十五 巫女の祓

伏せたまま祖母の言葉を待つ。でも何も返ってこない。

暫しの沈黙の後、ヒメコは我慢しきれず顔をあげた。でも祖母は静かにヒメコを見たまま口を開こうとしない。仕方なくヒメコが先に口を開いた。

「さっき白の着物を手に取ろうとしたけど、どうしても触れることが出来ませんでした。私は死の穢れに触れた。あの真っ赤な血が忘れられません。それに私は私を助けてくれた人を見捨てて先に逃げたんです。こんな汚れた私では、巫女としてなんて生きられません」

思い浮かぶのは「行け!」と林を指差した少年の横顔。逃がしてくれたんだ。不思議な音の矢を比企の方角に放って助けを呼んで。その一本で一人でも相手を減らすことは出来た筈なのに、彼は自分の身よりヒメコを優先してくれた。なのに自分は何も出来なかった。比企の警護の者を説き伏せることすら。


泣き伏せるヒメコの後頭部がカンカンと叩かれる。顔を上げれば、祖母が扇の骨の部分でヒメコを叩いていた。

「痛い」

「痛くしてんだよ。思い違いしてるお間抜けの頭に叩き込む為にね」

「思い違い?」

祖母は叩く手を止めずに続ける。

「そうさ。穢れたから巫女が出来ないって?巫女は一点の曇りもない清浄なる存在だとでも言いたいのかい?」

「だってお祖母様はいつも言うじゃない。心身をいつも清らに祓い清めておけって」

「そりゃ当たり前だろ?身を祓い清めずに神さまの前に立てるもんか」

「ええ。だから私はもう巫女にはなれないんです」

「本当にお間抜けだねぇ。一度も血や穢れに触れたことがない巫女なんてこの世にいるわけないじゃないか。

人は皆、血の中で生まれて血を飲んで大きくなって他の生命を犠牲にして生き永らえてるじゃないか。穢れてない人などいやしない。

でもそれでは神に近付けない。だから身に積もった穢れを懸命に祓いながら、少しでもこの世が清浄なる神の国に近付くようにと一生かけて祓い続けるのが巫女の仕事さ。神の声を聴くことが出来なくなった人のかわりに自らの身に神をおろし、その声を聴いて視て、神の御心を人々に伝える。そのお役目を果たすには、自らが穢れていることを充分に知りながら、それでも少しでも神に近付こうと身を潔め続けた者だけ。だから今回のことはおまえが巫女となる為の神のお計らいさ。有り難く受け止めるんだね」

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