十六 お計らい

「お計らい?」


「そうとも。この世の全てを神はご覧になっている。そしてそれぞれに良い頃合いをみて、良い縁と宿縁、越えるべき山や谷を目の前に顕わしてくださるのさ。それを越えるか避けるかは各人に任されてるけどね。そして、そのすべきことから目を背けずに懸命に行なっている者にはたまに助けを寄越して下さる」

「助け?」

「ああ。思わぬ仲間が加わったり拾い物をしたり天気が変わったりね」

「天気?それも助けなの?」

仲間や拾い物はともかく、天気はあまり助けにならないんじゃないかと思ったが、ヒメコははぁと曖昧に頷いた。でもふと思い出す。

「お祖母さま、龍は嵐を起こして汚れた土や水を祓い清めてくれるのでしょう?では鬼は?鬼は何をするの?」

「鬼は人にして人ならざる人を超えた存在。その身体も力も智恵も人の及ぶ所ではない。その昔、古代には土地の神として龍すら思いのままに操る鬼がいた。それを王として人々は国をつくったと聞くよ。まぁ神話の世界になっちまうけどね」

祖母は苦笑してから、さて、と腰を伸ばした。

「北条に戻るなら文を書いてやるよ。あと、佐殿が梵鐘を造りたいと言ってるらしいから金と人を工面したよ。藤九郎殿に渡しておくれ」

はい、と返事をして立ち上がりかけて、ふと祖母の膝の上の白猫に目を落とす。

「マル、有難う」

声をかけたら、マルはミャアオゥと珍しく返事してくれた。

「なんだい、お互いに挨拶なんかして珍しいことだね」

祖母が不思議そうな顔をするので、逃げ方を教えて貰ったのだと説明する。すると祖母は嬉しそうに笑った。

「そうかい。マルはいつ生まれ変わってもいつも私のそばに居てくれる大切な親友で仲間だからね。おまえが困った時にも駆け付けてくれるのさ」

駆け付けてくれたわけではく、ただ思い浮かんだだけなのだけど。

そう言おうとしたけど、マルのおかげで助かったのは事実だし祖母があまり嬉しそうなのでヒメコは黙って頷き返すに留めた。でもふと先の祖母の言葉が引っかかる。

「え?生まれ変わっても?」

「そうさ。大抵の人は何度も生まれては死んでまた生まれてを繰り返して今の世に生きている。だからおまえと私も、そしてマルや佐殿、この館にいる者達、先におまえを襲った者たちも、皆悉く前の生のいずれかの時に縁を繋いだ仲間なんだよ」

「え、あの人買いが仲間?」

あからさまに嫌な顔をしたヒメコに祖母はまぁまぁと宥めるように掌を見せて笑った。

「そうさ。もしかしたら前の生ではおまえが男で、金の為にその男を殺そうと襲ったのかもしれない。またはおまえが何気無く殺してしまった生き物の子どもだったのかもしれない。わからないが、縁は目に見えぬ細い蜘蛛の糸のようなもの。糸が繋がっていれば生や所が違ってもまた出逢う。逢った以上は皆同じ世に生を受けた仲間なんだ。仲間と力を合わせれば、一人では出来ないことも出来るようになる。知らなかった感情を知ったり考えるようになったり。皆、経験を与えてくれる仲間なんだ。わかるかい?」

「それは何となくわかるけど」

でも、やはりあの男が仲間というのは抵抗がある。

「では聞こう。巫女として答えろ。祓詞を唱える時に何を考える?自らの罪穢れのみを祓おうとする者と全ての罪穢れを分け隔てなく祓おうとする者、どちらの声が神に近いか?」

黙ったヒメコの頭の上に手を置いて祖母は笑った。

「まだおまえは若くて幼い。これから存分に見聞きして触れて動きなさい。その内にわかる」

離れようとする手に縋る。

「ねえ、お祖母さまには何でも視えるの?」

「いいや。視えるのはほんの一部だけさ。特に自分のことはほとんど視えない。だが、それもお計らいなんだよ。自分のことが視えてしまったら続きを知ってる物語みたいで読む気がなくなるからね」

「でも物語は何度読んでも楽しいわ」

「それはおまえが成長しながら読んでるからさ。最初には気付かなかったことに二度目に気付き、三度目に考えながら読むからだよ。全て違うおまえが物語の中に入るから楽しいのさ。でも今生は一回きり。もし災禍を知って避けたり逃げたりしたら物語の先は体験出来ないだろ?だからどんな悲しいことも辛いことも逃げずに立ち向かえるよう神が取り計らってくれたんだと思うよ」

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