【閑話】ルクア視点『隠し事』

【前書き】

シリアス回が数話ほど続いていますが、流石に次話からはギャグコメディ回です!!(^_^;) ネタバレになりますが次話からは『粛正部屋編』が始ります!!

大体模擬戦編と同じような長さです! それでは失礼します!(m_m)

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 先日、模擬戦……?か何かが行われていた。

自分にとっては、リンクス君と共に外出が出来るという点だけを除いて、それ以外の全ては記憶に残しておく価値などはなかった。


 彼との思い出以外の全てが、気分を害するような煩わしい物になる……はずだった。


 ――――模擬戦が行われている最中、自分の班に一人の少女がいた。

 

 リンクス君が監視魔獣の散歩に行っている間、銀髪の女が私に何かを話しかけてきていた。


 無視を続けていた私に向けて、彼女は二つの物体を手に取って差し出した。


 それは人形の腕と、魔術学園の小さな制服、同サイズの男用の下着。


 彼女は落ち着かない様子で

「…リリィと会話をしてくれれば、これをあげる」と、か細い声で言った。


 私はそれをみたとき、リンクス君の腕を模した物であると瞬時に理解した。

 

 それを手に入れてからというもの、彼女とは何かを話していたと思うのだが今となっては殆ど内容を覚えていなかった。


 貰った物に意識が向いていて、気が気でなかったからだ。


 

 今現在に至り、私はこの部屋リンクスの部屋の中でベッドに埋もれながら、隠れるように布団を被って人形の柔らかな腕に触れ続けていた。


 火照ってくるような異様な身体の熱さを感じる。



 なぜだろう。

本当のリンクス君の手じゃないのに…これが作り物だと分かっているのに、まるで本物のように感じてしまうのは。


 肌の表面からでも伺える血管の機構にも驚いたが、肉や骨を構成する材質以外の全てが同じだった。


 感触や弾力、指紋、爪の形、指の第一関節や、第二関節、付け根に至るまでの角張り方。


 なぜかある、細やかな傷のようなものは、粗雑に扱われた結果ではなく、ソレそのものがリンクス君の行動を表現しているようだった。


 『手』だけをみてもこれほどまでの完成度…。


 見たり、触ったり、抱きしめたりして想像をしていると本当に彼の温もりが感じてくる様……。


 少しでも力を加えたらすぐにでも壊れてしまいそうな儚さ。


 これほどまでに巧妙で精巧なものは、私ですら創れない。

 

 一緒に渡してきた人形用?の制服や下着は、自分が裁縫をしたものに彼の匂いを何度も付着させて染みこませることでまだ再現可能かもしれないけれど……。


 リリィという女……。

これほど貴重で価値すら付けることができない財宝を、自分一人だけで独占しようとせずに私に渡すことを選んだのだ。


 この恩は決して忘れることなく、記憶の隅に残しておこうと思う。


 当初は彼女のことを、リンクスくんに近付いてくる可能性のある”敵”だと認識していたが、私にとって有益な人間になるかもしれない。


 本当はどこで手に入れたのか、誰が作ったのかを詳しく聞いておくべきだったが、それをする理性を失っていたことと、最終的には自分の手の元にあるのでどうでもよくなった。


 それに……私にはこんなにもすぐ近くに、本物がいるからだ。


「………」


 なのに、ほんの一瞬だけ、悪い考えが浮かんでしまった。


 本当にリンクスくんが私だけの人形になってしまえば、だれにも邪魔をされずに永久の時を過ごすことが出来るのに……と。


 そして、自分の愚かしさを憎んだ。

彼という存在がいながらも、赤の他人が作ったニセモノで満足してしまうという背反さに。


 それでもこれをただの精巧な玩具だと決めつけて、捨てることができない理由。


 手に付いた細やかな傷や汚れ…鋭利なもので乱暴に切り取られた腕の関節部分は、それらはなぜか私の為に出来たかのような優しさを感じたからだ。


 本能で嗅ぎ取ってしまって、何物にも代え難く、それもリンクス君から貰うプレゼントと同じほどの……。

 

 だから、修復の魔術は使わない。



 けれど、私は彼を騙してまでこの小さな腕を隠し続けることで一体何がしたいのか……。


 悩んだフリをしたが、わかりきったことだった。


 これは無限のように湧き出てはたまっていく、もはや処理しきれないほどの欲望をぶつけるための生贄だから。


 この存在が彼にバレてしまえば、最悪の場合、取り上げられてしまうかもしれない。そうでなくても贋物で喜んでいる私をみて軽蔑するに違いない。


 薔薇の棘で肉を裂いて血で浸すような罰を望みながら、その裏面では彼の優しさにつけこんで許しを乞う浅はかさ。


 自分は一体いつからこれほどまでに卑劣になったのだろう。


   *


 休日の昼下がり、リビングでくつろいでいたリンクス君に話しかけた。

 

 それはとても重要なことだった。


「恋人同士は普段、何をしているの?」


 私とリンクス君は関係がより進んだ恋人の仲になってから三ヶ月以上経つ。


 そしてある日思ったのだ。

私達は恋人同士になったけれど、それは形だけなのではないかと。


 元々私がそういう世俗的な知識に疎い。

だから本当に彼が求めているような恋人になれているのかどうかが不安でたまらないのだ。


 もしも、私が知らないような恋人同士がする特別なことがあったのならば、それは今すぐにでもしなければならない。絶対にだ。



「あー、えー…えーと。あーそうだ。

カップルはね、カップルはね……。

普段は………ね」


 といつも即答してくれる彼は珍しく、目を閉じて考えたまま、10秒ほど口をつぐんだ。


「実は…ルクアちゃん。そうだ。実は僕たちはすでに恋人になる以前から恋人のような関係で、ずーーーっと似たようなことをしていたんだよ。だからこれに関しては気にする必要がないんじゃないかなあ、と」


「どういうこと?」


「すでに僕たちは恋人になる以前に家族になっているよね。これは色々と段階を飛び越してしまっていたんだ。普通は友達親友恋人家族の順で行くんだけど。間を全部すっ飛ばして最終地点まで行ってしまったからね」


「それなら! 

家族から恋人に退化したという、こと…?」


 私は驚いた。

そして彼との関係が悪くなってしまっているかもしれないことが恐ろしく感じた。


「ち、ちちちちがうよ。僕たちは家族でしかも恋人という特別な関係になったんだ。

いつも一緒にいて、同じご飯を食べて……基本的な行動は全て同じ。これは普通の恋人には中々できないことだよ。 まあでも後数年も経てば……」


「経てば?」


「あ、いやごめん。何でもないよ。

君は何も心配することはないからね。本当に」


 と言ったところで彼は私の胸元を見た。

あの人形の腕を隠している場所だったので、心臓がはねたような気分がした。


「この話はちょっと置いといて、なにかほしいものがあったらいつでも言ってね。

何でも…。そう、なんでもあげるから」



「欲しい物? 欲しい物は……人形」


 と私が言ったところで、まずいと思って自分の口を手で塞いだ。


 恐らく無理やりにでも自分の口を塞がなければ、『人形になったリンクス君』と言ってしまいかねないから。



「人形かあ……それは珍しいね。

君が人形が好きだったなんて初めてしったよ。

そういえば君は知らないと思うけど、リリィちゃんも人形が好きだったし彼女とは趣味が合うと思うよ」


「ぅ……うん」



 心が苦しい。余りにも。


 嘘に嘘を重ねていかなければならないことがここまで苦しいなんて、思いもよらなかった。

 それも好きな人に…家族に、恋人に……。


 そして彼は私に人形をくれるだろう。絶対に。

でも、それを貰っても、キット私は……。

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