第5話 灰かぶり姫④

 如月は一冊の絵本を手に取り、少女の横に座った。


 本の題名はシンデレラ。


 如月は普段と変わらぬ声で読み聞かせると、少女の目に輝かせる。


 灰で汚れた絵本の女性は自らが変わる事を恐れない。薄汚れた自分でも、変われると信じている。決意は魔法を呼び。魔法はドレスとカボチャの馬車を呼び出した。

 今まで舞踏会なんて行ったこともないし、テーブルマナーだって教えてもらってない。王子様がどんな人かも知らないし、私を見てくれないかも知れない。


 周りから笑い者にされ、今日より辛い日々が訪れるかも知れない。それでも、灰かぶり姫は沢山の不安を咀嚼し、ポジティブに変えていく。

 

 魔法が切れるギリギリまで戦う姿勢。

 そこから生まれる、ガラスの靴を落とすというミラクル。


 少女が目の輝きを取り戻すと同時に話は終わる。絵本の女性は王子様の愛情を自らの手で勝ち得ていた。


 如月はミックスジュースを冷蔵庫から取り出し、カポシュとプルタブを弾くと。少女に差し出した。


 少女はちびちびとだが口をつける。

 桃、レモン、パイナップル。少し酸味の効いた甘く優しい黄色のジュースを堪能できている様だった。


 如月は薬の使えない患者に対して、特殊な方法で精神疾患を診察する。


 喜怒哀楽の感情を色に置き換えた補色技法。

 怒りはマゼンダ、哀はシアン、そして喜びのイエロー。

 これらは、身体の中で複雑に混ざり合い、明るい色になれば楽しく、暗くなれば不安を表す。如月は少女の動作から仕草から、表情、口調から心の色相を読み取り、補色を促す。

 補色こそが治療に当たる行為となる。飲食物や映像、音と言った人間社会にある一般的な物を使い、補色作業を行う。


 如月は少女が飲み終わるまで待っていた。

 ミックスジュースの鮮やかな黄色が少女の体に浸透していく。

 シンデレラの輝かしい物語が、少女の目に光を戻していく。

 如月はただ待っていた。少女の色相が変わるまで。


 飲み終わって数分、如月は尋ねた。


「お名前を教えてください。」

「青山 南 、七歳。友達からはミナって呼ばれているわ」


 青山の部分はぼそぼそといって聞こえなかったが、後半は、はきはきとしゃべれていた。不安を押し殺すための強気な態度は、少女の環境に問題があるのか?


 兎にも角にも、今日はじめて少女の声を聞くことができた。診察の継続が可能となった。


「明日も先生とお話してくれないかな?」

「うん、いいよ。」


 少女は「バイバイ」と言いながら、児相の担当者の後ろをついて歩いて行った。


 如月は有能な秘書に礼を述べ、昼食に誘った。早乙女は「別に必要ないので」とやんわり断った。


 少女は今日を含めると、残り六日で北区の親元に強制送還される。それまでに診察を終えて、判断しなければならない。


 北区の母親に戻すか、少女の安全を考えると国が面倒を見るべきかもしれない。現在のメディエト中央区に待機児童はいない。問題無ければ、すんなり受け入れてもらえるだろう。


 ただ、この状態のままで国が預かっても、感情のないまま、大人に育ってしまうことが考えられる


 結局のところ、社会的養護施設は、国の政府機関のまつりごとの一貫を外さない。個人の良し悪しとは別に、そういった所は万人受けと清き一票を目標とした機関でしかない。


 さて、どうしたものかと、如月は頭を抱える。この手の話はAIに診断を任せる訳にはいかない。複雑な気持ちを理解できる程、世界は成長しちゃいない。

 今後の少女の意思表示だけが頼りだ。

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