三 ひふみ歌
「ではヒメコ様、祝詞と巫女舞を教えてくださいませ」
唐突に請われ、前に立つ三の姫の顔を見返す。その後ろで四の姫が「くださいませ」と繰り返し、それを聞いた他の子らが「くださいませ、くださいませ」と連呼する。
確かに佐殿は祓詞と巫女舞の師になれと言っていたけれど、そう言われてもヒメコはまだ半人前とすら言えない修行中の身。自身分かっていないものをどう教えろというのか。
困惑して目を泳がせたヒメコの隣にアサ姫が並んだ。
「ここから少し北の廣田神社で次の月に御田植え神事と祭礼があるの。近隣の村人が豊作を願って行なうお祭りなのだけれど、今年は子ども達で舞を奉納したらどうかという話になったのよ。だからヒメコ様、お願い。皆にも出来るような簡単な祝詞と舞を教えて下さらない?」
掌を合わせて頭を下げるアサ姫。
どうしよう?
観音さまを失望させたくない。でも簡単な祝詞だなんて、そんなこと許されるのかしら?
逡巡したヒメコの耳にふと、ひいふうみいよ、と数え歌が聞こえ、続いて二の姫が布を捩って作ったと思われる紐状のものをたくさん腕に抱えて外へと出て来た。
「ほら、出来ましたよ。これだけあれば皆で練習出来るでしょう」
「さ、皆。一本ずつ受け取って一列に並びなさい」
アサ姫の声に子どもたちはわぁっと群がると紐を受け取って列を作り始める。
「御田植え神事では、祝詞と舞を奉納した後に境内の大楠の枝に皆で早苗を投げ上げるのよ。早苗が沢山枝に乗れば乗っただけその年は豊作になると言われてるから、今から皆で練習するの」
そう言ってアサ姫はひいふうみいよ、と子どもの数を数え始めた。
あ、とヒメコは思い出す。ヒメコがまだろくに喋れない内から祖母は毎朝晩ヒミカを着替えさせ、神棚のある冷えた北の間に座らせて繰り返し繰り返し祓詞を唱え聴かせた。ヒミカが真似をしようと声をあげたらとても喜んで、それからゆっくり教えてくれた。
「ひと、ふた、みいよ、いつ、む、ゆ、なな、や、ここの、たり」
それがヒミカが初めて口にした祝詞。そうだ、これなら子ども達も覚えられる。
ヒメコは二の姫から紐を一本受け取ると、並んだ子ども達の隣に立ち、紐を左右にユラユラと揺らしながら唱え出した。
「ひと、ふた、みい、よ、いつ、む、ゆ、なな、や、ここの、たり」
唱えながら調子を合わせて地面を踏み固めていく。
「ひと、ふた、みい、よ、いつ、む、ゆ、なな、や、ここの、たり」
「ひと、ふた、みい、よ、いつ、む、ゆ、なな、や、ここの、たり」
「あれ?ひいふうみいよ、じゃないの?」
誰かが不思議そうに声をあげるのが聞こえたけど、ヒメコはそっと頷いて続けた。
「ひと、ふた、みい、よ、いつ、む、ゆ、なな、や、ここのぉ、たぁり」
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