第八話 壁は超えるのではなく叩き割るもの

「――それでね、スノードラゴンを退治するって言い始めてね――」

「それ、昨日も聞いた」


 少し距離を空けて前を歩くリーサが俺へと振り返る。

 彼女の「おや?」という双眸を見て自覚した。不承不承とかは今の自分のことを言うのだろうな、と。


「随分とご機嫌斜めだね〜?」

「だってこれ、デートじゃなくてただの採集じゃん」


 俺は獣道に散らばる枝を拾い集めながら、リーサに遅れないようこまめに足を動かす。


 マーさんはカシカシの木と言っていた。たしかにカシカシの木は燃焼時間が長く有用だが、要は燃料にする木材が必要なだけだ。

 そのため燃えやすそうな枝を見つけては拾い、手短に折ってはカゴへ――。さっきからこれの繰り返しだ。


 これ、どう見てもただの採集でしょ……。

 デートの片鱗は唯一、女の子と歩いていることぐらいだ。

 そんな無慈悲なただの現実は、元の世界の学業の範囲内でだっていくらか挙げることができるはず。――たぶん。


「だって〜。そうでも言わないとイツキ、わたしと外出なんてしてくれないでしょ?」

「『採集について行っていい?』と言われたって首を縦に振ったよ」

「前にそう言ったら『見世物じゃないんだ。デートなら付き合う』って首を横に振ったじゃん」


 「そうだっけ?」と、言った俺はさぞとぼけた顔をしていただろう。誤魔化すように手元の枝をポキリと折っては背中へと放り込んだ。

 そう言えば、以前リーサが「でーと……って何?」と首を傾げた姿を思い出した。どうやら犯人は俺だったらしい。


 そのときはたしか、『真眼』を物珍しくまじまじと見つめられて思わず意図しないことを口走った気がする。

 親方が『キンメ』と呼ぶのに倣ってリーサが連呼する様がちょっと可愛くて照れくさかったのと、目を見つめられることの気恥ずかしさもそれに加わったことを思い出した。


「ね、ね。こんな可愛い女の子とデートする男の子の気持ちってどんな感じ? ドキドキしてる?」

「冗談とわかってるけど自分で『可愛い』とか言っちゃってるよこの子。――前向きなさい前。ただでさえ転びやすいのに」


 後ろ手に、こちらを覗き込むようなリーサの仕草。俺が注意を促すと「ぷーっ」と頬を膨らませてくるりとターンをする。肩から掛けられた彼女のバッグが遠心力で浮き上がった。


 まったく、本当に心臓に悪いんだから……。 


 ちなみに「転びやすい」というのはおためごかしに言ったわけではない。

 彼女の一見無駄な肉がなさそうな姿は機敏そうにも見えるが、その実運動神経とは必ずしも連動しないことを幾度となく証明してきた。


 端的に言えば運動音痴――。冒険者としては本来絶望的で、だからこそ魔法のスキルを伸ばそうと試みる気持ちもわからなくもない。

 

 ちょくちょくコケてはスカートの中身を露わに――けふんけふん。

 と、俺の厨二病的思考は置いておくとして。


 そんなどうでもいいことを考えていると、いつのまにやら目的地に到着した。


 ぽっかりと現れたのは採掘場だ。森の中に突如として現れる石壁で、これまで何度も採掘してきた証のように人工的に切り揃えられた段が左右へと伸び、それが階段状に重ねられている。


 俺はカゴに入れていたツルハシを掴むと、まずはスキルを発動する。


 黄土色の壁を見遣ると、『砂岩』と浮き出てきた。

 発動するまでもなかったが、この層は砂が固まっただけの岩で、当然ながら今日の俺のターゲットではない。


 そのまま顔を横へとずらす。色が異なる境界線を越えると、スキル『真眼』の視界に浮かぶ名称も変化していた。


 『鉄鉱石』


 このあたりだな、とあたりをつける。


 ――そう、これがこのスキルのもうひとつの有用性だ。

 武具アイテムばかりではない。必要な材料の鑑別ができるのだ。多種の材料を必要とする鍛冶屋にはうってつけとも言えるスキル。

 

 ついでのように握った手の中のものを鑑定した。

 

 『古びたツルハシ』


 ――正直か。

 俺は内心で己のスキルにツッコミを入れながら、デートもどきの不満を晴らすように鉄鉱石の壁へと鋭利な先端を突き立てた。

 勢いそのままにガンガンと、ストレス発散のように壁を殴り続ける。

 

 突き立てながらそういえば、とリーサの姿を探す。

 横目を流すと、いつの間にか平らな岩へと腰を下ろしニコニコ顔で頬杖をついている彼女がいた。


 口元が三日月のような弧を描き、目尻が下がっている様子はまるで――。


 これはもしかして……もしかすると? マーさんの言葉が思い出された。


「そんなに、俺のカゴ姿って魅力的?」

「いや、カゴは別に」

「やるせない……」


 少し真顔に戻った彼女にばっさりと言い切られる。俺はともかくカゴが可哀想だ、ということにして自身の傷心を慰めた。


「――でも、壁に真剣に向き合う姿は、悪くないわね」

 

 壁からポロリと鉄鉱石の塊が落ちた。

 それを手に取り、数秒眺めてから背中のカゴへ。ひっそりと心の中でガッツポーズをしながら、同じく内心でマーさんへと敬礼――。


 「壁と向き合う姿」かぁ……。

 元の世界でいろんな壁から逃げてきた俺には、それが別の意味に聞こえてならず、どこかじくじくと心の疼きを覚える。


 妙な感慨に浸りそうになるのをツルハシに込める力で霧散させようとし、黙々と作業を続けた。


 ぐーっと伸びをしたリーサは、何を思ってか伏し目がちしている。


「今日は付き合わせてくれて・・・・・・・・・ありがとうね」

「言い得て妙というか……確かに採集に付き合ってもらってるけど、もうちょっと手伝ってくれてもいいんじゃない?」

「デートなんだから女の子に重い物もたしたりしちゃダメよ?」

「このあいだまでデートの意味も知らなかったのに……。それにこれ、ただの採集じゃん」


 俺は見向きもせずに壁へと鬱憤をぶつける。夢中でガンガン行こうぜを敢行していると、リーサが出し抜けに言った。


「……昨日、魔導書を受け取ったじゃない?」

「そうですねー」

「使ったら、しばらくイツキには会えなくなるんだなーって思ったら、なんでもいいから理由をつけて一緒にいたくなっちゃって。ちょっとした話し納めかなって、そう思ったの」

「……そんな大げさな」


 でも、だからか。


 リーサは膝に乗せたバッグを小動物の頭にでも触れるような手つきで撫でている。俺の方はそれ以上の言葉が見つからず、無言の溝を埋めるように壁を打ち続けた。まとまりのない石塊がぽろぽろと地面へと落ちていく。


 一度手を止め、足元の小さく尖った鉄鉱石の破片を手に取り鼻を鳴らす。ぽいっと捨て、リーサを見る。待っていたようなリーサの瞳と、視線が絡んだ。

 

 彼女は尻をはたきながらおもむろに立ち上がる。彼女は一度目を閉じるが、開くとまだ目が合ったままだった。 


 あれ……何だか図らずも良い雰囲気?

 女子耐性の低い俺とは言え、この状況がわからないほど鈍感でもない。


 彼女がにじり寄るように一歩を踏み出すのに合わせて、俺も力なくツルハシを持つ手をだらりと下げながらに近づく。

 一歩、また一歩と、彼女との距離が縮まる。


 ――え? マジで?


「きゃっ!」


 ――――彼女が、盛大にコケた。

 

 俺は思わず口元が緩んで吹き出す。

 まぁそうだよな、と妙な納得感を抱きながら、それはそれとしてリーサを起こそうと手を差し伸べた。


「まったく……そんなんでよく冒険者になりたいなんて言ったもんだよな。『運動音痴が世界を救う』なんて聞いたことがないよ」


 彼女は強かに地面とキスした鼻をさすりながら、俺の手を取る。


「むぅー……。ありがとっ。でもま、魔法使いなら呪文詠唱ばかりだからそんなに動き回らなくても……」

「そういう意味でなくて、魔物相手に立ち回れるかって話だよ」


 彼女を引っ張り起こす。リーサがスカートの前をはたいている様子を眺めていると、ふと彼女の足元に目が留まった。


 彼女を揶揄からかおうとする気持ちが一気に鳴りを潜め、口からはまったく別の感想が漏れる。


「それにしても……ここってこんなに木が生い茂っていたっけ?」


 彼女の足元には這い回るようにびっしりと根が張っていた。土の地面というよりは、まるでイカダのうえに乗っているような、そんな足元だ。

 リーサがこけやすいことを差し引いても、さすがに足元が悪いと言わざるを得ない。


「たしかに。……だってここ、採掘場だから地面はむき出しだったはずよね?」


 ――彼女の言う通りだ。

 俺は手に収まる柔らかな感触に浸る間もなく、去来したわずかな違和感を感じる。

 

 この場所は鉱物を採掘する関係で周囲の木々は伐採されていた。

 俺自身も、親方と斧を手にいくらか切り開いたので記憶も鮮明で、おまけに前回ここに来たのはわずか一週間ほど前でしかない。


 前は、こんな風景ではなかったはず――。

 以前は裸になっていた地面に、今はリーサが足をとられるほどの木々の根が一面に広がっているのだ。


 妙な悪寒に背筋が粟立ち、ぶるっと肩が震える。

 木々で陰った薄暗い森はどこか森閑としていて、小慣れたはずの場所なのに恐怖までも覚えてしまいそうだ。

 耳に届く鳥のさえずりさえ、どこか落ち着きに欠けているような。


 何だか、妙だ――。


 そう思っていると、遠くの方から静謐せいひつさを破るようなかすかな地鳴りが聞こえてきた。

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