第三話 真眼という能力

 月日が経ち――。

 

 俺は異世界の片田舎、ホルンという村にいた。


「イツキ、客だ! 武器とアイテムの鑑定をしてくれ!」


 呼び出しに生返事をして整理作業を一時中断する。

 工房にいた俺は暖簾のれんを潜り、客向けの店内へと足を踏み入れた。


 そこには先ほど俺の名を呼んだこの店の店主と、タッパはあるが肉つきが薄い華奢な男が、互いにカウンターを挟んでいた。

 カウンター越しの男のほうが俺の存在を認めた瞬間、ぎょっと目を剥く。


「お、おや、イツキの旦那もおりやしたか。今日は採集に出てたのではなくて?」

「予定が変わったんだよ。今日は店の手伝いだ」


 男の声が震え、油が刺されてない機械人形のようにぎこちなく首が向く。

 俺は店のロゴが刺繍されたエプロンを畳み、カウンター上に並べられたアイテムの隣にそれを置く。


「イツキ、お得意様・・・・のオーウェンからの売り注文だ。鉄の剣に、中級ポーションが三本」


 肘をつきながら豪奢な口髭を撫でる親方。お得意様と言う割にその客を睨め付けているのには訳がある。

 オーウェンと呼ばれた客の男はせわしなく店内へと視線を泳がせながら目に見えて脂汗を流していた。


「中級ポーションねぇ……どれどれ――」


 俺は半年前に与えられたスキル、『真眼』を発動した。

 台の上に並べられた剣と、透明の小瓶三本を順繰りと舐めるように見つめる。武器とアイテムのそれぞれを正面から見据え、浮かび上がる各々の名前を確認していった。


「おやっさん。俺がいないときはこいつからアイテムの類を買わないほうがいいっすよ」

「――てぇと?」

「鉄の剣と、こっちのは確かに中級ポーションだ。だけどこっちの二本は容器こそ中級ポーションだが中身のほうはただのポーション――」


 そこまでいうと、親方は台の上に乗り出しオーウェンの胸ぐらへと掴みかかった。


「てんめぇ! また偽物掴ませようとしやがって! 剣ならまだしも薬瓶は見分けがつかないと高を括っての所業かぁ!」

「すんませんすんません! まさかイツキの旦那がいる日とはつゆ知らず――」

「いなかったらそのまま嘘こいてアイテム売りつけようってかぁ⁈」


 青筋を立てて怒り狂う親方を横目に、俺はアイテムの買取リストを眺めた。

 それぞれの値段を確認しながら手早く冷静に価格を合算していく。


「――しめて銀貨三枚に、銅貨十五枚ね。まいど」


 親方が一応の客であるオーウェンを締め上げている間、淡々とした手さばきで硬貨を数え、たっぷり間をとるように積み上げる。


 相場にもよるが中級ポーションはポーションの五倍の値で取引されていた。

 親方を前に堂々と嘘をつき通そうとした軽挙はともかく、値段だけ見れば動機だけは理解できないこともない。


 ただし、俺がいたことがオーウェンの運の尽きだ。


「くっそぉ、イツキがいないと思って来たのになぁ……」


 オーウェンは咳をしながら襟元を正し、ぶつくさと硬貨を掴み取る。

 親方が「まだ言うか」と剛毛の眉を上げて眇めた。


「これでも上がっている相場通りの買い付けなんだよ。快く支払ってやるだけでもありがたいと思え! 今度はだまくらかそうとしたらただじゃおかねぇからな!」


 鍛冶屋ならおおよその武器の種類と材質ぐらいは容易に判断できるが、アイテムとなるとそうはいかない。

 薬なら薬師、武器なら鍛冶屋のように、各専門家が日々の経験と研鑽を積んで初めて判別できるようになる。

 一方、ここは小さな村だけあって道具の専門店は無く、親方の店がそれを兼ねているような状況だ。


「それにしても、相変わらずお前の金眼キンメはすごいな」

「おやっさん。金眼キンメでじゃなくて『真眼しんがん』です」


 俺のスキル発動時――。

 最初こそ気づかなかったが、黒の瞳が金色に変わる。親方なぞはそのままに『キンメ』と呼んだ。放っておいても大過ないが、なんだかまな板に上げられたような気分で思わず否定したくなるのが常だ。


 半年前に、ドライアドから与えられたスキル――。

 意気揚々と臨んだ異世界生活ではあったが、憧憬は日を追うごとに無残にも崩れていった。


 ドライアドの言い様は辛口だったが、ある意味正しくもあった。俺は異世界に召喚された後、最初の王都で冒険者を夢見たが、結論からしてその願いは叶わないままになっている。


 魔物と戦うスキルが無い――。これは、先駆のスキル保持者と比肩して絶望的な差だった。

 それどころか日々の食い扶持を支えるだけでも精一杯で、当初は根無し草の生活を送る羽目になるほど。


 これなら召喚される前のほうがマシだった、そう何度思ったことか。目に水分を溜めた回数など両手指の数に足の指を足してもまだ足らないぐらいだ。


 スキルを活かして雇ってもらおうにも相手からしたら真偽のほどは定かでない。スキルという才能を殺して、ただの肉体労働で日銭を稼ぐ日々が続いた。


 時にはとある盗賊と勘違いされ冤罪を掛けられたり、影の魔物と呼ばれる特殊なゴブリンに襲われたりで、辛酸を舐めることもあった。

 

 それでも、この世界で生きていけると思えたのは鍛冶屋の親方に出逢ってからだ。

 

 王都でも鍛冶屋を営んでいた親方は国から指示される大量注文に辟易していた。なんでも戦争で必要になる武器らしく、需要も上がっていたとのこと。

 街中は一見活気に満ちているが、その実魔族との慢性的な戦争状態で国庫の多くは戦争へと浪費されていた。

 『命を守れる武具を』――職人気質がまんま皮を被ったような親方の信条であり、武具を打つことのモチベーションでもあった。


『おめぇさん、うちで働いてみる気はあるか?』


 それから俺は鑑定役として自身のスキルを役立てる場所を見つけた。

 魔物と対峙するスキルとしてはともかく、真っ当に活かせばこの能力は仕事に対してそれなりに有用だ。


 まず武具やアイテムの鑑別。

 アイテムが多岐に渡るこの世界での優位性は想像を超えていた。

 それこそ武器だけでも軽く千種を超え、魔道具に限ってはその倍以上とも言われており、おまけに日々新しい品が作り出されている。

 伝説の代物から不思議な効力を秘めるもの、はたまたカーストじみたものまで実に種々様々だ。

 

 『真眼』は対象の能力まではわからない。――とはいえ名前さえわかればある程度のことは想像がつく。

 今の鉄の剣や薬の類がそうだ。本来は何年も掛けて鑑定屋としての経験を積み判断しなければならないところ、この能力があれば偽物を摑まされることはない。

 ただ、経験が活きる生業だからこそ、この見た目の年齢で能力を信じてもらうにはかなりの労力を必要としたのだ。


 今では徐々に実績を積んだことで最初は王都の、そして今はこのホルンの村人の信用を得た。親方の威を借りているところも正直あるはある。

 もともと怪訝していた親方は俺の鑑定能力が本物であることを認めると、以前から考えていたよう片田舎へと引っ込み今では質の高い武具の生成に努めているのだ。

 遠方からも冒険者が買いにくるほどで、村に住んでいる割に商売は上々だ。


 それに、鑑定スキルが役立つ理由はもうひとつある――。


 未だぶつくさと恨み言を並べるオーウェンを眺めながらそう回顧していたときだった。

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