二十ニ 巫女の怪力


苦しい。

痛い。

熱い。

重い。


暗闇の中、ヒメコは必死で出口を探して駆け回っていた。

チロチロと赤い影が蠢いている。あれは大蛇の舌?

いいえ、違う。あれは灯台の炎の揺らぎ。

灯りだ。

ホッとしてそちらに向かって手を伸ばそうとする。

だが途端に激痛が走り、ヒメコは呻いた。

「ヒメコ様!気が付いた?」

頭上から誰かが話しかける。高い声。誰の声だったろう?母ではない。祖母でもない。侍女の声?

「ヒメコ、気付いたか」

続く男性の声にヒメコはハッと目を見開く。佐殿が見下ろしていた。

「佐殿?」

状況がわからず、とにかく起き上がろうとしたヒメコの肩が押さえられる。

「まだ動くな。骨が折れているらしい」

骨?何故?

肩を押さえる佐殿をぼんやりと見上げながら記憶を辿る。

今日は御田植神事があった筈。子ども達と一緒に祝詞を奏上して早苗の投げ上げもして、沢山の早苗が上がったと神職が言って無事に神事は終わった筈。そこで記憶が蘇る。

「あ!アサ姫様は?ご無事ですか?」

人混みに押し倒されそうになっていたアサ姫の姿を思い出す。

「済まない!」

大声で叫ぶ佐殿。

もしや、アサ姫に何かあったのか。口を開こうとしたヒメコの頭の上で

佐殿は手を合わせてヒメコを拝む格好をした。

「そなたのお陰で助かった。この通り礼を言う。だが、かわりにそなたが」

私が、何?

その時、佐殿の後ろから二の姫様が顔を出した。

「佐殿、ヒメコ様はまだ目覚めたばかり。お声が少し煩うございます。お話は後で。今少しお下がり下さいませ」

たおやかながら有無を言わさぬ口調に、佐殿はズリズリと後ずさっていった。

「ヒメコ様、水を少しお口になさらない?」

言われて、ひどく喉が渇いていることに気付く。小さく頷いたら二の姫がヒメコの背を起こして支えながら口元に器を近付けてくれた。少しずつ何度かに分けて水を含む。その間に二の姫は少しずつ何が起きたのかを教えてくれた。

御田植神事の後、ヒメコが見た通り、アサ姫は人波に押されて倒された。だが、ヒメコがその場に駆け付けて寄せる人波を押し返し、また倒れたアサ姫の上に人々が乗りかかってくるのをその身を呈して防いだのだという。

「押し返した?」

ぼんやりと繰り返す。

誰の話?

だってヒメコの背は大人の半分もない。押し寄せる人波を押し返せるわけがない。のしかかってくる人々の下敷になるアサ姫をかばえるわけもない。

「私、そんなことしてません。というより出来ません。勘違いです」

対し、二の姫はええと頷き

「そうよね。私もそう思ったのだけれど、その時に近くで見ていたという男性がそう言ったのよ。物凄い怪力のおチビちゃんだな。天狗の子か?って。その隣にいたという女性も同じように言ってたわ。その二人は、あなたが姉上をかばってくれた後に続いて積み重なった人達の下からあなたを救い出してくれた方々で、とても嘘をついてるようには見えなかったし、きっと本当のことなのよ。それがあなたの巫女の力なのね」

「巫女の力?」

ヒメコはあっけにとられる。そんな力なんて聞いたことがない。


「とにかく礼を言うぞ!そなたのお陰でアサも腹の子も無事だった」

佐殿がまた顔を出す。

「腹の子?」

キョトンとするヒメコに佐殿が笑う。

「そなたがアサに尋ねたのではないか。ややこは無事ですか?と。忘れたのか?」

全く記憶のないヒメコはぼんやりと佐殿を見返した。でも、ふとコシロ兄の声が聞こえたことを思い出す。

「コシロ兄がややこが危ないと言ってたんです。私はそれを聞いただけ。他のことは何が何だかわかりません」

ヒメコはコシロ兄がまた助けてくれたに違いない。ヒメコはそう決めつけるとまた目を閉じた。喉の渇きは潤ったものの、身体中が痛いし寒くてたまらない。ヒメコはまた暗闇の中へと意識を戻した。

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