二触れる
ただ視界が暗くなって音が聴こえなくなっていく恐怖を覚えた直後、背の真ん中辺りにトンと軽い衝撃を与えられ、誰かに両肩を押さえられた。
「ゆっくり息を吐け。出来なかったら鼻から少し吸ってもいい」
耳元で囁かれる低い声にコクコクと頷き、言われるままにハッハッと息を吐いてみて、それから思い切って鼻からゆっくり息を吸ってみる。
水の気配と共に風が体の中に入ってきて体の中を冷やしていく。
めまぐるしく走っていた体の中の何かが冷やされて落ち着いていく。
「あ、息、出来ました」
ヒミカが声を出すと、ホゥと安堵のため息が聞こえた。今度は前から。
「どこか苦しいの?持病でもおありなのかしら」
しっとりとした声に目を向ければ、観音さまが目の前でヒミカの身体を支えてくれていた。
華奢な首。でもその長い首は陽に焼けた綺麗な籾の色をしていて、藁束と同じように温かく柔らかなお日様の香りがする。そしてヒミカを支えてくれている両手の平はあったかく、女性の手にしては大きく、幾分がっしりとしていた。
「お熱があるのかしら。気分は悪くない?
」
大きく温かな掌がヒミカの額に当てられる。
温かなその存在に安堵したのも束の間、ヒミカを受け止めてくれる豊かな胸と肩。そこから立ち昇るどこか懐かしく芳しい匂いにヒミカの胸はまた飛び跳ねた。
熱く速い鼓動が返ってくる。
嫌だ、恥ずかしい。
最初に頭が返してきたのは、そんな反応。きっと真っ赤で素っ頓狂な顔をしている。
こんなみっともない顔、観音さまには見られたくない。
サッと立ち上がる。
「持病はありません。ごめんなさい。少し緊張してしまって!」
勢いに任せて立ち上がったものの、くらりと目が回って斜め前につんのめりそうになる。その瞬間、誰かがヒミカの脇を後ろから持って抱え上げた。幼児のように扱われ、戸惑って泣きそうになったヒミカを見てか、観音さまが突如その形相を変えて、くわっと口を開いた。
「これ、小四郎!手荒に扱うんじゃありません!ヒメコ様は比企の姫君なんですからね。奥の南の間に丁重にお運びして!」
先程の観音さまとは違う、強いけど軽やかで勢いのある命令口調。
きびきとしたその声を耳にしながら、ヒミカは陽当たりの良い一室に横にされてホッと目を閉じた。開け放たれた蔀戸。風が何か良い香りを運んでくる。一緒にただよってきた一筋のお香の匂い。これは沈香?あの人の香りだ。そうか、やっぱりあの人はここに居られるのね。
そこで、はたと自分の役割を思い出す。祖母との約束。ヒミカは祖母より言いつかって、あの人が選んだ姫を視はかる為にここに来たのだった。
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