第十六話 謎の壁と村の成れ果て

 二本目の『鉄の剣』をカゴへ――。

 

(もしスキルを使えば使うほどに技能が上がるならどんどん鑑定したほうがいいな。ただ、こういうのは経験と一緒か? 同じものを何度も鑑定したからといって向上するとも限らないし……)


 ビギナーズナイフは鑑定済みだが、もう一度スキルを発動すると相変わらず攻撃力は『4』と出た。

 そしてそのまま、ナイフに対してスキルの発動を十回繰り返して………………案の定変化がなく、やめた。

 十回の鑑定で「同じ物を何度鑑定してもスキル向上へは寄与しない」ということの証明にはならないものの――


 要は飽きた。

 ――そういうとこだぞ、俺。


 はてさて。

 他の装備は以下の通り。


 名称:サラマンドラローブ

 種別:ローブ

 クラス:F

 防御力:23

 ???:???

 ???:???

 ???:??? 


 名称:穴空きのボロいカゴ

 種別:バックパック

 クラス:J

 防御力:8

 ???:???

 ???:???

 ???:??? 


「ボロいカゴって……」


 俺の深層心理のせいなのか、それとも誰かの悪態なのか、とくかくこの世界(?)のカゴに対する扱いが酷すぎる。

 しかもクラス『J』って、ビギナーズナイフにも劣るではないか……。

 

 ただ防御力はちゃんとあって『8』と示されている。

 考えてみれば背後からの守りにはなるわけで、衝撃なども吸収してくれる点を鑑みると当然なのかもしれない。


 穴が空いたままでは物が落ちるリスクがある。あと何となくかわいそうなので、どこかで修理しないと。


 そう思いながら足を進める。

 今探索しているのは一度洞窟を出てから、右の方向へ進んだ森の中だ。そのまま右手を壁にし、なぞるように沿って歩いている。


 実は、俺が最初に落ちた崖から眺めると、スノードラゴンへと続く通路の反対側にも、道は続いていた。

 ただ同じように強力な魔物と遭遇しては命の保証は無いし、単調な岩壁ばかりで意外と身を隠す場所にも乏しかった。


 外の方が木々があるためいざとなれば身を潜めることもできる。

 何より日が昇れば外の方が明るい。寒ささえ我慢すれば、こっちのほうが精神衛生上マシとも思えた。意気揚々とまではいかないが、今のところ魔物の気配も無いのでさくさくと進む。


 ただし足元だけには注意した。不用意に踏み込むと崩れそうになる地面が所々にある。稀に、昨日見た空の青さが地面からも垣間見えたりもした。

 一晩経ったがあれは夢じゃなかった――そのことを寒さと共に知覚させるようで、意識を失う前に自分がいた地上とは違うと告げられているようだった。


 幸いにも、幾重もの木の根が重なっているため「足を踏み外したら即真っ逆さま」ということにはならなそうだ。高所恐怖症でなくて良かったとも思う。


 道中で薬草も拾った。

 

 名称:薬草

 種別:薬草

 クラス:I

 ???:???

 

 武具と違って項目は多くない。

 この様子だと、何となく効力や説明書きが「???」に当てはまりそうだが……。

 とりあえず背中のカゴへと放り込む。薬草は加工したほうが効果は高まるが、生でも食べれば体力回復にはなるし、傷の手当てにも使える。


 それにしても――。


 今は洞窟の外を壁伝いに歩いていて、それは森の中でも迷わないようにとの思案からだった。


 それが、いくら進もうとも果てが見えない。まるで山伝いの道を延々と進んでいるようで、途切れるところを知らないのだ。


 そんな中、黙々と動かしていた足をピタリと止める。意図してというよりは思わず歩みを止めた。


「ここ、何となく見覚えがあるような……」


 自身の置かれた状況も場所も不明瞭なのに、感覚だけがそう告げてきた。


 引き続き森の中だが、やや木々がまばらになってきている。

 自然物なので密度が減ることは当然あるものの、それが意図的に、人手によって減らされているとなれば話は別だ。


 そしてさらに足を進めたところにひとつの切り株があった。つまり、ここは後者だ。


 木目の断面手前に、一本新たな芽が出ているその切り株には見覚えがある。何故なら俺が採集から村へと帰るときのちょっとした目印にしていたものだったからだ。


 ドクン、と心臓がひときわ大きな鼓動を打つ。

 

 右手にある洞窟の壁にまたも手を当て、離れないように、次第に足取りが速まっていく。

 

(やっぱりそうだ……。でも………………これは一体、どうなんだ?) 

 

 森が切り開かれているのは村で使う木材のためだ。建材にしろ木炭にしろ伐採した木が……いや、今そんなことはどうでもいい。


 まもなく、意図した場所へと到達する。

 俺が住んでいた村の入り口は、ささやかだが道の左右に柱があり、上でアーチ状に結ばれ『ホルン』の名が吊り下げられていた門構えがあった。

 

 その看板が、今俺の足元にある。

 

 眼前に広がるのは、大半を失った無残な村の姿だった。



= = = = = = = = = = = = = = = = = = = =  



 あることに気づいてから、嫌な予感はしていた。

 ――あることというのは、切り株を正中に捉えての村の方角。


 簡単に言えば、切り株の後ろに立って二時の方向が村の中心だった。

 今現在で言えば――そう、右手の壁があるところ。言い換えればその向こう側と言ってもいい。


 無残な姿というのは、たぶん正しくない。

 

 村の入り口にあったアーチ状の門はたしかに崩壊していたが、それは村はずれで、壁の隆起と場所を同じくしていたからだ。

 村にあったはずのほとんどの家屋は、その姿すら見当たらない。


 …………つまりは、今壁がある位置、その向こう側が元の村のあった場所だ。


 これまで頼りにしていた壁が今はむしろ腹立たしく、俺はがんっと拳を立てては体ごと謎の壁を正眼した。


「たぶん、この向こう側だ」


 今度は手のひらを当て、壁に額をつける。ひんやりとした冷たさと硬さ。

 壁の向こうにあるだろう俺が住んでいた村――。


 安全性を考えてまずは外を散策したが、ここまでに至っては失敗だったことを悟る。


 ただ、


「親方の家は、村の入り口からまっすぐの位置にある」

 

 それが誰にとっての吉なのか、凶なのかもわからない。森に遮られ正面とはいえここからでも見通せはしなかった。


 事態がどちらに傾斜するのが正解かもわからず、祈るようにして止めていた足を動かし、元村のあった奥へと直進――。

 途中に寝藁などが収められた納屋が一軒あったが、当然のように誰もいなかった。


 そして吉凶が半分ずつの姿で俺の前に現れる。


「…………」


 憮然と眺める。


 親方の平屋は、正面から見て左半分に居住スペースがあり、右半分が工房と店だった。

 そして壁があるのは、引き続き俺の右側。


 家屋全体は左半身の、そのまた半分以上が削り取られていた。元の居住スペースの一部分だけが、俺の立っている壁の外側に残っている形だ。


 先ほどの村の門構えと同じく、発生した巨大な壁によって親方の平家はまっぷたつにされていて、わずかな残りが俺の前に佇んでいる。


「親方! マーさん!」


 森閑とした残骸を前に俺の声は冷たい空気に溶けいき、それに対する返事はなかった。


 二人の安否が気遣われる。

 地震で怪我などしてしないだろうか、壁の向こう側で無事にいるだろうか。多少の怪我なら、まだマシかもしれない――――首を往復させる。込み上がるものを押さえつけた。


 残っていた家屋は傾き、立っているのがやっとと言わんばかりだ。

 工房側とは別に、居住側にも扉はある。今俺の前にある扉は寝起きする側の部屋にあたり、さらに言えば入ってすぐ左端は俺の部屋だった箇所だ。


 ドアノブを捻るが、立て付けが悪くなった扉は容易には開かない。

 無理に開けることで崩れることを懸念する。一歩下がって家の輪郭を眺めると、あったはずの右半身の代わりに、居住側は巨大な壁に身を寄せているようで、たぶん開けて崩壊することまではなさそうだ。


 ぐっと力を込め扉を開ける。開くと腕を伸ばす程度の幅の距離に、次の扉があった。廊下と呼べないほどの狭い空間を挟んで、すぐ目の前にあるのが俺に充てがわれた部屋だった。

 真っ二つにされた家が所々軋みをあげる。それでも、部屋の状態を辛うじて維持していた。

 

 その扉を押し開ける。「ぎぃっ」と音を立て、自室の空間を見た。思わず苦笑にも微笑にも似た空気が鼻から抜ける。

 わずかな期間ながら、確かに自身が起居していた空間で、ベッドがあるものの日が浅いため家具や飾りに乏しく、それでいてそのわずかに物が散乱している。わびしくもあり、それでも安堵感も覚える不思議な感慨だ。


 とりあえず備え付けの夜光石のランプ――は床に落ちていたためガラスの一部が割れていた。それでも使えないことはないのでカゴへと吊り下げる。


 あと使えそうなものは、と――。

 一歩進むとつま先に何かが当たり、見下ろす。


 『工房に立つなら火のひとつも起こせるようになりやがれ』と親方から押し付けられた火打金だ。


「まだこれで火を点けられたことないんだよなぁ……」


 独り言ちてポケットの中へと無造作に突っ込む。昨日はマリネが焼いた残り火を火種にしたが、次はこれに頼るしかない。ナイフで擦ってなんとかならないものか。


「とりあえず、こんなところか」


 悲しいほどに何もない。


 次は――これからの方針だ。


 不幸中の幸いにも俺の部屋はかろうじて寝起きできないこともない。雨風を凌げるだけでもだいぶ違うためここを起点にするのは良策と思うが、逗留するには物資のほうが心許ない。


 そうなれば、結論はひとつだ。


「ここを拠点にして周囲を探索する、か」


 とりあえず余分な『鉄の剣』や『デビルズレッドアイの毛皮』を置いていく。

 『デビルズレッドアイの肉』や『薬草』あたりは道中で必要となるかもしれない。

 

 毛皮は、生臭さを取るため紐を天井に張りそこに干した。一枚はカゴの穴の応急処置に底に敷く。

 肉も、今日食べない分は外に干す。干し肉になれば日持ちもするだろう。

 骨は捨てていこう……として手が止まる。もしかしたら使えるかもしれないとカゴへと放り込んだ。


 普段着の服や飲料水用の革袋は除くとして……。

 とりあえず持ち物を整理するとこんなところだろうか。


 バックパック:

 (装)穴空きのボロいカゴ


 持ち物:

 (装)サラマンドラローブ

 (装)鉄の剣

 ビギナーズナイフ

 デビルズレッドアイの肉 x 2

 デビルズレッドアイの骨 x 8

 薬草

 夜光石のランプ

 火打金


 鉄の剣を手に、ナイフは予備として腰の後ろ、ベルトへと挿した。

 準備を整え、再び外へ――。

 

 部屋の扉を出たところで、脇の茂みががさりと鳴った。心臓が鐘を打つ。

 鉄の剣を握る手に力をこめる。いい加減この手の脅かしはやめてほしいと心からに思いながら。


 嫌な汗がじっとりと額を流れ、背中にも水分が伝う。じっと、茂みから魔物が飛び出してくるのを待った。


「………………⁇」


 何も、出てこない。

 デビルズレッドアイという苦い経験はあったが、今俺の手に握られているのは鉄の剣だ。ナイフに比べれば幾分頼りになる武器で、意趣返しに一刀両断にしてやろうと思っていたところ。


 ――が、何も出ては来なかった。


 俺は念のため薄氷を踏むようなステップで横を通り、そのまま茂みを離れていく。


 まだ、太陽がてっぺんからわずかに傾き始めた時分だ。


 周囲に人はなく、頼りにできるのは己だけだ。とりあえず生きていけるだけの物を集めるためには探索が必要で、ついでではないが村の人たちの行方についても何かしら手がかりが欲しい。


 俺は三度、洞窟へと足を向けた。

 

 ――洞窟の入り口を抜け、三度坂を滑り降りる――。


 一瞬、右へと足を向け残りのデビルズレッドアイを回収しようかとも思ったが、それは帰路での収集にしようと決める。


 左が、未開拓の領域だ。

 悪寒が走り、身震いする。


 空洞内は夜光石が点在しているとはいえ薄暗い。俺はランプを手に取りつまみを捻った。

 ブラインド状になっている部分が開き、天然のそれとは異なる、高密度の夜光石の灯りが漏れ出る。


 これが無くても歩けないことはないものの……そこは多少ビビっている部分もあるわけで、少しでも明るいほうがいい。

 

「さて、行くかっ!」


 せいぜい声だけでも気合を込めないと足が竦みそうだ。俺はなけなしの勇気を振り絞って暗がりの道へとゆっくりと踏み出していった――。

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