第1章

05 『真眼』

 少しの月日が経ち――。

 

 俺は異世界の片田舎、ホルンという村にいた。


「イツキ、客だ! 武器とアイテムの鑑定をしてくれ!」


 村の中でも森に近い鍛治工房に俺はいた。

 その店の奥で在庫の整理をしていたところに威勢の良い声を掛けられ、生返事を返しながら表へと通じる暖簾のれんを潜った。


 そこにいたのは先ほど俺の名を呼んだこの店の店主だ。いかにも鍛治仕事に向くような膨らんだ筋肉を持ち合わせ、口と顎の両方に立派な髭を蓄えている。

 一方で対面にいるのは背丈はあるが肉つきが薄い華奢な男だ。互いにカウンターを挟んで対面していた。

 その客のほうが俺の存在を認めた瞬間にぎょっと目を剥く。隠しきれない狼狽した様子が俺の目には鮮明だった。


「お、おや? イ、イツキの旦那もおりやしたか。今日は採集に出ていたはずでは……?」

「予定が変わったんだよ。今日は店の手伝いだ」


 男の声は震え、油を失った機械のようなぎこちなさで顔が逸らされる。

 俺は店のロゴが刺繍されたエプロンを畳みながら、カウンター上に並べられたアイテムを眺めた。


「イツキ、お得意様・・・・のオーウェンからの売り注文だ。鉄の剣に、中級ポーションが三本だとよ」


 肘をつきながら豪奢な顎髭を撫でる親方。

 親方が「お得意様」と言う割に、その客を睨め付けているのには訳がある。


 その客、オーウェンと呼ばれた男のほうはせわしなく店内へと視線を泳がせ脂汗を流し始めていた。


「中級ポーションねぇ……どれどれ」


 俺は半年ほど前に与えられたスキル、『真眼』を発動した。

 台の上に並べられた剣と、透明の小瓶に入った三本分の液体を順繰りと舐めるように見つめる。

 武器とアイテムのそれぞれを正面から見据えては、浮かび上がる各々の名前を確認していった。


「――親方。俺がいないときは、こいつからアイテムの類を買わないほうがいいっすよ」

「――てぇと?」

「鉄の剣と、こっちの一本は確かに中級ポーションだ。だけどこっちの二本は容器こそ中級ポーションだが中身のほうはただのポーション――」


 そこまでいうと、親方は台の上に乗り出しオーウェンの胸ぐらへと掴みかかった。


「てんめぇ! また偽物掴ませようとしやがって! 剣ならまだしも薬瓶の中身は見分けがつかないと高を括っての所業かぁ!」

「すんませんすんません! まさかイツキの旦那がいる日とはつゆ知らず――」

「いなかったらそのまま嘘こいてアイテム売りつけようってかぁ⁈」


 青筋を立てて怒り狂う親方を横目に、俺は冷静にアイテムの買取リストを取り出し眺めていた。それぞれの値段を確認しながら硬貨へと手を伸ばす。


「――えぇっと、しめて銀貨三枚に、銅貨十五枚ね。まいど」


 親方がオーウェンを締め上げている間、淡々とした手さばきで硬貨を数えたっぷりとをとるように積み上げる。


 相場にもよるが中級ポーションはポーションの五倍の値で取引されていた。そんな価格差だけに動機は理解できないこともないが、だからこそ親方を前に堂々と嘘をつき通そうとした軽挙には締め上げられて当然の結果が伴った。


 つまり、俺がいたことがオーウェンの運の尽きだ。


「くっそぉ、イツキがいないと思って来たのによぉ……」


 一応の客は咳をしながら襟元を正し、ぶつくさと硬貨を掴み取る。

 親方が「まだ言うか」と剛毛の片眉を上げて睨め付けた。


「これでも上がっている相場通りの買い付けなんだよ。快く支払ってやるだけでもありがたいと思え! 今度はだまくらかそうとしたらただじゃおかねぇからな!」


 鍛冶屋ならおおよその武器の種類と材質ぐらいは容易に判断できるが、アイテムとなるとそうはいかない。

 武器なら鍛冶屋のように、薬のようなアイテムなら薬師のほうが目が利く。各専門家が日々の経験と研鑽を積んで初めて判別できるようになるというものだ。一方ここは小さな村だけあって道具の専門店は無く、親方の店がそれを兼ねているような状況だ。だからこと村人がアイテムを売りに来るわけで。


「それにしても、相変わらずお前の金眼きんめはすごいな」

「おやっさん。金眼きんめでじゃなくて『真眼しんがん』です」


 俺のスキルは、発動時に黒の瞳が金色に変わる――。

 最初こそ気づかなかったが、親方なぞはそのまま『きんめ』と呼んだ。放っておいても大過ないが、なんだかまな板に上げられたような気分で思わず否定したくなるのが常だ。


 半年前に、ドライアドから与えられたスキル――。意気揚々と臨んだ異世界生活ではあったが、憧憬は日を追うごとに崩れていった。


 ドライアドの言い様は辛口だったが、ある意味正しくもあった。俺は異世界に召喚された後、最初の王都で冒険者を夢見たが、結論からしてその願いは叶わないままにここに至っている。


 理由は簡単だ。魔物と戦うスキルも、経験も無い。

 これは、先駆のスキル保持者と比肩して現実を思い知らされる差だった。


 それどころか日々の食い扶持を支えるだけでも精一杯で、当初は根無し草の生活を送る羽目になるほど。


 これなら召喚される前のほうがマシだった、そう何度思わされたことか。目に水分を溜めるような口惜しい経験をしながら、スキルを活かせないままにただの肉体労働で日銭を稼ぐ日々――。


 時にはとある盗賊と勘違いされ冤罪を掛けられたり、魔物に襲われたりで、辛酸を舐めることもあったぐらいだ。

 

 それでも、この世界で生きていけると思えたのはこの親方に出逢ってからだ。

 

 王都でも鍛冶屋を営んでいた親方は国から指示される大量注文に辟易していた。なんでも戦争で必要になる武器らしく、需要も上がっていたとのこと。

 街中は一見活気に満ちているが、その実魔族との慢性的な戦争状態で国庫の多くは戦争へと浪費されていた。


『おめぇさん、うちで働いてみる気はあるか?』


 王都を離れるきっかけを求めていた親方と、自分のスキルを役立てられる場所を探していた俺。利害が一致して、俺は鑑定役として再スタートする。

 魔物と対峙するスキルとしてはともかく、真っ当に活かせばこの能力は仕事に対してそれなりに有用だ。


 まずはさっきの通り武具やアイテムの鑑別――。


 アイテムが多岐に渡るこの世界での優位性は、想像を軽く超えていた。

 それこそ武器だけでも千種を超え、アイテムに至ってはその倍以上とも言われているうえ、日々新しい品が創出されている。


 それこそ伝説の代物から魔力だけでは説明不可な効力を秘めるものまで、実に種々様々だ。

 

 『真眼』は対象の能力まではわからない。

 とはいえ名前さえわかればある程度のことは想像がつく。


 今の鉄の剣や薬の類がそうだ。本来は何年も掛けて鑑定屋としての経験を積み判断しなければならないところ、この能力があれば偽物を摑まされることはない。


 ただ、経験が活きる生業だからこそ、この見た目の年齢で能力を信じてもらうにはかなりの苦労が伴った。


 今では徐々に実績を積んだことで最初は王都の、そして今はこのホルンの村人の信用を得た。親方の威を借りているところも正直ある。

 そこに親方の質の高い武具だ。遠方からも冒険者が買いにくるほどで、村に住んでいる割に商売は上々だ。


 それに、鑑定スキルが役立つ理由はもうひとつある――。


「またのお越しを」


 いまだぶつくさと恨み言を並べながら背を向け帰る客を見送りながら、そう回顧していたときだった。

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