第十五話 サバイバルとスキルの成長
魔物たちとの死闘の翌日――。
「――また落ちてる。これで二本目。親方がいたら、きっと喜ぶんだろうな」
洞窟内に無造作に落ちていた剣を手に取り、スキル『真眼』を発動する――。
名称:鉄の剣
種別:片手剣
クラス:G
攻撃力:20
???:???
???:???
???:???
「今度も鉄の剣か……ま、拾う前からわかってはいたけど」
そうぼやきながら背中のカゴへと放り込む。ズシリと重さが増し、肩口へ手を掛けカゴを背負い直した。
拾うのは二本目だが、カゴに入っているのはまだ今の一本だけだ。もう一本は、今俺の右手に握られている。
もちろん、また黒兎のような魔物にいつ襲われてもいいよう装備しているわけだ。
最初こそ『???』と見えた箇所――。
その一番上が開示された今、スキル上には『攻撃力』が見えている。
映し出されたのはちょうど一本目の鉄の剣を鑑定したときだった。
スキル発動時の鈴の音がやや変化し何かを告げたような気もしなくもないが、とにかく俺のスキルは短期間で着実に進歩を遂げていた。
(鑑定数に比例して開放されていく仕組みか? それとも見えない”
無造作に剣が落ちている事実より、スキルのことばかりが気にかかる。
最初の一本を見つけたのは、魔物たちとの戦闘の後だった。
ふと、そのときのことが思い出される――。
= = = = = = = = = = = = = = = = = = = =
崖の際に手をつき呆然と眼下を眺める。
見通せるはずもなく、ただ無色でムラのない真っ黒な底をひたすらに覗き込むことしかできなかった。
一度大声で名を呼んでみるが、当然のように返事はない。
マリネのおかげもあって魔物は全滅させられたはずだが、ここがこれ以上安全とも言い切れず、膝に手を当て立ち上がる。
あらためて見渡すと暗がりの地面はスノードラゴンによる、うっすらとした雪で覆われていた。点在しているのは対照的な黒点の数々――それは、デビルズレッドアイの死骸だ。一目には数えきれないほど。
慌てて何発も剣撃を繰り出した俺とは違い、マリネは強大な炎の一撃のみで、残りの敵全てをなぎ払った。
にも関わらず、倒した数はおそらく俺と同程度。
彼女の武器と俺が借りた武器が同じ性能かはわからないが、扱う人間の技量で左右されるのは間違いなさそうだ。
だが、それでマリネは……。
何かをかき消すように頭を振る。「強くあれ」と、漠然とした何かが心臓を掴む。
そしてふと、あることを思い出した。
――とりあえず。マリネの一撃で燃え残った魔物の死骸を何匹かひとまとめにして、一度来た道を戻る。
これだけの数を倒したので残った魔物はいないと信じたいが、念のためローブの衣嚢にあるビギナーズナイフの柄を握る。
ほどなく歩き、逃げ途中に落ちてきた急坂のその下へ――。
落ちた直後は高い高いと思っていたが、こう下から眺めてみると登れないほどの高低差ではないなとも思う。
さすがに滑ってきたところは急勾配なので……と首を回すと、もう少し奥に地続きでも登れそうな坂を見つけた。前傾になりながら登坂した。
登り切っては手を膝に、深めの一息――。さらに来た道を戻る。
洞窟の入り口はうっすらと外が見える程度の暗さへに変わっていた。薄暮の時間帯のようだ。
そう気づいてやや足を速める。より一層気温の落ちた洞窟の外を歩いた。
「えっと、たしかこのあたりに……………………と、あった!」
ここまで戻ってきた目的。
薄闇の中に転がっていたのは、逃げ途中に脱ぎ捨てた――そう、カゴだ。
中を覗くと、底にこぶし大の穴が開いている。鉄鉱石は無くなっていた。
俺はいたわるように、頬を当てるように軽く抱きしめてからカゴを背負う。なんともしっくりきてしまうのは悲しいが、先ほどまで恐怖に駆られていた気分にわずかな安心感取り戻していた。
もう一度、あたりを見渡す。
なんとか発見できたが、世界は急激に闇を濃くしていた。
カゴに入れていたツルハシもどこかで落としてしまったらしい。すぐには見つからなかった。
周囲に落ちている、枝をいくらか…………細いものから、枝というにはかなり太いものまでを選別し、開いた穴から落ちないようにカゴの中へと入れる。
洞窟内へと戻ると、まだ中のほうが明るいかもしれないと、そう思った。
入り口付近、轍を辿るように先ほど逃げ走っていた道を歩む。程なく進み、今度は転げ落ちることなくバランスを保ちながら坂を滑走――。
魔物たちと戦った場所まで一度戻ってきた。
さて、と……。
残っているのは一面の雪と、先の戦闘で倒したデビルズレッドアイの亡骸――。
さっきひとまとめにしたそれに、拾った枝やらを放り込む。まだ燃え残っていたのでこれでしばらく火元は安心。暖が取れる。
俺の立つ位置から壁の夜光石は遠い。空洞はなかなかの広さのため、比して焚き火は暗がりにぽつねんとしていた。
魔物の他の死骸。真っ黒に焦げたり斬撃でずたずたになったものを避け、身が綺麗なものを選別。
とりあえず三匹を選ぶと、その重さ、図体の大きさを再認識させられるようだった。やっぱり元いた世界の兎とは比べ物にならん……。
焚き火に身を寄せる。
腕まくりし、ビギナーズナイフを右手に――。魔物の毛皮を剥ごうと試みる。
以前も何度かやったことがあるが、冷静な思考と相まって自分でも手馴れたもんだと思う。最初に親方に「やれ」と言われたときの胸へとこみ上げるものは忘れもしないが。
まず腹を縦に割いて、それから――。
手を切らないように集中。無心で作業しながらも、どこか思考は淀みなく流れる。
マリネは大丈夫だろうか……。
普通なら、そんな心配自体がお門違いだ。
生身の人間ならあんな底の見えないような崖から落ちれば生きているほうがまずおかしい。
ただ、会って間もないからか、俺にとって彼女が死にゆく姿は妙に現実味に乏しかった。
最後のうっすらとした笑みと、少女の異能さが窮地を乗り越えているようが気がしてならない――そう信じたい。
現実から目を背けている自覚もないことはないが、思考と感情のバランスを取るためいったんの結論はそこに落ち着ける。
死ぬはずがないと勝手に決めつけ、次に気になるのは……。
たぶん、彼女が俺にスキルを使わせてまで見せたかったもの。
もう一つの、おそらく少女の本来の名前。
(有栖まりね……)
名前からしてどうみても日本人の――。
ぐぅー……
連綿と続くかと思われた思惟はあえなく打ち切られた。
腹の虫が邪魔をする。
「――腹減った……」
とりあえず皮を剥いだ肉の、モモや背の部分、それらを余らせていた枝に刺して火の脇に突き立てた――。
焚き火で、簡易キャンプの完成だ。
「なんか俺、こういうとこはだけは図太くなってんな……」
村に来た最初の頃、もっぱら採集は親方に同行する形だった。
そのとき叩き込まれた生き物の捌き方や、日を跨いでの旅程がいくらか俺にサバイバル術を植え付けている。
さくさくとデビルズレッドアイを捌き続ける。
ちょうど残り二匹の皮を剥いだところで香ばしい匂いが漂ってきた。
ということで――、
肉をひっつかんで大げさに掲げてみる。
「リアル上手に焼けました――!」
………………………………はい。
ひとりでやってては虚しいだけだ……。腹の虫も再度不平を立てる。
それでも、こんがりと焼けた肉は見た目からにジューシーで、旨味溢れる肉汁がふつふつと滴り火に落ちてはじゅうと音を鳴らした。
俺は艶やかでほどよく焦げ目のついた表面へとかぶりつく。
「うんまい!」
血抜きが遅かったからか、やはりわずかな血の匂いは拭い切れていないし、身も固め。よく言えば噛みごたえがある。
ただ空腹は最大のスパイスと言うからに、疲れやら緊張からの解放とも相まって最高のごちそうとなった。
これでマーさんの美味しいスープが添えられれば完璧なのに、と益体のないことまでも思う。
「ごちそうさま!」
食欲が満ちたところで、ぱん! っと両手を合わし、次いでシニカルな笑みが溢れた。目の前には骨と、転がった残りの肉や剥いだ皮。先の戦闘で危うく逆の立場になっていたかもしれないとは、なんとも皮肉な状況だ。
(そうか、これが本当の皮肉か! ……………………やめよ)
どこともなく寒風が吹きさし、炎を揺らす。そんな冗談のひとつも口にしないと正気が保たれないとは自覚しているが、なんとも虚しい。
火を絶やさないようにし、残りの処理へ――。
さすがに三匹もやると手の痺れやら筋肉の疲れやらが滲んでくる。なので剥ぎたての皮を地面に敷き詰め、一度寝転がった。
冷たさを我慢し、残雪で手を洗うが、多少の血は落ちても臭いまで完全には落ちない。
まだ、生臭いな……。
毛並みは獰猛さからは想像がつかないほどふわふわだが、処理したてなのでそちらの匂いもいかんともしがたい。一方皮の質は良いのでそこそこの値段で売れるし、防具の加工にも役立てることができる。
(売る当てがあればだけど)
寝転がりながら暗くて先の見えない天井を眺める。
今の自分がどういった状況に置かれているのか全く想像がつかない。
突如としての大地震――気がつけばはるか上空らしき高みにいる自分――。
地形の変動、これまでなかったはずの洞窟――遠方を生息地とするはずのスノードラゴン――。
「空中都市みたいに浮いた地面の上にいたりして」
真っ暗な洞窟の天井を見上げながら、「まさかな」と肩を揺らす。
そんな元の世界の物語に重ねる自分を一笑に付しながら、でもたしかに宙に浮く石はこちらの世界にも噂話程度ならあったなと思い出す。
仮に俺のいる場所が本当に浮いているのだとして、何らか魔法による作用というほうがまだ説明がついたり――。
やめやめ、と思考を振り払うように首を横に向けた。結局ここにいるだけでは答えは出ないし、考えるだけ無駄だ。
答えの糸口を探るために探索するにしても、時間帯ももう遅いし、何より眠気が――。
――と、横向く視線の先で何かがきらりと揺らめいた気がした。
思わず立ち上がり、足を向ける。
近くにつれ、岩の陰から見えてきたのは――どうやら剣のようだ。
なんでこんなところに? と疑問のままに手に取り、スキルを発動する。
名称:鉄の剣
種別:片手剣
クラス:G
???:???
???:???
???:???
???:???
やっぱり、名称以外にも情報が表示されるようになっている――。
後で他の装備も鑑定しておこう、そう思ったときだった。
頭の中で軽やかな鈴の音が鳴り響く。スキル発動時とは違う音色で、仰々しくはないがどこか音階を踏むような響きだ。
伴って四つ目の「???」の文字列が手前に浮き上がるように翻り――。
『攻撃力:20』
「…………っ⁈」
『真眼』に、新たな情報が映る。
「攻撃力……?」
思わず目を見開き眉が上がる。次いですっと瞼を細めてじっと眺めた。それ以上の変化は無い様子。しばしの沈思黙考。
(スキルを使うほどにレベル、みたいなものが上がるのか? ただこれまでこの世界には攻撃力という概念はなかったし……何かの影響で出始めたとか?)
攻撃力というからには何らか基準がないと成り立たない。
例えば元の世界の一グラムが一グラムと、万国共通になるためにはその基準があって初めて認められるので、基準があるからこそ物の重さが共通に定義されるわけで――。
そこまで難しく考えなくとも、誰かが、何者かが決めなければこの値やら表示やらにはならない。
そうでなければ子供が勝手に喧伝するのと同じで、適当過ぎて意味を成さないという可能性すらある――。
「からん」と離れた場所の石が崩れ、音を立てた。
何ともなしに首に向けたが、そこで集中力を奪われたように、思考が停止する。なにより、疲れはひとしおだった。
「……? ……ま、いっか」
真面目に考えるには、糖分欠如の脳みそで考えるみたいに思考が回らない。
億劫になって俺はぷらぷらと剣を下げながら焚き火へと戻り、剣をカゴへ放り込むと毛皮の上で再び横になった。
剣と一緒に思考までもがカゴの中に置いていかれたようで、急に瞼が重くなる。
俺は火の暖かみに触れながら、ひとときの眠りについた――。
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