第33話『短い天下』


 ジリジリジリジリ!!ジリジリジリ!!!

『僕、ゴラショ! 僕!ゴラショ!! 朝だよ! みんな起きよう!』



 俺はその気持ち悪い騒音で目を覚ました。


 小学一年生の子供部屋のような、紅白色の一室。

目の前で同じセリフを喚き散らしながら、床の上でペットのように走り回る”時計”の生きもの……。


 ”付録”第一号の『目覚まし時計』は、地獄の生き物のように見えた。


「あぁー。ちッ」

 俺は舌打ちをした。


 また復活してきたか、まじでどういう仕組みだ。

そろそろ気が狂いそうだ。



「うるさい」

 頭痛がしてきて頭を抱えていると、今日も寝起きのルクアが手刀で『目覚まし時計』を破壊してくれた。


 破壊しても、どうせまた次の日には何事もなく蘇っているので、それ自体には意味はない。……が、破壊してストレスを解消しないと良い一日を過ごすことができないだろう。


 早く、早く、どういう仕組みで動いて、どのようにすれば消し炭にできるのかを見極めるのだ。まだ”付録”第一号すら突破できていないのだから。



 そしてこの薄気味の悪い箱庭の中で、俺はいつまで暮らせば良いのだろうか。唯一の救い、それはルクアと共にいられることだが……。



 普段、閉ざされているはずの外へとつながる扉がギィっと開いた。


「リンクスくん!!ルクアちゃん!! おはよう!

朝ご飯を食べる前に、今日も一緒にお勉強をしようね!」


 120センチ台の紅白のウサギを模したであろう、二足歩行のキャラクター『ゴラショ』が大声でいった。


 ぴょこっと生えた大きな赤い耳に、かわいらしい大きな目に白い顔面。

ウサギのキャラクターをかわいらしくデフォルメした肉体に、赤いランドセルを背負った紅白の悪魔。


 

 俺たちは……いや、俺がこいつを倒さなければ、『粛清部屋』から脱出することは決して叶わないだろう。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 模擬戦から一ヶ月後。

 セーデルという少女はアレ以降も学園に来ていたのだが、俺の姿を見る度に恐怖に苛まれて失神することを繰り返し……それでも何回か登校した後に二度と現れなくなった。


 ……やっぱり俺が悪いのかな……勇者ともあろうものが弱いものいじめをしてしまった。でも別にあのときは俺の方が洒落にならないほどの重傷を負わされたし、俺の方が暴力振るわれてるんだよな。別に彼女にはかなり手加減してあげたし、痛いことは何もしていないのに……。俺の方が不登校になるべきではないのか?


「なんで俺ばっかり痛い目にあってるんだ?」


 しかし、これ以上少年革命家不登校児を増やす訳にはいかないので、もう悪役を演じることはこれっきりで止めておこう。



   *


 魔術学園教室内。


 時間はもう二限目の授業途中であった。

俺とルクアは今日も普通に遅刻をしながら教室に入った。


 俺はクラスメイトたちが魔導書を開いて必死に勉強をしている姿をみると、『おぉ~~やっとるやっとる。偉いねえ』と上から目線で口ずさんだ。


 ―――例の進級が確定していた俺はもはや、何をも恐れない無敵の人間と化していた。


「お前らは今日も遅刻か。もう二限目だぞ何を考えている」


 とモーガン先生は怒った。


「いやはやすいません。今日村で大雨が降りましてね。

その影響でママが作った転移門がなんかバグっちゃったみたいで、一時間遅延してしまいました。ほんと田舎から転移門通学してるとハプニングが起きてしょうがなくて……まったく。

本当は大雨警報と暴風警報が発令中だったから休もうとしてたんですよ? 

はい、これ遅延証明書」


 と俺は言いながらポケットに入っていた紙くずを先生に渡した。


「遅延証明書? そんな制度はこの学園にはない。

しかも……なんだこれはただのティッシュペーパーではないか!」

 とモーガン先生は怒って、机の上に投げつけた。


「いや、匂いを嗅いでみてください」


「あぁ? 何だこれはどこか良い香りがするような……桃か?」


「色と匂いが付いたトイレットペーパーです。

ティッシュの方じゃないので二度と間違えないでください。タロウ……いや、先生」


「ふざけるなッ……」


 とモーガン先生は俺の煽りに効いて、教卓を殴って破壊した。

ものすごいパワーだ。


 もう顔がトマトのように真っ赤になって完全に怒り狂っていた。


 獣のようにじわじわとこちらに、にじり寄って来て距離を詰めてきた。


 もはや先生の瞳からは、体罰を辞さないという覚悟が見える。

クラスメイト達は俺にもうやめてくれといわんばかりの顔をしていた。


 確かにちょっと煽りすぎたな。

 だが……いいのか? 俺に喧嘩を売って。


「うわぁあ!!!!」

 俺は隙を与えずに叫び声を出して異常におびえると、じつに華麗な動きでルクアの後ろに隠れて抱き着いた。


「り、リンクスくん?」


 ルクアは、俺に後ろから抱き着かれたことに喜んでいるだけで、全く状況を理解していなかった。


「ぼくがっ、なんかっ! この人に殴られる!!!…かもしれない!」

 

 ”殴られる”と言い切ってしまうと即座に先生がルクアに消し飛ばされるので、少し曖昧にした。


「……そう、なんだ」

 ルクアは俺から先生に目を移すと、無言で手のひらを向けた。


 モーガン先生はルクアが、キレ始めるその瞬間に「あ!!!」と叫んだ。


「命乞い……?」


「………すまないな……蠅が、蠅が…止まっていたんでな。

今やってきた君たちに蠅が飛ぶ音を聞かせたら勉強する意欲がそがれてしまう。しかしリンクス君は少し想像力が豊かだな? ……早く席につけ」

 と先生は額に汗をにじませて、早口で言った。


「よかった…でもこの場所に、鬱陶しい蠅はまだまだいるよね」

 とルクアはクラスメイトを見渡してから言った。


「ありがとうルクアちゃん、それじゃあ席につこうか」


 俺はルクアがクラスメイトに嫌われてしまう前に、焦ってそういった。


 いつものように寝ていると、『キーンコーンカーンコーン』とチャイムが鳴って休み時間になった。


    *


「~~~~~~♪」

 歌でも歌いたいような実に晴れやかな気分で俺は鼻歌をしながら、男子トイレへと向かった。これはまさに素晴らしき学園生活を営む上でかかせない、毎日のルーティンでもあった。


 小刻みにステップを踏んでいると、廊下ですれちがった貴族の女子生徒から『早く退学するか、粛清部屋に行けばいいのに』と陰口を叩かれた。



 馬鹿が! この俺が退学になると思うか?


 否! ならない!

貴様らとはもっているものが違うのだ!! どれだけ授業妨害を重ねようと、どれだけ教師を煽ろうと、どれだけ遅刻や無断欠席を重ねようと……!!


 決して……、決して!!

退学や粛清部屋に行きになることも、進級ができなくなることはない!!!! 


 フフフ。これが俺の力だ。思い知ったか雑魚どもが。

生徒会会長アルストロメリアとのコネ……留年を恐れぬ不死の肉体…!

そして、最強のルクアパワー……!!!


「ハハハハハハ!!!ひれふせぇ!雑魚どもが!!!」


 気分がハイになった俺は両手を腰に当てて決めポーズをかますと、学校中に叫んだ。



「廊下で大声を出すな有害生徒」


 すぐに見回りをしていた生徒会の女に怒られた。

男子トイレに入る一歩手前だった。


「ほお? ”この僕”になにか御用ですか?」


 何なんだよマジでこいつら、毎回毎回トイレに行くのを阻みやがって。

俺のファンか?俺の膀胱がめちゃくちゃ弱かったらどうするつもりだったんだ?


「有害生徒に用ならいくらでもある」


「僕はあなたに用はないですけどね!

にしても極めて生徒会の人達は不愉快ですね。

トイレに行くという人間が持つ基本的な権利を妨害しにきているように見えます。こうやって無意味な問答を繰り返すことで僕を失禁させて、トラウマを植え付けるという事で不登校児にするつもりですか? 

ルの字が付く、あの人にいいますよ」


「我々は誇り高き生徒会執行部の人間。そんな安い脅しに屈すると思うか」


 この人はそういう人種か……なら。


「じゃあ、アルストロメリアさんにいいますよ。

あぁそういえばゲゲイン君が最近、生徒会に入ることが出来たみたいですねえ? 君みたいな下っ端が僕をどうこうできる権利は何一つない!!」


 俺は捨て台詞を吐いて、トイレの中に逃げた。

……最強の俺にも弱点はあるのだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ………俺の春は思っていたより短かった。

無敵タイムがそう長々と続くわけもなく、一時間後、校内アナウンスによって生徒会室へ呼び出しを喰らった。それも、生徒会会長アルストロメリア直々に。

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異世界転生して物騒な世界になっても何もしたくない~~幼い頃からヒロインを洗脳してたらヤンデレになった おむ●び @syamu_syosetsu

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