五 掃除


今、私に今出来ること。与えられた部屋を見回す。何もないガランとした部屋。まだ新しく綺麗な木目の床と柱。その隅にヒメコが僅か持ってきた着替えなどを入れる為の行李がポツンと置いてある。その行李の蓋を開けて、ヒメコはあっと思った。お札を頂いて来ていたのにまだ飾れてなかった。部屋を見回すが神棚がない。佐殿はこの部屋はヒメコの好きなように使えと言ってくれていた。

ヒメコは襷掛けをして湯巻きを帯にかけると古布を手に外に出た。

私に出来ること。

まずは掃除だ。この部屋と屋敷に挨拶をしなくては。

丁寧に水拭きをしながら床や柱に話しかける。

「これからお世話になります。ヒメコ、もといヒミカです。宜しくお願いいたします」

そのまま廊へ出て同じように床や手の届く範囲の壁を磨き上げる。

「あら」

声に振り返ればアサ姫が立っていた。「あ、ごめんなさい。お借りしてるお部屋を水拭きした勢いでこちらまで出てしまいました」

「掃除は下女がやってくれているわよ」

ヒメコははい、と答えた後に、でも、と続けた。

「まず初めに掃除をしながら挨拶をして、その部屋や建物、土地と仲良くなりなさいと祖母から言われているので、どうぞお赦しくださいませ」

床に手をついて頭を下げる。アサ姫はへえ、と少し不思議そうな顔をした。

「こちらの屋敷と庭は好きなようにしていいわよ。ただ、北条の方はやめておいた方がいいわ。あの人がきっと嫌な顔をするから」

言われてハッとする。

しまった。掃除をし直すなんてヒメコこそ小姑のようではないか。

「いえ、あの、お部屋が汚れてるとかではないんです!それどころか比企の何倍も綺麗で新しくて。だから私がこんなことしてはいけなかったのですが、他に私に出来ることというのが思い付かなくて。それであの、ご挨拶を少しだけと思ったのですが、動き出したら止まらなくなってしまって、ついお部屋の外まで出てしまって。あの、お気を悪くしたのでしたらごめんなさい!」

しどろもどろの弁解と謝罪。ああ、祖母に怒られる時の母みたいだ。そう思うと少し落ち込む。

と、アサ姫が笑い出した。

「謝らないで。全然構わないのよ。実はね、私は掃除や片付けは得意ではないしこだわりもないの。いえ、もっと言うと苦手で嫌いなの。だから、あなたが好きでやってくれるなら、これ程助かることはないわ。私、食べることは好きだから炊事は喜んでやるんだけど、部屋の中を飾り立てたり着物の合わせや小物の色や位置にこだわったりするのは正直言って面倒だし、そんなことにあんまり気を配りたくないのよ。

そんなことより、体力のつく食べ物や骨の強くなる食べ物を皆に食べさせて元気になって貰えれば、それの方が楽しいし嬉しいの。美味しいって言われると手間をかけた甲斐もあるしね。でもそのせいで、佐殿が太ってきてしまったので、今は量より質にこだわるようになってきたけど」

言われてみれば、佐殿は昔より大分ふくよかになっていたと思い出す。プッと噴き出したヒメコにアサ姫も笑って、内緒よとそっと指を口に当てた。

「それで、ヒメコ様。お部屋に足りない物はない?」

ヒメコはあっと背を伸ばした。

「一の姫様、あ、いえ、御方様。実は神棚が欲しいのです」

アサ姫は、ああ、と頷いて

「そうよね。巫女様のお部屋に神棚が無いなんておかしいわよね。気付かなくてごめんなさい」


「それから私のことはヒメコと呼びすて下さい」

それは前から気になっていたことだった。自分は佐殿とアサ姫の姫君の乳母。家人なのだ。客人ではない。

アサ姫はそっと微笑むと、分かったわと頷いて近くに居た侍女に何か声をかけた。


「では、ヒメコ。すぐに神棚を造らせましょう。今は男手も多いから、すぐに出来てよ」

言ってアサ姫はまた奥へと戻って行った。

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