五 黄色の蝶

花祭りの後、八幡姫はまた具合を悪くした。

その後少しして、黄色の蝶が大量に群れ飛ぶという怪異が鎌倉に起こる。特に八幡宮に多いと、臨時の神楽が行われることになった。


「黄色は五行では土を意味します。それが乱れ飛ぶのは地震の前触れかも知れません。それを鎮める為、大地を踏みしめる神事、相撲神事を行ないましょう」

藤原邦通の言葉に従い、腕に覚えのある男らが十数人集められる。

土俵に見立てられた縄の内側にヒメコが入り、住吉が祝詞をあげ、託宣を待つ。だが、なかなか降りてこない。その内、飽きた男らが勝手に相撲を始めた。四股を踏み、褌姿でぶつかり合い始める。

「よっしゃ、俺の勝ちだ!」

「何を!お前の肘の方が先に土についたぞ!」

「違う!お前の肩の方が先だ!」

言喧嘩になりかける。坂東武者は、元々血の気が多い。往来で肩がぶつかっただけで刀を抜き合うような荒らくれ者達だ。

「これこれ、相撲は此処で。互いに見合って礼をしてからですぞ」

やんわりとした邦通の声では男達は収まらない。

「おら、退け!勝負のやり直しだ!」

言って、男が二人縄の中に入って来る。その勢いに慌てたか、邦通は手にしていた升の中の塩を彼らの上にぶちまけてしまった。

「何しやがる!」

「いやいや、済まぬ。場が折角清まったのにと慌ててしまいました」

「何ぃ!俺達が汚ないとでも言うのか!こいつ文官で大した役に立ってない癖にいつも偉そうに指図しやがって気に食わなかったんだ。一回痛い目に遭わせてやる!」

男の一人が邦通に掴みかかる。

咄嗟にヒメコは左手でその男の太い手首を掴んで引っ張った。

「あなたのお役目はここで四股を踏むことです!」

太い手を引いて中央に立たせる。

男が目を見開いてヒメコを見た。それから毒気の抜けた顔で口を開く。

「四股?」

ヒメコは頷く。

「はい、四股を踏んでください。二人で向き合って。私が十まで数えますので、それに合わせてくださいね。さ、いきますよ」

中央に立たされた男が目を瞬かせながら両手両足を大きく開いて腰を深く落とし、その膝の上に掌を乗せる。それを見たもう一人の男が慌てて縄の中に入ってきて向かい合うと、同じように腰を深く落とした。

ヒメコは数を数え始める。

「ひとぉ」

二人の片脚がガバァッと高く高く上がる。それから風を起こしてズゥンと土を踏み締めた。

「ふたぁ」

また起こる風に地響き。

「みぃ。よぉ。いつ。むぅ。ゆぅ。なな。やぁ。ここのぉ」

「たぁり」

ズズゥン!

十数え終わり、ヒメコはパンパンと柏手を打った。

「はい、おしまいです。有り難うございました」

頭を下げて去ろうとした瞬間、左腕がひどく引き攣れてヒメコは呻いた。その場に膝をつく。

「おい、どうした?大丈夫か?」

「姫御前、どうされた?お怪我でも?おや、これはいかん。方々、急ぎ巫女殿を御所へ!」

「おぅ、わかった!」

「彼女は御所様と御台さまが殊の外、大事にされている女官で比企の姫君ですぞ。くれぐれも丁重にお運び下されよ!」

邦通と男たちの声が聞こえたけれど、ヒメコはすぐに意識を失ってしまった。


「姫御前!ヒメコ!大丈夫?」

誰かの声で目を覚ます。アサ姫が覗き込んでいた。

「御台さま」

声を上げれば、アサ姫はホッとしたように頷いてくれた。

「姫御前!」

八幡姫も顔を出す。

「姫さま、お体は?」

身体を起こそうとしたら、肩を押さえられた。

「私は平気だから!姫御前は動いちゃ駄目!」

言われてヒメコは大人しく目を閉じた。左腕が鈍く重い。これはどこかで覚えがある。あれはいつだったっけ?

そう思いながらまた意識が遠のいていく。


再度深く眠ったヒメコは三日三晩眠っていたらしい。四日目の朝にスッキリと目覚めた。


「姫御前、身体は平気なの?暫く休むように御所様も御台さまも仰ってたわよ」

阿波局が心配して声をかけてくれるが、ヒメコは笑って首を横に振った。

「もう何ともありません。ただの寝不足だったのかも知れません。お騒がせしました」

そう言ったら、阿波局はそっとヒメコの隣に寄って囁いた。

「和田殿が姫御前をご子息の嫁にと言ってるそうなんだけど、何かあったの?」

「嫁?私を?どうしてそんな話が急に」

「何でも怪力の持ち主だから、是非息子と娶せて、強い子を産んで欲しいと言ってるとか聞いたわ」

「怪力?」

「ほら、和田殿は木曽殿の愛妾の巴御前を妻になさったでしょう?巴御前と言えば、木曽殿と共に戦場で大活躍した女武者。姫御前の怪力の噂を聞いて、息子に是非と思ったんじゃないかしら」

寝耳に水とはこの事。ヒメコは蒼白になった。

「し、知りません!何もありません。何かの間違いです!」

ブンブンと首を横に振る。

「そう?でも和田殿は早速比企殿にお話しされたとか。どうするの?お受けするの?」

「どうするも何も、私は怪力ではありませんし、お受け出来ません!」

言い切ったら阿波局は笑った。

「本当?良かった。小四郎兄もきっと安心するわ。早速伝えて来ようかしら」

行きかける阿波局を慌てて引き戻す。

「あ、あの、コシロ兄、いえ、江間殿が何か?」

問うが、阿波局はニマニマと笑うばかりで行ってしまった。

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