十四 鬼の死に時

佐殿の幼名は鬼武丸。そう名付けるよう進言したのは祖母だったと聞く。

祖母は生まれた子の後ろに鬼を視たのだろうか。ではヒメコが視た龍は?赤い玉は何なのか。

聞きたい。でもどこか薄ら恐い気がしてヒミカは口をつぐんだ。


「佐殿の言う通りだよ。人は皆死ぬ。どう生きるかはそれぞれだけど、することしないことを決めたら、腹を据えて出来る分だけやって死に時が来たら死ぬだけさ」

「死に時?」

「ああ、死に時が来たら夜暗くなって眠くなるように死にたくなって死ぬ。怖いことなんかない。死は眠りと同じさ。誰かがやってきて殺してくれる時もあるし、火事や洪水に呑まれたり病魔が襲ってきたり。それぞれに一番適った方法で皆死んでいく。例えばヒミカ、おまえ達を襲って背中を刺されて死んだ男は、おまえ達に殺される為にいい頃合いを見ておまえ達の前に現れたんだ」

「な、何を言ってるの?殺される為に?じゃあ私たちは彼を殺す為にあそこを通ったの?」

「そうさ。縁に偶然はない」

祖母は言い切るとフフンと笑った。

ヒミカは何だか気分が悪くなった。祖母は気が触れたんだろうか?

「お祖母さま、死に時だなんて、それはあまりに不遜だわ。神仏の教えに反してると思います。私、お祖母さまの口からそんな言葉聞きたくない。あの野盗を殺す為にあの場に居合わせたなんて、そんなこと考えたくもない!」

そっぽを向いたヒミカを多少は気遣おうとしたのか、祖母は猫を下ろすとヒミカの隣に腰へと移り、ヒミカが膝の上で固く握っていた拳にそっと触れた。

「ヒミカ、今はまだわからないだろう。それでいい。ただおまえの中に入れておくよ。いつかわかる時がある。その時に思い出せばいい」

祖母はそこで言葉を区切る。

ヒミカはサッと口を開いた。

「私、観音さまに新しい名を貰いました。ヒメコです」




祖母は目を上げた。

「そうかい。いいんじゃないかい?それでどうする?」

何を尋ねられたのかわからず首を傾げる。

「おまえはこれからどうしたい?北条へ行ってまた見張るかい?ここでもっと修行するかい?」

「え?北条に戻ってもいいの?」


祖母はやれやれと苦笑すると立ち上がった。

「おまえはまだまだ未熟だがね。自身で体験して迷って悩んだ方が、おまえが巫女として生きるに良いだろうと思ったんだよ」

「巫女として?」

頷く祖母にヒメコはサッと後ろに退がって頭を床につけた。

「ごめんなさい、お祖母さま。私、もう巫女にはなれません!」

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