四 名乗り
「小四郎、それに五郎。私にはそなたらの助けが必要だ。宜しく頼むぞ。小四郎は、北条の舅殿や三郎、私と共に合戦に加われ。これがお前の初陣となる。五郎、おまえはまだ幼く元服もしていない。どうする?おまえの姉達は牧の方と共に遠州の牧の方の実家に戻って潜んで貰う予定だが、おまえもそちらに加わるか?」
佐殿の問いに、五郎は首を横に振った。
「嫌だね。隠れるのは性に合わない。それにわざわざ尋ねるってことは、俺には別の働きをして貰いたいんでしょ。で、俺は何をすればいいの?」
きっぱりした物言いに、佐殿は嬉しそうに笑って頷いた。
「ああ。お前は年少だが賢くて武も立つし、何より抜け目がない。だからお前はアサと姫、それからこのヒメコと行動を共にして女達を守る役を頼みたい」
佐殿がそう言った途端、五郎は「やった!」と言って立ち上がった。ヒメコの前にドンと座り込んで顔を上げ、親指を自分に向けて口を開く。
「姫姉ちゃんは俺が守るからね!」
そう言って、チラとコシロ兄の方に目を飛ばす。
その視線を追って佐殿がああ、と声をあげた。
「小四郎、おまえ、ヒメコに名乗ったか?元服後の名を伝えてないだろう?」
佐殿の言葉に、コシロ兄がチラと目を上げてヒメコを見た。ドキリとする。
コシロ兄はおもむろに立ち上がり、佐殿の隣に腰を下ろすと、ヒメコの正面の床に軽く拳をつけ小さく頭を下げた。
「江間小四郎義時です」
言い終わるやサッと立ち上がり、また元の場所に腰を下ろす。ヒメコが挨拶を返す間も頭を下げる間もなかった。
コシロ兄の体勢が戻るのを確認して佐殿が口を開いた。
「ヒメコ。小四郎は今や北条の隣の領土、江間の主、江間殿だ。以後、そのように対せ」
ヒメコは頭を下げた。
「はい、承知いたしました」
前とは違うぞ。距離を保てということなのだろう。わかっていたことだけれど、改めて言われるとやはり少し寂しい。でも、名を頂いた。声を聞けた。それだけでも嬉しいとヒメコは思った。
佐殿が続けた。
「小四郎に五郎。二人に申し付ける。これよりヒメコは源氏の聖なる巫女となる。我らの大願叶うまで、彼女に穢れを近付けないよう護れ。ヒメコは比企の尼君からの大事な預かり物だからな。ゆめゆめ忘れるなよ」
返事をして部屋を出て行くコシロ兄と五郎。その時、少し遠くから馬のいななきと金属の擦れ合う音が耳に届いた。
「源氏の聖なる巫女」
言われた言葉を小さく口に乗せ、そっと胸を押さえて息を整える。本当に合戦が始まるのだ。ある程度覚悟して来たつもりだったけれど、全く気構えが足りてない。それだけはわかった。
頬をパンと両手で叩いて気を入れ直す。
お祖母様」
心の中で呼びかけ、掌を合わせる。
「人一人が出来ることなんて、それぞれほんのちょっとずつしかないもんさ。だから人は仲間を作るんだよ。おまえも自分に出来ることを出来るだけ精一杯やればいい。そうしてやっていくうちに、仲間が増えて出来ることが増えていくよ」
別れ際の祖母の言葉を思い出し、小さく息を吸う。
今の私に出来ること。何だろう?
時折馬の駆ける音が聞こえてくる部屋の中で、一人ヒメコは考えに耽った。
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