十七 再会




比企の警護の者に送られて北条の館に着いたヒメコを真っ先に迎えてくれたのは藤九郎叔父と見知らぬ男だった。

「そろそろ比企に戻ろうと思っていた所でしたが入れ違いでしたな」

澄ました顔の叔父に、祖母からの預かり物を渡して貰う。

「いやいや、これが例の物ですか。はい、確かに」

叔父は風呂敷に包まれたそれを警護の者から飄々と受け取ると、隣に立つ男にそのまま渡す。

「それはとても大事な物です!」

祖母が佐殿に用立てたという梵鐘用の何か。多分すごく高価なものだ。

つい声を上げたヒメコに、その見知らぬ男がニコリと微笑んで浅く礼をした。

「これは失礼いたしました。私は藤原邦通と申す佐殿の側に仕える者。けっして怪しい者ではございませぬのでご安心を」

咄嗟に声を上げてしまった自分が恥ずかしくなって顔を赤らめたヒメコに、その邦通という男は手元の紙にサラサラと何やら書き付けてヒメコに差し出した。

「お美しい方、お受け取りください」

小さな紙片を受け取って目を落とす。そこには絵が描かれていた。可愛らしい女の子の姿絵。

「あなた様の清廉さには遠く及びませんが、お近づきの印にどうぞお納めくださいませ」

「え?」


なんだか褒められているみたいだけれど、そんな言葉などかけられたことがないので、ただ目をぱちくりさせて男を見つめ返す。

と、笑い声がしてヒメコの肩が抱かれた。

「ヒメコ、気にするな。邦通は都人だから女と見れば子どもでも褒めねばならぬと思っているのだ。宮中でも口だけで渡り歩いてきたような男だからな。話半分に聞いておけばいい。だが一応信用は出来る男だから安心しろ。比企の尼君からの届け物は、藤九郎と邦通が待っていたものなのだ」

佐殿だった。

一応とは何事ですかと文句を言いながら館の中へと入って行く邦通ら男三人。

さて、自分はどうしよう?アサ姫に挨拶をしなくてはと思いつつ、キョロキョロと辺りを見回す。探すのはあの少年。

馬屋に居ると思ったのに居なかった。自分の家に帰ったのかもしれない。残念に思いつつ諦めきれなくて庭へと足を向ける。

「姫姉ちゃん?」

顔を上げる間も無く抱きつかれる。

「お帰りなさい!待ってたんだよ。何も言わないで行っちゃうから心配してたんだ。ああ、良かった」

五郎だった。子犬のように黒々と大きな目で見上げられて胸ときめく。本当に、この子の可愛さは尋常じゃない。さすがは観音さまの弟君だわ、と五郎の頭を撫でつつ、やはり先にアサ姫に挨拶しなければと思った途端、


「ヒメコさま、お帰りなさい」

その本人の声にビクッと肩が震えてしまう。ヒメコは恐々振り返った。また龍が視えたらどうしよう?

でもアサ姫は柔らかく微笑んでヒメコを見ていた。その後ろに後光も龍もなく、最初に会った時と同じ、観音さまのようなあたたかな気配がヒメコを包む。

「先日はご挨拶もせずに突然おいとまして申し訳ありませんでした」

頭を下げる。アサ姫は、いいえと微笑むとヒメコの肩に手を回した。

「佐殿が言ってました。尼君に話をしてくれているのだと。きっとお喜びいただいて、すぐにまた戻ってくると。そしてその通りになった。そう考えていいのでしょう??」

笑顔のアサ姫にヒメコは頷く。

ここを出る時には二人を引き離さなくてはと思っていた。でも今は二人を見守ればいいのだと思うようになっている。

祖母の言葉はまだ全然わからない。でも、だから今は目の前に起きることをそのまま受け入れて、やると決めたことをやってみよう。

よし、やっぱりあの少年を探さなくては!と気合を入れたヒメコは、今度は妹姫たちに囲まれた。

ヒメコさま、お帰りなさい!」

並ぶ笑顔に引っ張られる手。迎えられるってこんなに幸せなことかと思いながらヒメコは久々の北条の夜をあったかな気持ちで過ごした。


翌朝、誰よりも早く起きて館を抜け出した。そして庭と反対の方角へと歩いていく。

「あ、やっぱり」

崖の途中から清水が浸み出して小川をつくっている。

部屋で寝ていても水音が聴こえるような気がしていたのだ。

「わぁ、綺麗」

草履を脱ぎ、サラサラと優しく流れる細い川にそっと足を入れる。ひんやりした水がくるぶしを優しく撫で冷やしていく。

心地がいい。

ヒメコは天を見上げた。真っ青な空に白い雲。お日さまが顔をのぞかせている。

ヒメコはそっと手を合わせて歌い出した。朝のおつとめの時に祖母と声を合わせる歌。でもいつもより声が出る。蛙が鳴いてる。虫も。それに吹く風が周りの木々を揺らして、まるでヒメコの声を吸い込んでくれるように感じて、ヒメコは安心して声を張り上げた。

ふと視線を感じる。

目を上げたら少年が少し離れた畦の上に立ってこちらを見ていた。

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