」

「何?」


 突然ヘンな声を上げたヴェルナーさんに、リリさんは怪訝そうに振り返る。けれども当の本人はごまかすように視線を逸らした。


「いや、その、……なぁ新入り。そっちの依頼って何なんだ?」


 かと思うと、コソコソ僕に耳打ちをしてくる。なんですかもう、興味ないとか言ってたくせに。


「リリさんの依頼ですか? マモノ退治ですよ。山の中腹にある畑が一晩でボコボコに荒らされたそうで、原因を調査して、犯人をやっつけて欲しいそうです」

「へ、ヘェ」

「あれ? そういえばヴェルナーさんの依頼もこの辺りでしたっけ。でかいクマが出るから退治して欲しいって」

「えっ」


 今度はリリさんが目を見開く。それに首を傾げながらも僕は手元の依頼書を見直した。


「どちらも戦闘がありそうですね、油断しないでいきましょう」

「なぁ、とりあえずここから離れねーか?」

「どうしてですか?」

「ちょっと、その、都合が悪いと言うか……」

「私も、ちょっと……」


 何いってんだこの人たち。今さら何かを気にするような繊細さなんて持ち合わせてるタマじゃないでしょう。

 そんな見計らったかのようなタイミングで、『そいつ』は現れた。グォォォ! と、野太い獣の雄たけびが上がる。


「うわっ!?」

「出たか!」


 振り返れば茶色の巨体がズシーンズシーンと重たい動きでこちらに迫ってくるところだった。ニヤリと笑ったヴェルナーさんが自分の得物に手を伸ばす。


「どうやら俺の依頼が先に片付きそうだな。よしさっさと殺ろう! そんでもってここからさっさと降りよう!」

「出たぁ! ホントにクマだー!」


 ブンッと、風圧を伴ってパンチが繰り出される。それを何とか回避した僕は転がるように走り出した。


「新入り! 後ろに回りこめっ」

「わわっ、わかりましたっ! リリさんは危ないので後ろにっ……リリさん?」


 それまで後ろの方でじっと俯いていた彼女は、顔を上げると見たこともないような笑顔でクマに向かって呼びかけた。


「アンドレ!」


「アン」

「どれぇぇ?」

「どこいってたの? 探したのよ」

「え、ちょ、どういうことですか?」

「この子私の人形なの。数日前から姿が見えないと思ったらこんなところに居たのね」

「いやいやいや! 人形ってサイズじゃないし動いてるし! めっちゃやる気満々――危っな!」


 うおああああ!! ザシュッて! ザシュッてかすった今あああ!

 謎のクマ、アンドレは僕に狙いを定めると両手を広げてドシドシと歩いてきて力いっぱいハグをした。


「ぎゃああ! 鯖折ィィ!」

「じゃあ何か! このクマのご主人はお前ってわけかよ!」

「さぁアンドレ、帰りましょう?」


 グォォォ!!


「ふふふ、お腹が空いてるのね」

「喰われてる! 僕喰われてるからぁぁ!!」

「こら飼い主! ペットは責任もってしつけるのが常識だろ!」

「ちょっと、ペットって何よ。アンドレは私の家族も同然なんだからね」

「いいから止めろおおおおお願いします!!」


 頭をカジカジされながら手を伸ば……あ、マジでこれヤバ、視界赤……っっ。

 死を覚悟したその時、それまで言い争いをしていた二人は地を擦りザッとこちらに向き直った。


「仕方ないわね、命令回路がズレたのかしら」

「壊れた機械は叩けば治るってな」

「え、うそ、ちょっと!?」


 サァァと血の気が引いていくのが分かる。ちょ、待っ、なんでそんな急に息ピッタリに、


「ヒーラー! デバフ!」

「支援スキル発動、スロウムーブ――エンチャント、ブラインド――アンド、パラライズ」


 信じられない速度で鈍化・暗闇・痺れの状態異常が襲い来る。狭い視界の中で、彼が大きく踏み切ったのだけは見えた。


「っしゃあいくぜ!! 支援スキル最大出力――」

「待って待って待って僕まだ捕まって――」


 ドォォォ……ン


 ・・・。


「えー、言いたいことは色々ありますが……」

「ちょっと、よくもこんなに壊してくれたわね。アンドレが泣いてるじゃない!」

「はっ! 俺はただ自分の依頼をこなしただけだ。なんだったら今回の犯人としてお前をギルドに突き出したっていいんだぜ?」

「ふ、ふふ、よっぽど叩きのめされたいようね……」

「やるかコラ」

「上等だわ」

「「支援スキル発動――」」


「僕に言うことはないのかアンタらぁぁ!!」


 ついに爆発した僕は盛大に叫んで二人を止める。ピタリを動きを止めた二人は怪訝そうな顔でこちらを――息も絶え絶えに地に這いつくばる僕に視線を向けた。


「あ?」

「言うこと?」

「仲間ごと叩きつけて置いて! 戦闘不能にしておいて放置とか!」

「生きてるんだからいいじゃねぇか」

「かろうじてだよ! HPゲージがミリ単位だよ!」

「ひーりんぐ~」

「使えもしない技名を叫ぶな! 薬草を押し付けるな!」


 ぐりぐりと頬に押し付けられる薬草を渋々口に含みながらため息をつく。


 結局、一番最初に捕まってしまった僕は『アンドレ』ごと叩きのめされて救出されたのだ。

 ……どこが救出だ! 自分で言ってて憤死しそうになるわ!!


「まったくもう……それでリリさん、今回のことはあなたが原因だったんですね」

「……そうかもしれない」

「はぁぁ、どう説明したら良いんだろう……」


 ちなみにそのアンドレはと言うと、粛清されて道端でくったりしてる。

 中から綿に混じって謎の黒い物体がチラチラ見え隠れしているとかそんなことは無い、絶対ない、……僕は何も見てない! もうやだ!


「はははっ、何も悩むこた無いだろ。洗いざらい白状しようぜ」


 そうだ、こっちはこっちで確かめておかなきゃいけない事がある。

 もはや精魂尽きかけていたけど、僕は低ぅい声で切り出した。


「……ところでヴェルナーさぁぁん? 僕すこぉーし気になったことがあるんですが」

「ん? 何だ?」

「さっきの一撃、すごい火力でしたね! あなたの本気がみたいので、一発ここに叩き込んでもらってもいいですか?」

「おいおい、俺の実力がみたいのか? 仕方ねぇな~」


 フッとカッコつけた笑みを浮かべたバ……ヴェルナーさんは、ご丁寧にバフがけをして必殺の一撃を地面に向かって繰り出す。相変わらずすごい威力で地面が隆起した。


「ふっ、ちとやりすぎたか……」

「はーいありがとうございます。で、こっちがボコボコに荒らされた畑なんですけど」


 見るも無残なボコボコ地面を見比べていたリリさんが、ぼそっと言う。


「……同じじゃない」

「あっ!?」

「犯人はお前もだー!!」

「うぉぉ、まんまと騙された……」


 あんな誘導尋問に引っかかる方が驚きだよ……だんだん読めてきた、この人実力はすごいかもしれないけど、アホだ。

 聞けば秘密の練習場としてここによく来て特訓していたらしい。はた迷惑極まりない。


 形勢逆転。腕を組んだリリさんは敗者の前に立ってニタリと含み笑いをする。


「ふふふ、これで条件は同じというわけね」

「ぐぅぅ……」

「はーい両者そこまで。いいですか? お互いちゃんと依頼主さんに謝りましょう、僕も付き合いますから。それから報酬はもちろんナシ。それで事を収めましょう」

「ちっ、仕方ないか」

「わかったわ……」


 チャキッ


「とか言いつつ武器を出すな! 戦いをやめろーッッ!!」


 こうして、

 僕の初めてのクエストは幕を降ろしたのでした。


 ***


 それから数日が経って、僕はギルドのカウンターに突っ伏していました。

 お冷を持ってきてくれたギルマスさんが声を掛けてくれます。


「はぁぁぁ……」

「あら、ずいぶんとお疲れね」

「ちょっと各方面に謝り疲れたと言うか……マスターさん、どうしてあの日止めてくれなかったんですか」

「ヴェルナー君とリリちゃんとパーティを組んだこと?」

「どう考えてもあの二人は初心者向きじゃないでしょう! 危うく死ぬところでしたよ……」

「ふふっ、でも私は結果的に良かったと思ってるわよ」

「?」

「帰ってきた時、あの二人とっても楽しそうだったもの。すごく良い笑顔だった」


 あの二人がぁ? あ、ダメだ、ここにたどり着いてから意識を失った記憶しかない。


「気のせいじゃないですか……あぁ、思い出すだけでも疲労が」


 今日は穏やかな一日を過ごそう。なんてフラグを立てたのがまずかったんだと思う。

 背後からおなじみのバターン! という爆音がして、立て続けに騒々しい二人組の声が聞こえてくる。


「おいヒュウ居るか! クエストいくぞクエスト!」

「だからどうして割り込むのよ、私が今誘おうとしてたんだから」

「あぁ? どっからか辛気くせぇ声がするなァ。どこだ? 小さくて見えねー」

「こンの……ちょっとでかいからって調子に乗ってるんじゃないわよ……」

「やるか、あぁ?」

「ちょうどいいわ、アンドレの修復テストも兼ねて叩きのめしてあげる」


 『氣』の高まりを感じた瞬間、僕はカウンターを離れ飛び出していた。


「だからギルドで暴れるなぁぁぁーっ!! ちょっ、いたっ、いたたたたた!!」


 そう、だからこそ、背後からのギルマスさんの悪魔のような提案を聞き逃してしまったのだけど。


「ふふふっ、ヒュウくーん、せっかくだしあなたをリーダーにしてパーティ正式登録しておくわねー。……って、聞こえてないか」




 拝啓、母さん。僕の冒険者としてのスタートは普通とはまるで違ったものになってしまいましたが、それでもなんとかやれそうです。

 心配しないで、近いうちにまた手紙かくから。それじゃあ。


「死にさらせえええ!!」

「地獄に落ちるといいわ!!」

「だからいい加減にしろおおっ!!」


 P.S やっぱメンバーは普通な人が良い!


 おわり

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拝啓、ギルドメンバーがカオスです。 紗雪ロカ@「失格聖女」コミカライズ連載中 @tana_any

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